悠様






 関羽の姉という立場は、存外居心地が悪い。
 姉と言っても双子なんだけどね。

 関羽の方が強いし可愛い。

 対して私は自他共に認める地味な月並み娘。
 ついでに言うなら影も薄いし、目も服も黒くて日影にばかりいるから誰にも気付かれない。

 『姉貴と○○って、実は血繋がってなかったりして』――――張飛に揶揄されたことがある。その後に世平おじ様にぼこぼこにされたけど(ちょっとすっきりしたことは秘密だ)。

 それらに加え、私は極度の人見知りである。

 これでも関羽の双子の姉ですとも、ええ。
 関羽には何でも敵いません。だから何だ――――と強がってみる。

 出来損ないだと思ったことは無いが、さすがに成長する度に引き離されて広がっていくその差に胸が痛まない訳ではない。


「……あの」

「うわっ!? ……って、何だ、○○か〜。驚かすなよなー」

「……」


 すみません。あなたが来る少し前から私はここの井戸の前にいたんですけど。
 それを言ったところで「うっそだぁ」と笑って取り合われないことはもう学習しているので、私は取り敢えず頭だけ下げて井戸から水を汲み上げる。

 張飛は黙ってそれを眺める。
 見てるくらいなら手伝え。心の中で文句。……え、口で言える訳ないじゃないか。

 よいしょ、と並々と入った水を壷の中に入れ、全身に力を入れて持ち上げる。
 大体、これって男の役目だよね。何で私がやってるんだ。水が入っていないことに気付いたからだ、私の馬鹿。

 これが関羽なら彼も自分から手伝おうとするんだろうなあ。
 張飛は正直だ。
 それが彼の長所で、短所。

 彼にとって、私は本当に関羽の双子の姉なのか疑わしいのだろう。でも髪と目は同じ色だもん。顔だって…………似てないです、はい。


「○○って結構、力強いよな、姉貴より強いんじゃね?」

「……」


 誰か殴ろうとした私に賛同して下さい。

 恋する男児よ。私の膂力(りょりょく)、関羽に遙かに劣ってるんですがね。



‡‡‡




「――――と言う訳ですよ、蘇双」


 水を苦心しつつ運んでいると、何と蘇双が持ってくれた。
 ついでに張飛とのことを愚痴ってみると、彼は嫌な顔をせずに全部聞いてくれた。

 昔からそうだ。
 蘇双だけは、関羽でさえ見つけられない私が何処にいるのかちゃんと把握してくれているし、私なりに色々と努力していることを評価してくれる。それに、こうして手伝ってもくれる。
 猫族の中では、多分関羽よりも親しい間柄だと思う。私が愚痴れる唯一の相手だ。


「張飛も、大概馬鹿だからね」

「ちょ、それでまとめるって……」

「○○は、探せば関羽と似てるところなんて幾らでもあるよ」


 蘇双は呆れたように呟く。
 けれども、私と関羽は似ていないと言う認識は猫族全体のものだ。
 私と関羽が似てると言うのは、蘇双だけ。

 何もかもが蘇双だけだ。


「張飛のことは、後でボクが絞めておくから、気にしないで良いよ。っていうか、気にするだけ気力と時間の無駄」

「散々な物言いですね蘇双君」

「そう?」

「うん」


 仲が良いからか。羨ましい。

 ちなみに、私に友人はいません。蘇双以外には。蘇双が親友だけです、はい。寂しい女ですね、昔から自覚してますとも。
 私の考えていることが分かったのか、蘇双ははあと溜息をついた。


「ボクがいるから、まだましだろ」

「まあね。これで蘇双がいなかったら私完全に孤立してたよね。うわ、何て寂しい人生」

「――――そうなることは、絶対に無かったと思う」

「……ん? 今何か言った」

「別に。これ、家に入って右手に置いとくよ」


 蘇双が言って気が付いた。
 もう家じゃないか。

 私はお礼を言って一足先に家に入った。

 家の中は無人だ。
 確か世平おじ様は釣りに出かけてて、関羽は劉備様と花を摘みに近くの丘に行ったんだった。

 そう、ここに私一人、なのだ。

 ……。

 ……。


「……あのさ、蘇双」


 壷を置く物音の後、蘇双が返事をしてくれる。

 ちょい、と彼を手招きした。

 それだけで察してくれた蘇双は、私の前に立って頭を撫でてくれた。

 蘇双の意外に堅い手の感触に肩から力が抜けた。
 そっと蘇双の服の裾を掴んだ。

 私という女は良く出来ていない。
 自分でも分かる程に弱いし脆いし……関羽の姉かってくらいに欠陥が多い。でも出来損ないだとは思ってない。
 そんな私は溜め込んだものを自分じゃ処理しきれない。一人になると無性に表に吐き出したくなる。

