張飛
真由香が頻繁に行く花畑。
椎(しい)の木の根本に腰掛けて首を傾けて座る彼女は心地良さそうに眠っていた。
初夏の頃、生臭い臭いを発する花を付けた椎の下で、よくもまぁ寝てられるものだ。
張飛は鼻を押さえながら真由香を見下ろした。
全盲である分、真由香は他の感覚が常人よりも優れている――――らしい。
基本的にいつも鈍臭いのでとてもそうは思えないが、そういった面が覗くことが片手で数えられる程にはある。その時、ああそう言えばと思い出す。
だのに、何故かこの椎の木の下で気持ち良さそうに、無防備な寝顔を晒している。
それが張飛は不思議でならなかった。
いつもいつも不可思議な少女である。
常にこちらの予想を裏切った発想と行動に張飛が振り回されたことは数知れず。後先考えずに行動して怪我をして、世平から説教を受けている姿も何度も何度も目にしている。
付き合うには根気と言う名の強い精神力の要る少女だ。
しかし、それでも彼女はそれ以上に人を十分に惹き付け、庇護欲を駆り立てる魅力を持っていた。生まれ持っての才能なのか、環境がそう育て上げたのか……張飛には分からないが、前者のようには思えない。
そうであれば、母親に捨てられる訳がないではないか。
張飛には真由香の母親の気持ちが理解出来なかった。彼の母親は口五月蠅いが、それも愛情だ。自分が彼女の子供であればこそのことなのだ。
子供を愛さない母親などいまい。
それなのに、盲目である真由香は捨てられ、孤児院と言う、様々な理由で親と暮らせない子供達が暮らす場所で育てられた。
真由香は『ただ疲れただけなんですよ』と母親を責めようとしない。正直に言えば、それも張飛には不可思議だった。
が、真由香の人柄を思えば納得出来てしまうのも事実。
真由香は不可思議という言葉がそのまま具現化したかのような存在だと、ままに思う。
「おーい、真由香ー」
鼻を塞ぎながら彼女の前に屈み込みぽふぽふと頭を撫でた。
もぞ、と身動ぎする。が、熟睡しているのか起きる気配は無い。
「見てる分には普通の子なのになー……」
その健やかな寝顔からは閉じられた双眸が光の一切を受けられないなど、予想だに出来まい。
じっと彼女を見つめていると、ふと小鳥が真由香の頭に舞い降りるように留まった。
……そう言えば、真由香は意外に動物に好かれたりする。村に入り浸る野良猫達は全て彼女に懐いているし、バイオリンを弾いていると今のように鳥達が飛んでくることも屡々(しばしば)だ。
多分危険そうに全く見えないから、警戒する必要は無しと思われているのだろう。……ナメられているとも言える。
全く起きる気配を見せない真由香に、張飛は手を戻して徐(おもむろ)に彼女の隣に腰掛けた。
相変わらず、椎の花の臭いはキツい。
これでよくもまあ寝てられる。また同じことを思って両足を前に伸ばした。
それからややあって、右肩に何かが乗った。
えっとなって首を巡らせれば、真っ黒な球体、が――――。
「んなぁ!?」
裏返った悲鳴を上げて張飛は肩を跳ねさせた。
かなりの衝撃だったろうに、彼女はそれでも起きない。一度寝たら起きないような娘であっただろうか、彼女は。
いや、今はそんなことはどうでも良い!
鼻腔を擽(くすぐ)った椎の臭いとは全く違う、甘く柔らかな匂いに全身が一気に熱くなった。
あたふたと彼女を離そうとするが、身体を押した直後にまた真由香がぐずるように顔を歪めて身動ぎした。
誤って華奢な身体が張飛と手からズレて彼の膝の上に落ちた。
それでも起きないってどんだけ!?
更に慌てふためくが、やがて全く起きる気配の無い彼女に自分だけが慌てるこの絵面が何とも馬鹿馬鹿しく思え始めて、諦めたように肩を落とした。
「本当に、お前って変な奴……」
張飛の膝を枕に眠る真由香に、彼は苦笑を滲ませる。
ぺしっと額を軽めに叩いた瞬間、真由香が「うわぁっ!!」と大音声を上げた。
起きたのかとぎょっとした張飛であったが……。
「……穴子天丼、に、Gが、Gが……!」
「……何これ、寝言?」
こんなにはっきり言う奴、初めて見た。
悪夢なのだろうか、思い切り顔をしかめてうんうん唸る真由香を怖々と見下ろし、張飛は口角をひきつらせた。
真由香ってこんな奴だったっけ?
「タ、タカミムスヒノ神が、牛丼にマヨネーズ……」
「……」
意味が分からなさすぎて逆に恐怖が芽生えてきた。
起こそうか――――本気で考え始めた張飛を、真由香は更に驚かせた。
「ナポレオンは塩ラーメン派なんですか!?」
「うわぁ!?」
意味不明の言葉を発しながら跳ね起きた彼女は周囲を見渡し、あれっと首を傾げた。
「久留米ラーメンが、無い……!?」
「いや全然意味分かねーんだけど!!」
「はっ! 何で張飛がここに!?」
仰天する真由香に脱力する。まだ夢の続きの気分のようだ。全く以て理解が出来ない。理解出来る気がしない。
きょとんとする真由香に、張飛は嘆息した。
「ってか、お前何でここに一人でいんだよ」
「あ、この辺りなら一人で来れるようになったから。お散歩がてらに来たんだよ」
そう言えば、この花畑が第一目標だとか言っていたっけ。
第二目標が世平と共に釣りに訪れる川で、最終目標が趙雲に教えてもらった断崖、だったか。
嬉しそうに言う彼女に、張飛も釣られて先程の驚きも恐怖も忘れて笑った。
「あー……良かったじゃん」
「うん!」
大きく頷く真由香の頭を叩くように撫でる。
――――本当に彼女は不思議な娘だと思う。
思考も言動も、自分達の予想の範疇を超越している。
「張飛は、何か用事?」
「散歩。やることねーの」
「そっか。じゃあ一緒に散歩する?」
「おー、良いぜ」
先に立ち上がって、背伸びする。
立つ際にふらついた真由香の手を握れば「ありがとう」と笑う。
その笑顔を見て、また不思議だと心中で呟く。
不可思議で理解が出来なくても。
この笑顔一つで何もかもどうでも良くなるんだよなぁ。
それは決して不快ではない。
むしろ真由香だもんな、と納得が行くのだ。
まこと、不可思議な魅力に溢れた少女である。
●○●
月華様リクエスト、空蒼で張飛ほのぼのです。
夢主の寝言に笑いつつ、張飛とのんびり、な雰囲気を感じていただければ嬉しいです。
盲目の夢主が夢を見るってどんなもんか、と考えて――――カオスなんだろうとあんな寝言に。
声や音ばかりなんだろうなぁ、と思いながら寝言から想像してみるともうかなりカオスです。私も想像が出来ません。
そして私も忘れがちなんですが、目が見えない分彼女の他の五感は優れてたりします。
でも彼女はそれ以上に不可思議感性が目立つのでつい忘れてしまう……。
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