マティアスvsアルフレート




 生憎と、うちは夢占いは出来ない。
 は? 現実?
 んな訳ないって。普通に無いだろ。


 何でマティアスに押し倒されとるんじゃい。


 顔に当たる金糸の束が鬱陶しくて手の甲で乱暴に払うけれど、結局は重力の関係でまた顔に当たってくる。抜いてやろうかと一房掴もうとするとさらりと逃げられた。
 くすくすと笑い声がして、それがまたうちの神経を逆撫でした。

 舌打ちすれば、マティアスはおかしそうに笑声を漏らし続ける。かと思えばうちの頬を撫でた。ぞわりと悪寒が背筋を駆け抜けたのは気の所為なんかじゃない。
 ひくりと口角がひきつった。おいこら、早く夢から覚めろうち!! 今のこいつおかしい。絶対におかしいって!

 取り敢えず上へ上へとずり上がろうとすると、頬を撫でていた手が左の肩をがっと掴んで阻んだ。


「な、何すか」

「心底嫌そうな顔で逃げられるのが癪だった」

「嫌に決まってんだろクソ王子」

「相変わらず口が悪いな」


 誰の所為だよ。馬鹿じゃないのか、こいつ。
 うちは多分冷めた目でマティアスを見上げているだろう。目だけじゃなく心も冷め切っている。危機感で震えつつ、こいつ頭大丈夫かと冷ややかなことを思ってる。


「取り敢えず、どけ。大事なところ蹴られたくなかったら離れろ今すぐ」

「お前は本当にヒノモト人か?」

「君に対する羞恥心も慎みも持ち合わせてないから。離れろ、今すぐ離れろ」

「嫌だと言ったら?」


 殺す。
 そう口にしかけて、不意に下りてきた彼の顔に慌てて手を間に差し込む。掌が彼の口に当たった。

 何をしようとしたかはうちでも分かる。
 だが、本当にこいつ、意味が分からん。夢だからか。夢の中だからキャラが滅茶苦茶なのか。そう思っておこう。

 こいつをどう退かそう……。


「――――ひっ!」


 腰に走った感覚にうちはひきつった悲鳴を上げた。
 こ い つ 撫 で や が っ た!
 いや現在進行形で撫でている。おい、ちょっと待て。


「おまっ! 死ね! マジで死ね!!」

「そこは恥じらうのか」

「誰でも恥じらうわ!!」


 心の底から楽しそうなマティアスにうちの腹の中は煮えたぎる。
 からかわれている。確実にからかわれている。でなきゃ、こんなこと――――。


「アリマ」

「……っ」


 唐突に耳元に顔が寄せられたかと思うと、低く熱い吐息を孕んだ声が囁く。肌を湿った空気に撫でられてぞわりと鳥肌が立った。
 マティアスの肩に手を置いて押し退けようとしたがしかし、首筋に感じた痛みに呻いた。

 マティアスが身体を起こしてしたり顔で笑う。


「な、なん……っ何ばすっと!?」

「何だ、この程度で。そんなんで先に進む時どうする」


 先って何だ!
 意味ありげにうちの首元を人差し指で撫で、襟を引っかけて下に引いた。そこで気が付いたのだけれど、うちは何故か真っ白な薄着一着だけだ。着たことは愚か見たことも無いような上質な絹で仕立てられた寝間着……いや、肌着?

 ……。

 ……。

 おい!?


「ちょ、ストップ。マジでストップ!! 何が何だか分からん! 展開が全く分からん!! 何がどうしてこうなってる!?」

「難しいことじゃない。俺がお前を襲っているだけだ」

「単純明快かつ滅茶苦茶危ない発言っ!!」


 また腰を撫でられうちは全身から血の気が引くような思いだった。
 甘ったるい声で名前を呼ばれ、うちは恥ずかしいよりも何よりも身の危険に身体が震えた。

 また身体が密着して顔が寄せられるのにぎゅっと目を瞑ると、何処からかアルフレートの鋭い声が飛んできた。
 目を開けばマティアスに剣を突きつけているアルフレートが頭の真上にいて。

 その剣呑な表情にうちはまた口角をひきつらせた。


「マティアス、彼女に何をしているんだ」

「見て分からないか?」

「……」


 隻眼を細めるアルフレートからは膨大な怒気が放たれている。
 そんな弟に、マティアスは不敵に笑む。

 何だこの修羅場もどきは。

 うちを巻き込まないで、お願いだから。
 そして夢なら頼むから今すぐ覚めてくれ!

