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兵士に連れてこられた三人は、謁見の間に立たされ屋敷の主の登場を待っていた。
幽谷が泉沈と関羽を庇うように立ち、周囲を隈無く警戒していた。
足音が聞こえてくると、それは一層強まった。
「こんなところでお前たちに会うとはな」
曹操だ。
幽谷は目を細め、彼を見上げた。
歩くのはもう平気そうだ。だが、端々にぎこちなさが窺える。
彼は椅子に座ると、泉沈に一瞥をくれ、幽谷の背後に庇われる関羽を見据えて口を開く。
「董卓追撃の折、別れて以来だな。もっとも別れ際では、私は気を失ってしまっていたがな……」
「怪我は……、あの時の怪我はどうなの?」
「……お前に心配される程ではない。お前こそ我が国で何をしている。なにやら色々と嗅ぎまわっているそうだが」
関羽は無言である。
それに、曹操は小さく吐息を漏らした。
「お前は咄嗟に気の利いた嘘のひとつもつけぬのか。それでは疑ってくれと言っているようなものだぞ」
「関羽様が嘘をついたとて、あなたには看破出来ましょう。関羽様は平和な村でお過ごしだったのですから」
幽谷の刺々しい声音に、曹操は眉根を寄せる。
「……幽谷。何か、機嫌が悪いように見えるが」
「いいえ、全く。あなたに向けられたものではございませんので、お気になさらず」
「あのねー、幽谷のお姉さんは、関羽のお姉さんが自分の分を弁(わきま)えずに自分からするって言ったのが許せないんだよ。それで、さっき騒ぎになっちゃったから更にぼわんて」
泉沈の軽い調子の言葉に関羽が気まずそうに俯いた。
幽谷のこめかみが一瞬だけひきつるのを曹操は見逃さない。
ふっと笑うと、
「お前でも、関羽を怒ることがあるのだな」
「そうですね。もっとも、このことが無ければもう一生無かったように思いますが」
「うぅ……」
「あはは! 関羽のお姉さん余所の屋敷で怒られてるー!」
「泉沈は黙っていなさい」
「えー、だって関羽のお姉さんの顔面白いもん」
「え、顔!?」
「ほら変な顔ー!」
またけらけらと笑う泉沈に、幽谷は溜息をついて曹操に謝罪する。自分達は兵士に連行されてきたのに、これでは相手が曹操でなければ即斬首だろう。
こめかみを押さえ、ふと二人をいつもよりずんと重く低い声で呼んだ。
すると、彼らは途端に黙るのだ。
曹操が、呆れたのか溜息をついた。
ややあって、話を元に戻す。
「……お前たち十三支は幽州に身を寄せたのだろう」
「どうして知っているの!?」
「……関羽様。公孫賛様の国にも他国の間者はいると、旅の合間に指南する際申しました筈ですが」
「あ……そ、そうだったわ」
「関羽のお姉さん、幽谷のお姉さんが怖かったから話ほとんど聞いてないよ」
もう、溜息も出ない。
「お前たちは幽州の間者にでもなったか?」
「そ、それは……」
しどろもどろになる関羽に、曹操は笑みを浮かべる。
「やはりお前は嘘が得意ではないようだな」
「あ……」
「お前たちを住まわせてやる代わりに諜報活動をするように言われたか? ……だが、幽谷だけでないのは、奇異なことだな。そういったことは幽谷が得意な筈だ。乞われて志願するならば真っ先にするのではないか?」
確かに、幽州側から言われたことであるならば、幽谷が自ら申し出ていたであろう。
だが、今回はそうではないのだ。
関羽は幽谷の隣に立ち、公孫賛でなく、自ら提案したことだと答えた。
すると、彼は笑みを消し、柳眉を顰めるのだ。
「何だと……? 私の誘いは断ったのに、公孫賛のためには自ら間者を買ってでるのか……」
あの洞窟の中でのことを言っている。
あの時、関羽が断ったと言うよりは、彼の下の者に堅く拒絶されたことが大きい。彼はそれを知らされていないようだ。
幽谷は、ほんの一瞬だけ曹操が子供に見えた――――ような気がした。彼に限ってそんなことは無いとは思うが。
「ふ、まぁいい。だが折角の間者もこうして私に見つかっては意味がないな。残念ながらお前たちの任務は失敗だ」
関羽が、曹操を睨みつけながら幽谷の袖を握る。
彼女を再び背に庇いながら、ふと泉沈を見やった。彼はにこにこと笑っているが、それでも目だけは鋭利な光を持って曹操を睨みつけていた。約束は守っているようだが、これはさすがに危ないか。
ここは逃げた方が良いのかも知れないと思った直後である。
「失礼します。曹操様、まもなく曹嵩様が到着されます」
「……そうか」
謁見の間に現れた武官に、曹操は静かに言葉を返した。
曹嵩。
名前から察するに彼の身内であることは間違いない。
だがその名前を聞いた瞬間、彼の目に一瞬嫌な光が宿ったように思う。それが何なのかは、分からなかった。ただ、顔色が変わった。幾分か青ざめて見える。
曹操は思案しつつ、関羽を見やった。様子を訝った武官の言葉に何でもないと返し、父を奥の間に通せと命じる。
……父親、だったのか。
武官が去った後、曹操は関羽を呼んだ。
「……少し私に付き合え」
「え……?」
きょとんと瞬く関羽に、曹操は口角をつり上げる。
「お前がわたしの期待通りの働きをすれば、間者の件、不問にしてやってもいいぞ」
関羽は猜疑(さいぎ)の眼差しを向ける。
幽谷も、思わず外套に手をやった。
曹操は、大人しく挨拶をしていれば良いと言う。ただし、関羽一人で、だ。
それはつまり、関羽に一人で曹操の父に会えと?
そのようなこと、許せる筈もない。
「私も同席致します」
「駄目だ。四凶まで来られては上手く行かぬのでな」
「お兄さん、僕らは四霊なんだってば。覚えてないのー? 記憶力も無いんだねぇ」
「泉沈。あなたは黙っていなさい」
キツく叱ると、泉沈は頬を膨らませる。
「だってさ、言葉の間違いは正さないといけないって、そう教わったもん」
「今は、そんな状況ではないでしょう」
「ぶー」
「とにかく、私も気配を消せばよろしいでしょう。でなくば、強引な手段に出ます」
自分達の立場は分かっている。このように言っては危うくするだけ。
――――だが、幽谷ならばそうはさせない。曹操は虎牢関での幽谷の暴走を知っているだろうから、十分脅しにはなる筈だ。関羽の為なら何でもするということも、彼は知っている。
曹操は幽谷を見据え、やがてやおら嘆息した。
「分かった。だが、絶対に悟られるな。その子供もだ」
「分かりました」
幽谷は深く頷いた。
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