 見られたくはない。
 見られて良いものじゃない。

 ……けれども。

 蘇双なら、良い。

 彼は私を嗤(わら)わない。
 だから、彼だけは良いんだ。
 昔からそう。

 蘇双だけなら、晒せる。

 蘇双は私の頭から手を離すと背中に回してそっと抱き寄せた。

 多分、彼にとっては私は妹みたいなものなんだろう。年はそんなに変わらないのにね。……と言うか、私が上です。
 あやすように、彼は一定の調子で背中を優しく叩く。

 その心地良い感覚に身を任せながら、私は薄く口を開く。


「……何かさ、すっごいむしゃくしゃする」

「だろうね」

「皆絶対、私が何にも感じてないとか思ってるよね。でも私だって色々と思うところがあるんだよ。関羽に及ばないのはちゃんと分かってるけどさ、何も思わない訳ないじゃん。皆が関羽贔屓なのは良いよ。それだけ出来の良い子だってのは分かってるから。でも私の膂力の把握くらいしてくれても良いんじゃないかな。あれですか、皆の前で鍛錬しないからですか、すみませんね。猫族の皆にも人見知りを発揮してまして。でもしょうがないじゃん、昔っからそうなんだもん。でも慣れればそうでもないんだよ。っていうかね、張飛の靴の中にかめ虫が入れば良いと思う」

「……そう言うところは関羽とは全然似てないよね」


 呆れてるのに、手付きは優しい。
 本当、蘇双は面倒見が良いよね。


「……でもね、すっごい、悔しいんだよ。私は関羽の姉なのに」


 何一つ関羽には敵わない。
 いつも、私は最後に言う。

 関羽には敵わない。

 関羽には敵わない。

 私は、関羽(いもうと)には、敵わない。

 そう言い聞かせて終わる。
 いつもいつも。
 一人になってやることは同じだ。

 でも、蘇双がいると何か違う。
 何て言うか、ね……何て言えば良いんだろう。
 良く分かんないけど、悪い感じはしないんだ。

 こう、胸が熱いというか……ええと……やっぱり分かんない。

 何でだろ。


「……○○」


 蘇双は背中を撫でてくれる。
 私は無言で目を伏せた。

 蘇双は優しい。
 優しいから、私を見つけてくれる。

 見つけてくれなくなったら、どうなるんだろうね。

 ……考えられないや。



●○●



 こっそり企画、最初の消化は悠様リクエストでした。
 四万打で抽選から外れてしまったリクと同じ内容――――関羽にコンプレックスな双子夢主で劉備か蘇双と言うことでした。

 劉備か蘇双、どちらにするか考えていた時、他のリクで同じ関羽双子で蘇双夢があったのですが、劉備よりも蘇双の方がしっかりとした感じのネタが思い付きまして、蘇双で書かせていただきました。
 今までと違う感じの夢主にしたかったんですが、コンプレックスを感じてるのか分からなくなってますね。甘さも迷子な気が……(・・;)

 夢主は無自覚で蘇双のことが好き。
 蘇双は幼少時からずっと夢主のことが好き。
 そんな二人です。

 夢主がちょっと蘇双に対して無自覚に依存傾向にある、のかな……?


 悠様、今回お忙しい中にこっそり企画にて、再びのリクエストありがとうございます。
 四万打にて書くことが出来なかったことも含め、心より愛を込めて捧げます← ご期待に添えることが出来れば幸いです。

 最初から読まれる、とは……今では膨大な量になっておりますが、大丈夫でしょうか。
 とてもありがたいことですが、どうか私生活の方を大事になさって下さいね。悠様のお身体が一番大事ですから。

 悠様も、ご自愛の上、お仕事頑張って下さいませ。


 この度は、企画に参加していただきまして本当にありがとうございました。



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