悠璃様






 ねえ蘇双、君のそれは違うんだよ。
 一体いつまで《過去》に固執するつもり?

 私はもう気にしてないよ。


 ねえ蘇双、君は私のことが好きだよね。
 一体いつまで私の側にいてくれるのかな?

 ずっとずっと私の側にいてよ。



 ……我ながら、こんなに矛盾した女はいないだろう。



‡‡‡




「○○」


 名前を呼ばれて振り返る。
 蘇双が立ってた。

 それに笑いかければ彼は一瞬だけ私から目を背ける。

 いつもそう。
 私が笑えば彼は一瞬だけ私から視線を逸らしてしまう。
 その理由を、私は昔から知っている。

 この張蘇双と言う少年は、私のことが好きなのだ。


「今日は寒い。あまりそんな薄着でいると風邪を引くよ」

「分かってるよ。今から戻ろうとしていたところなんだ」


 そっと差し出された手を取り、彼に従って歩き出す。

 小さな頃から、彼は私の側にいたがった。私が好きだから。私に負い目を感じているから……右腕の無い私を支えようとしてくれる。

 一途な彼と違って、私は矛盾している。

 偏狭な私は彼の行為に満足感を得る。
 臆病な私は彼の行為に罪悪感を得る。

 私は最低なちぐはぐ女だ。
 彼のその好意は彼の思っているようなものとは全く別種であることを、私は前から知っている。だから、彼が気付くまで応えてはいけないと思っているのに、このまま彼が気付かなければ良いと、自分から目を離さないままでいてくれれば良いのだと願っている。
 皆みんな、知らない。
 私が、汚い性根の持ち主だって。蘇双の好意に気付きながら、知らぬ存ぜぬを貫いていること。

――――そも、何故彼が私の側を離れようとしないのか。
 そして、そうでないとして、彼が私に感じているのは何なのか。

 きっかけは他愛もないじゃれ合いだ。
 幼い蘇双と私は山で遊ぶのを好み、その日はいつもより深い場所に行ってみようかと、冒険気分だった。
 そこで蛇の抜け殻を蘇双の肩に載せて怯える彼の様子を面白がって――――怒った蘇双に突き飛ばされた。

 その先は、断崖だった。

 一命を取り留めた私は、右腕が無くなった。崩れかけた岩に押し潰されてしまったのだ。
 蘇双はそれを自分の所為だって責めた。
 責めて責めて――――私の側で無くなった右腕の代わりをすることを決めた。

 それが、何処でどう勘違いしたのか、いつの間にか私に対する恋情となっていたんだ。
 ……おかしいよね。笑える。

 でも、一番愚かなのは私だ。
 私はもう大丈夫だから彼を解放しなければならない。
 けれど彼が側にいることが幸せで、心地良くて、解放したくない。

 嗚呼、なんて自分勝手なんだろう、私。


「ねえ、蘇双」

「何?」

「……ううん。何でもないや」


 このままで良い?
 このままじゃ駄目?
 どっちなんだろう。
 どっちが良いんだろう。

 ……なんて、考えるまでもないか。


「どうかしたの?」

「何でもないって。それよりも、寒いから早く帰ろう。おばさんのお茶が飲みたいんだ」


 ……逃げちゃ駄目だよね。
 迷うくらいなら、無理矢理にでもこの関係に終止符を打とうか。



‡‡‡




「もう良いよ」


 もう、私の側にいなくて良いんだよ。
 私はもう大丈夫だから。
 蘇双の部屋にお邪魔して、私がお茶を飲みながら言うと、蘇双はえっと声を漏らして私を凝視した。

 私はお茶を見下ろしたまま抑揚も無く、


「だから、もう解放してあげるって言ってるんだ。君は十分すぎることを私にしてくれた。もう良いんだよ。私は右腕が無くてもちゃんと一人で暮らしていける。長いこと君を縛り付けて、本当にごめんね。これで解放してあげる」

「……縛り付けられた覚えはないけど」

「自覚が無いなら今すると良い。私は右腕のことで君をずっと縛り付けていた。けれどもう、それは無くなる。君は君の人生を、好きに歩くと良い。君が罪悪感を感じる必要は無い」


 止めろ、と頭の中でやかましく叫ぶもう一人の自分を黙殺する。

 蘇双は眉間に皺を寄せて私を睨むように強く見据えてきた。
 それにも私は気付かぬフリをする。私はあなたの気持ちには全然気付いていません。それが間違いだと、自分で気付いて下さい。
 そんな願いを込めて私は言葉を続ける。


「ボクは……」

「そもそも、右腕のことは完全に私の自業自得だったんだ。君が負い目を感じる必要は何処にも無かった」

「違う」


 伸ばされた手を、私はそっと押し退けた。
 今度は私が蘇双を見据えた。


「もっと早くに解放するべきだったんだ」


 もう一度、謝罪する。
――――瞬間だった。

 視界が周り、お茶が胸を濡らす。熱い。猫舌だからぬるくしてもらってるけど、熱い。気持ち悪い。
 私は蘇双を見上げて眉根を寄せた。


「何?」

「……違う、ボクはそんなことで君の側にいたんじゃない」


 低い声だ。感情を押し殺したような、そんな声。

 驚きつつ、私は蘇双を黙って見上げていた。


「蘇双?」

「ボクが気付いてないとでも思ってた?」


 君はボクの気持ちを知っていて、今まで知らぬフリをしていたんだろ。

 ……おかしいな。何でバレていたんだろう。
 ちゃんと隠していたつもりなのに。


「それは君の勘違いだよ。罪悪感が、私への献身が、いつの間にかそんな風に形を変えてしまっただけなのさ」

「違うね。ボクは本気だよ。本気で、○○が好きだ。君と違って自分のことは、自分が一番よく分かる」

「……おかしいなあ……」


 私は君のことを解放しなきゃいけないのに。


「君は、私から解放されるべきだ。君が私の側にいる限り、罪悪感を感じるだろうから。そしてそれを恋だと勘違いする」

「……なら、今度はボクが、何をしてでも君を縛り付けるよ。○○のそれが本心でないことくらい、ボクは知ってる」


 ずっと一緒にいたんだから。
 近付いてくる蘇双の顔に、私は逸らせない。試しに笑ってみても、彼は目も逸らさない。
 おかしいな。こんな顔、蘇双は今までしたことが無いよ。

 ……大人しく黙って解放されれば良いのに。
 そうすれば楽になれるかもしれないのに。

 駄目だよと呟く私の心の中で、誰かが歓喜に打ち震えた。



○●○

 悠璃様リクエストです。
 蘇双の好意に気付いていながら、応える気無く気付かぬフリをするあざとい夢主、でした。

 あざとい、か……?
 夢主は大人っぽい感じですが、蘇双と同い年です。家族ぐるみの付き合いで、小さな頃から一緒にいます。

 切甘、になってるでしょうか?
 悠璃様のお気に召したら良いのですが……。


 悠璃様、この度は企画に参加していただき本当にありがとうございます。
 急ぐかと思い、先にレスページにてレスを返させていただいておりますので、レスは割愛させていただきますね。

 本当に、ありがとうございました!\(^o^)/



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