れっど様
――――曹操軍には優秀な《変人》がいる。
諸侯の中では有名な話だ。
ほとんどの戦では曹操に指揮を任されるその人物は、世にも珍しい独身の女性。しかも、齢は三十を越えている。
変人と世にすら出回る所以は、その一般より逸脱した柔軟すぎる思考にあった。
彼女は人中でも抜きん出た武と知を備えている。けれどもだからこそ、並の者には理解し得ぬ思考をしていたのだ。
彼女の才の花を枯らすこと無く戦に咲かせることが出来るのは、他でもない彼女自身と、恐らくは、曹操ただ一人であろう――――。
‡‡‡
「操ちゃん」
「止めろ」
「うおっ!」
すかさず投げられた短剣を危なげ無く避け、○○は唇を尖らせた。
「ちょっと最近酷くない? 反抗期? 随分と遅い反抗期か操ちゃん。お姉さん悲しいよ」
「貴様のような姉は要らん」
「でもあたしはそんな君が大好きです。いやん」
「……」
「ごめんなさい。調子乗りました。徐(おもむろ)に剣を抜くの止めて。君の超優秀な武将が消えてしまったら君困るでしょ。この先どうなんの。寂しくて死んじゃうでしょ――――ってマジでごめんってば!!」
剣を薙いだ曹操――――仮にも上司である――――に馴れ馴れしくも謝罪する○○は、両手を挙げて部屋の隅にまで逃げた。
すると、曹操は嘆息して無言で手を上下に振るのだ。……まるで、犬を追い払うかのように。
……昔は可愛かったのにさ。
心の中でぼやき、○○はすごすごと部屋を出る。あのままからかっていたら本気で殺されると分かってのことだ。
「最近不機嫌どしたの操ちゃん悩み事〜? っと」
不可思議な歌を口ずさみ、○○は足を止める。
目を向けた先には鍛錬場がある。
今日も今日とて精を出す男達の中には、当然己の可愛い弟子達も混ざっていることだろう。
まだまだ自分の足元にすら及ばぬとは言え、日を追うごとに成長する彼らを見ることが、彼女の生き甲斐でもあった。きっと、これからもずっと――――自分が引退するまで。
○○は目元を和ませ、歩みを再開した。
最近は弟子二人の鍛錬に付き合ってやれていないが、それだけで鍛錬を怠る心配は万が一にも無い。してたら裸で町を回らせるからと脅しをかけているし、片方は非常に真面目だから怠惰は許さない。
彼らも今では師匠を気遣う余裕も出来た。それもあって安心して二人の成長を見届けていられるから、今の○○は比較的自由に過ごせている。昔は無茶をしてばかりの彼らから目を離さず叱りつけてばかりでこんなゆったりとした時間を持つことは無かった。
「……さて、今日は関羽達と町でも回るかー」
背伸びをしながら、○○は口角を弛める。
‡‡‡
その日、夏侯惇、夏侯淵両名は浮き足立っていた。
久方振りに敬愛して止まない師に自分達の成長を見てもらうべく、鍛錬に付き合ってもらうのだ。
今は、それを願い出ようと彼女を探しているところである。
「今のオレ達なら、○○様に勝てるかもしれないな」
軽口を叩く夏侯淵に、夏侯惇はふっと笑う。
勿論、二人とも本気でそんなことを思っている訳ではない。けれども、腕が上がったと彼女に褒められることを期待していた。
少しでも、○○に追いつきたくて高めた武を、彼女に褒めてもらいたかった。
「ああ、すまない。そこの兵士。○○様をお見かけしなかったか」
「これは夏侯淵様に夏侯惇様。○○様ならば先程市街に出て行かれましたぞ。何やら楽しそうな様子でございましたが……」
「そうか。ありがとう。兄者、市街ならば店を見て回っているかもしれない。行ってみるか」
「そうだな。そうしよう」
見るからに嬉しそうな二人に、兵士もつられて笑った。
○○を前にする時、二人は幼くなる。幼少時からの師匠なのだから、それも当然だろう。
柔和になる二人の様子を、微笑ましく思う者は多い。それは変人と名高い○○の人柄を知っているが故のことであった。
大股に歩き去っていく二人を見送り、兵士は己の仕事へと戻った。
‡‡‡
夏侯淵の言葉通り、○○は装飾品の店を覗いていた。
しかし、彼女一人ではなく。
隣には、数人の十三支がいた。
○○は彼らと談笑しながら、十三支の女に装飾品を当てては選んでいた。
心が冷めていく。
……予想していなかった訳ではない。むしろこうなることは分かり切っていた。
○○は差別などを極端に嫌う。己の常識外のことを排他することは、真実をも棄(す)てること。差別とは人間の驕りであると、彼女は口癖のように言っていた。さすがに、それだけは受け入れられなかったが。
