桜様






 関羽の双子の姉は、とんでもない馬鹿だ――――とは、猫族一同の言葉である。

 蘇双の恋人でもある彼女、○○は、幼い頃から関羽を至極大事に思うあまり、思考が妙な方向に向いてしまっているのである。


「はあ……今日もなんっって可愛いの関羽!」

「……」


 隣で頬を押さえうっとりと熱い吐息を漏らす○○を横目に、蘇双は嘆息した。

 毎日毎日こんな調子である。
 関羽も世平も――――自分ももう慣れきったものだが、良くもまあ恋人の前で……とは思う。

 こうして二人きりでいる時も、関羽がいれば彼女の視線も関心も即座に持って行かれる。そして会話の話題と言えば専ら関羽だ。今日関羽がどうだったとか、関羽の髪が跳ねていたとか可愛いとか……正直至極どうでも良いものばかりである。

 彼女と付き合いを始めてから一年近く立っているが、良く保っているものだ。

 告白したのはどちらだったか――――○○だ。
 『好き、付き合おう』なんて半ば強引にこんな関係になったのだが、あれは告白ではなかったのか。自分も好きだからと了承したのが馬鹿みたいだ。


「やっぱり関羽は髪は長いのが良いよね!」

「ああ、うん。そうだね」


 投げやりに、適当な相槌を返す。
 だが○○は気を悪くした風も無く、熱い眼差しを注ぎ続ける。

 このまま蘇双が何処かに行っても彼女は気付きそうもない。

 蘇双は暫し考えて、


「……○○。これから用事があるから、ボクはこれで」

「ああうん。そうよね、関羽可愛いよね!」


 ……聞いてすらいない。
 誰も関羽が可愛いなんて言ってないし。
 心の中でツッコんで、蘇双はそっとその場を離れた。

 用事があるというのは勿論嘘だ。
 ふらふらと歩きながら、時間でも潰していようか。
 蘇双は○○を一度だけ振り返って、早足に歩き去っていった。



‡‡‡




 村の中を宛も無く歩いていると、関定と会った。
 彼は片手を挙げ、蘇双の周囲を探す素振りを見せた。


「よお、蘇双。今日は○○は一人で関羽観賞?」

「まあね」

「よくもまあ飽きねえなあ」


 呆れたように呟き、関定は蘇双の肩を叩く。


「お前もとんだ奴に好かれたな」

「別に……」


 否定しようとして、言葉が見つからずに黙り込む。

 彼女が変な性格をしているのは周知の事実だ。今更何を言ったとてどうにもならない。……と言うか、あの彼女を庇える言葉は、蘇双の頭では思い付かない。

 こめかみを押さえて溜息をつくと、関定があっと声を漏らした。


「どうかした?」

「あれ関羽じゃね? ……でも○○はいねえけど」


 関定が指差した先には、確かに関羽がいる。○○は何処に行ってしまったのだろうか、いつもなら一緒にいると思うのだけれど。
 関定と二人周囲を見渡してみても、関羽とはあまり似ていない彼女は見つからず。