 と、視界をアルフレートの剣が通過し、身体の圧迫感が無くなった。

 身を起こせばマティアスが何処から出したのか剣を持って跳び退っている。
 げんなりとして嘆息すれば、アルフレートにそっと抱き寄せられた。何かもうツッコむ気力も無い。


「大丈夫か、アリマ」

「ああうん。取り敢えずもうこの夢から覚めたいです」

「夢……? 何を言っているんだ、これは現実だろう」

「はっはっは……」


 もうやだ。
 こういうの苦手なんですよ、マジで。うちこういう修羅場には付いていけない。
 頭を抱えてうずくまりたいところではあるけれど、アルフレートにがっちりと抱き締められているので身動き一つ出来ない。

 アルフレートはうちの様子に怪訝そうにしていたけれども、不意に「なっ!?」と焦ったような声を上げてマティアスをきっと睨み双剣の片方の切っ先を向けた。今度は何だ。……もう付き合いきれんよ、うち。


「マティアス……幾らお前でもこればかりは許せない」

「彼女に近付くのに、お前に許しを貰う必要は無いだろう」

「この……!」


 アルフレートはうちを放すと、マティアスへと肉迫した。
 うちは頭を抱えてその場にうずくまる。どうしよう……これ現実じゃないって。現実である筈がないって。
 そうでないと困る。本当に困る。


「ああ、頭痛い……」


 うちは、大仰に嘆息した。
 剣戟の音が、遠くに聞こえる――――。



‡‡‡




 外で雀が鳴いている。
 清々しい朝の日差しが窓からリビングに差し込んでいる。

 そんな朝の様子とは裏腹に、有間はぐったりと疲れ果てていた。寝た筈なのに、寝た気がしない。むしろ疲労感が半端ない。


「何だったんだあの夢は……!」


 悪夢だ、と頭を抱えて嘆く。
 と、ソファから何かが転がり落ちた。

 不可思議な色合いの宝珠である。大きさは子供でも片手で包み込めるくらい。
 ごろごろと流れていくそれを眺めながら、ふと昨日の昼のことを思い出す。


『アイヤー! お嬢さんアナタ今恋愛運急上昇中ヨ。そんなアナタにコレあげるネ! きっと夢見良いアルヨー』


 ああ、思い出した。
 胡散臭すぎるヒノモトの西地方の商人に無理矢理押し付けられたんだった。何の力も感じなかったから、放置していたんだった。


「まさかこれ……」


 噂に聞く夢見の玉(ぎょく)だったり……?
 夢見の玉とは、ヒノモトでも有名な曰く付きの邪悪な道具である。噂程度で、しかもどれも信憑性に欠けるのでどんな効力があるのかは分からない。
 だが、夢見という名称なのだから、夢にまつわる宝珠であるのは間違いなかった。

 ひくり、と口端がひきつる。
 有間は素早く立ち上がると宝珠を持ち上げ窓辺に寄った。

 そして窓を開き、大きく宝珠を振りかぶって――――。


「ぬどりゃぁぁぁ!!」


 放り投げた。

 ややあって、遠くで何かが割れるような音がした。



○●○

 匿名様リクエスト、平和でマティアスvsアルフレートでした。

 夢落ちです。
 そして夢主のキャラが壊れてます。
 書いてて非常に楽しかったです。

 アルフレートが見つけたのは、キスマークです。描写していなかったのは夢主視点で、夢主自身が気付いていないからでした。

 連載夢主の語りで前半を書いていましたが、やっぱり名前変換が少なくなりますね。違和感の無い程度に名前を呼ばせるのが課題でしょうか。



 初めまして、今回リクエストして下さりありがとうございました。
 お気に召していただければ幸いです。

 夢主を可愛いと言って下さいまして、とても嬉しいです。
 今後とも、彼女を見守っていただければと思います。

 この度企画に参加して下さいまして、本当にありがとうございました!



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