○○が十三支と親しげにするなど、彼女の性格を思えば当然のことだのに、何だか裏切られたような心地だった。
「○○様!!」
「ん?」
思わず夏侯惇が張り上げた声に、○○が彼らに気付く。
すると、へにゃりと笑って間延びした声で「お疲れー」などと労(ねぎら)いの言葉をかけてくれる。
「○○様、十三支と連(つる)むのはお止め下さい!!」
「そうですよ、汚らわしい十三支なんかに構う必要が何処にあるんですか」
「汚くねえし!! オメーら本当にしつっけーな!」
張飛が五月蠅そうに言う。
夏侯淵が彼をきっと睨めつけた。完全な敵意を剥き出しにして、
「五月蠅い!! この方はな貴様らが言葉を交わして良いような人物ではないのだ!! 金輪際近付くな、○○様が汚れる!」
「んだとテメー!?」
「張飛……ここ、人間が沢山いるんだけどなぁ。○○がいるから波風立たないでいたのに……」
「相手にするだけ時間の無駄。下らない暴言に付き合うの、疲れない?」
張飛を宥めたのは蘇双だ。毒を吐きながら、自分達に水を差した夏侯惇達を冷たく横目に見る。
それが、更に神経を逆撫でした。
夏侯淵が再び吠え、張飛が噛みつく。
張飛の挑発に夏侯惇も乗ってしまった。
蘇双と関定は溜息をついた。少し、距離を置く。
○○は黙りとしていた。目を細め、何を考えているかも分からぬ顔で彼らのやりとりを傍観している。
その側で関羽がはらはらと不安そうに瞳を揺らしていた。
夏侯淵達ならば、気付けた筈だ。
○○が押し黙って事の次第を眺めているということは、《自分達で早急に》事態を集結させるのを待っているという意思表示だ。
弟子にも部下にも厳しい彼女が、この譲歩の果てに待てなくなった時――――。
彼女は動く。
……ぽきっ。
「……惇、淵」
拳を鳴らす音がした瞬間、頭上から衝撃。視界に星が舞った。
強烈な一撃であった。
二人はほぼ同時に頭頂を押さえて身体をくの字に曲げた。
しかし○○はそれを許さず、今度は二人の頬を《爪を立てて》引っ張りながら持ち上げる。
「お前らあたしに喧嘩売ってんのか? あん?」
「……っいって……!」
「ぐ……!」
「ここ何処だ。市街だろ? どう考えても市街だよな? そんな中で十三支十三支騒ぎやがって洛陽をそんなに混乱させたいのか。おっかしいなあ、あたしはお前らの注意力を育てるの忘れてたっけ? ん?」
叱りつける○○は容赦が無い。
過去何度も叱られた経験のある二人はみるみる青ざめていく。
……張飛達が笑っているのは腹が立つけれど、今の彼女の前では何も許されない。「母親に起こられてる子供みてぇ……!」なんて言葉にも反論出来ない。
「○○様、あ、あの……」
「ここから董卓様のお屋敷、そこから操ちゃんの屋敷の鍛錬場まで全力で走れ。そっから腕立て百回、腹筋百回、素振り千回!! 文句は言わせない。――――てめぇらの腐った性根をあたしの前に晒す暇があるならさっさと腕を上げねぇか!!」
間近で怒鳴られ耳が痛い。
夏侯惇達は解放されると同時に○○に頭を下げて、くるりときびすを返した。これ以上十三支の前で師に怒鳴られるという失態を晒したくなかったのだ。
――――けども、○○も大概性格が悪いもので。
走り出そうとした二人の肩を掴んで、くっと口端をつり上げる。
……嫌な予感。
「……お前ら、明日女装しろ」
「「……」」
目の前が真っ暗になった。
十三支達の爆笑が、容赦無く胸を抉る――――。
○●○
れっど様リクエストです。
最強設定の夏侯兄弟師匠夢主です。
内容の詳細は、長かったので省略致します。
ノリですらすらと書くことが出来ました(^o^) ギャグが結構入ってます。
この夢主、私の頭の中の設定では曹操が混血であることを知っています。だからお母さんではなくお姉さんと言うんですね。
混血だと知りつつ、曹操に強い忠誠を誓っています。
結婚しないのも、曹操の将来を心配してのことがあると思います。あとは夏侯兄弟の成長も見たいんだと。
ちなみに女装に関しては夢主が夏侯兄弟が小さい頃に無理矢理させていたものです。まだ隙あらばさせようと画策しています。
れっど様、この度は企画に参加していただき、ありがとうございました。
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