 すると、関羽もこちらに気が付いた。かと思えば小走りに寄ってくる。


「蘇双! 丁度良かった!」

「何? 関羽」


 僅かに首を傾げて問いかければ、彼女は頷いた。


「○○知らない? 急に近くで悲鳴が聞こえたと思ったら、慌てて何処かに行っちゃったのよ。だから、何かあったのか気になって捜してるんだけど……」

「ボクは知らない。さっきまで○○と一緒にいたけど、今は関定と話してたし」

「でも珍しいな。○○が関羽以外のことで慌てるなんて。あいつの苦手な蜂が来た訳じゃないんだろ?」

「ええ。蜂だったらもっと大きな悲鳴がする筈だもの」


 「何があったのかしら……」と心配そうに小首を傾げてみせる関羽。

 蘇双はその方に、天道虫(てんとうむし)が停まっているのを見つけた。放っておいても別に関羽は驚かないだろうが、払った方が良いかと手を伸ばす。


「関羽、ちょっとそのまま動かないで」

「え?」


 彼女の肩を動き回る天道虫を指に載せた直後であった。


「ちょっと待ったああぁぁぁ!!」

「うおぉっ!?」


 関定が何かに押し飛ばされ転倒する。
 彼に声をかける間も無く、蘇双はその何かに腕を掴まれて無理矢理に走らされた。


「あ、ちょっと待って!!」


 彼女の制止の声は急激に遠ざかっていった。

 それは真っ直ぐ走った。
 何かから追われているかのように走った。
 こんな長閑(のどか)な村の中、何から逃げるというのか。

 ……《やっぱり》変だ。
 その後ろ姿を眺めながら、蘇双は心の中で呟く。



‡‡‡




――――どれだけ走ったのだろうか。
 ようやっと立ち止まったそれ――――○○は、空き家の壁に寄りかかって息を整えた。この空き家、村の端にある家屋だ。ちなみに蘇双が関定と会ったのはこことは正反対の場所である。


「で、どうかしたの?」

「……め」

「は」

「……っ、私がいなかったら、駄目!!」


 関羽と喋っちゃ駄目!
 何かと思えば、そんな言葉。

 蘇双は呆れて溜息も出なかった。


「分かってる。君の大事な関羽には、何もしないよ。ただ肩に天道虫を見つけたから払ってあげただけ」

「……」


 ○○はついと蘇双から顔を逸らした。
 唇を尖らせて、完全に拗ねている。

 今の何処に拗ねる部分があったのか、蘇双には分からない。
 ただ……この○○は妙だ。いつにも増して。
 何処か落ち込んでいるような風にも見えて、蘇双は口を開いた。


「……何かあったの? 君の好きな関羽が心配してたよ」


 そう言えば少しは元気になるかと思ったのだが、むしろ更に機嫌を損ねてしまった。一体何なんだ。


「だから、違うってば」

「何が」

「〜〜〜っ、蘇双が関羽と話すのが嫌なの!」


 突然の怒声。顔を真っ赤にしてきっと蘇双を睨んでくる。
 蘇双は面食らって、目を瞬(しばたた)かせた。

 呆気に取られたような蘇双の様子に、○○は苛立ったようにまた声を荒げる。
 関羽の双子の姉だというのに、○○は癇癪を起こすと精神が幼くなる。関羽(いもうと)がしっかりし過ぎているから、むしろ丁度良いと世平がままに漏らしていた。


「蘇双は……わ、私のじゃん!?」

「え? ああ、うん」

「関羽に見とれてて、気が付いたら蘇双いなくなってるし、慌てて捜してたら関羽と話してるしさ……! って、聞いてる!?」

「一応は」


 憤懣(ふんまん)やるかたなしと言った体の彼女を見ていた蘇双も、羞恥に段々と身体が強ばった。が、彼女よりは幾らか冷静である。
 同時に、奥底では安堵していた。

――――ああ、何だ。杞憂だったのか。
 思った直後、全身から力が抜けるような感覚に襲われた。肩を落として俯いた。

 そんな蘇双に、途端に彼女は慌てふためく。何を勘違いしたのか、必死に言葉を重ねた。


「そりゃ、関羽は好きだけど。蘇双は、その……愛してるもの!!」

「……」


 この子は馬鹿だ。
 やっぱり馬鹿だ。
 彼女の言葉を聞き流しながら、蘇双は溜息をついた。

 ……顔が上げられない。



●○●

 桜様リクエスト、関羽大好き双子夢主でした。

 蘇双と一緒に関羽を見ていたのは、関羽への牽制も含んでいます。後はまあ自分の大好きなものを恋人と共有したいという……。
 関羽大好きでも蘇双は譲りません、みたいな子。関羽と違って我が儘な部分があり、結構お馬鹿です。関羽の方があれこれ世話を焼いています。


 桜様、勿論覚えておりますよ!\(^o^)/
 一万打では張飛のお話を書かせていただき、この度は蘇双でのご参加、ありがとうございます。

 それに加え、企画ページの名簿にて記載が遅れてしまいましたこと、まことに申し訳ございませんでした。

 謝罪の気持ちも含めて書かせていただきましたが、お気に召していただけたら幸いです。


 この度は、本当にありがとうございました。



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