馬超




 ぽやぽやと、まるで雲のよう娘である。
 言動もその純真さも、馬超には簡単には触れられぬものだった。
 自分は荒々しい性分だ。それは自由の民であればこそ。仕方のないことではある。

 馬超の自由さと真由香の自由さとでは、大きな差があった。

 自分が安易に愛でて良いものではないと分かってはいるけれども。

 虫は光に集(たか)る。
 真由香に対した自分は、きっとそれと同じだ。
 光を得られぬ真由香の純真(ひかり)にこそ惹かれ、手放しがたく思えてしまう。

 自由を愛する己が、私情で女を拘束するなんて矛盾だ。
 それでも――――それすら気にすることが馬鹿らしくなろう程に、真由香は強烈な光を持っていたのである。


「お嬢ー!」


 遠くから、部下が真由香を呼んでいる。
 馬超はその濁声に急速に意識が浮上し、瞼を押し上げた。

 後頭部に何か柔らかくて温かい物が当たっている。
 訝って視線を上へ。
 すると、真由香が正面に顔を向けたまま薄く微笑んでいる。

 徐々に判然としていく思考のさなか、眠る前の記憶を呼び覚ます。
 ……ああ、そうだった。
 真由香を馬に乗せて一頻(ひとしき)り走った後、眠くなって寝たのだ。真由香に無理矢理膝枕をさせて――――。

 のっそりと起き上がると、「あ、お早うございます。馬超さん」と。その目は馬超を、否、万物を捉えることは無い。

 むしろそれで良いのかもしれない。
 この乱世、汚く澱んだ物ばかりの行き交う世界を、平穏な世界から来た真由香に見て欲しくはなかった。
 馬超にとってはこの雄大は平原は我が家そのものであり最も美しい光景だ。
 されど戦乱の直中にあるこの世界を真由香が見て、彼女が汚れてしまうのも、純真な彼女に馬超自身を否定されてしまうのも嫌だった。

 そっと柔らかな頬を撫でると、擽(くすぐ)ったそうに身を捩った。
 その姿に僅かな悪戯心が芽生えて頬に噛みついてみる。

 単純にじゃれられていると思っている真由香は驚くが、恥じらう素振りは無い。最初こそ、そんな反応が馬超には新鮮だったものの、最近は物足りなくなってきている。それがどういうことなのか、馬超にはよく分かっていた。


「……って、あ。そうでした。皆さんにさっき呼ばれたので、ちょっと行ってきますね」

「……あー」


 確かにさっき、部下の声が聞こえていたか。
 妹や娘のように可愛がっている部下とは言え、別の男のもとに真由香が行ってしまうことには少々不満がある。

 むっと唇を引き結んだ馬超は、再び真由香の半分程剥き出しの太腿に頭を載せた。


「あれ、馬超さん?」

「まだ寝るわ」

「え」


 「それはちょっと、困るんですけど……」眦を下げる真由香に、しかし馬超は知らん顔。目を閉じて黙りを決め込んだ。
 すると、ややあって、はあと溜息が彼女から漏れる。微かな風が髪を擽った。


「どうしよ……」


 困窮しきった声が、微かな罪悪感を刺激する。彼女なりに何とか起こそうとしているのか、頬をつついてくる。
 が、彼はそれよりも今この時の安らぎを優先した。



‡‡‡




 どうしよう。
 呼ばれたのに、これじゃあ動けない。
 また寝付いてしまったらしい馬超に、真由香は途方に暮れた。

 長時間正座だった所為で足は痺れて無数の針に刺されているかのような痛みに襲われる。

 さすがに耐えかねて、起こそうとさっきから頬をつついたりしているのだが、馬超は全く目覚める気配が無ない。
 寝付きが良すぎるのも困り物である。
 うぅ……と唸って、真由香はまた吐息を漏らした。

――――と、そこへ折良く、呼んでも来ない真由香を案じた馬超の部下達が呼びながら駆け寄ってくる。足音から察するに二・三人程度だろうか。


「おぉーい、お嬢――――って、何だ、若が寝てたのか」

「すみません……動けません」


 しゅんとうなだれて謝罪すると、部下達は一様に笑声を漏らした。


「良いって良いって。若がこんな気持ち良さそうに寝てんのも、滅多に無ぇし」

「やっぱお嬢の傍にいると落ち着くんだろうなぁ、若」

「ああ、それ分かる。真由香の周りだけ空気が違うんだよな。こっちまで要らん力が抜けるっつーか」

「そうそう。気が抜けるんだよな」


 それは褒められているんだろうか。
 首を傾けると、ぽんと頭を撫でられた。この人は最初に自分を呼んだ人だ。


「若が寝てんならしゃーねぇ。また後でで良いわ」

「え、でも……」

「ここじゃ若が最優先。それに、お嬢を拾ったのも若だしな」


 「んじゃあ、よろしく頼む」と今度は別の部下――――いつも遊ぶ子供の父親だった――――に肩を叩かれた。
 用があるから呼んだのだろうに本当に良いのかと、釈然としない真由香に部下達は大した用ではないからと口を揃えた。


「夕方までには、ちゃんと帰ってきて下さいよ、若」

「え、いや、馬超さんは寝てますよ」

「夢ん中でも聞いてるさ」


 笑いを含んだ言い方だ。
 怪訝な顔をするけれども部下達は笑い声を上げながら歩き去っていった。

 真由香はそれに、置いてけぼりにされたような心地になって、情けない声を漏らした。
 馬超の頭を撫でて、情けない声を漏らす。


「起きて下さいよー……」


 足が痺れて痛いのに。

 が、馬超は身動ぎ一つしない。



 目の見えぬ彼女は、彼の表情には気が付かなかった。



●○●

 月華様リク、空蒼で馬超でした。
 この話では馬超に拾われたことになっています。

 馬超の後ろをちょいちょいついていくので、お嬢と呼ばれて皆からからかわれてます。そしてよく一人でふらついては迷子になって皆で捜します。

 馬超と夢主の自由さは類が違うんだろうなぁということで、馬超が少しもだもだしてたら良いなというお話です。



 月華様、お祝いコメント並びにリクエストして下さって本当にありがとうございました!(´∀`)

 全て、楽しく書かせていただきました。お気に召していただければ幸いです。

 これからもより一層頑張って参りますので、何卒、よろしくお願い致します!\(^o^)/



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