どうしてそんなに死にたがるの?
 そう問いかけると、彼女は無表情に言うのだ。


『死なせてくれるのならば、話しましょう』



‡‡‡




「……異常だね、あの四凶」


 急遽集められた猫族の中で、物静かな少年が淡々と述べた。

 今し方自殺しようとして関羽達に押さえ込まれ部屋に閉じ込められた幽谷について、改めて話し合いの場が持たれた。

 彼女の死に対する執着は異様だった。それに、各々(おのおの)感じることは様々だ。
 少年のような感想を持つ者もいれば、分からぬ幽谷の過去に想像を膨らませ同情する者もいる。


「そう言うなよ蘇双。彼女、今まで相当辛い目に遭ってきたんじゃないか?」

「だったらすぐに命を絶てば良かったんだ。何でボクらの村で死のうとするかな……迷惑だ」


 蘇双と呼ばれた彼は銀髪の少年に冷たく返す。


「けど……折角助けてやったのに、死のうとしなくたって良いんじゃね?」


 腕組みして、張飛。

――――恩知らずな娘だ。
 誰かが呟いた。
 だが、猫族からすれば彼女の行動は確かにそうだ。折角助けたのに、その甲斐空しく幽谷はあっさりと命を捨てようとするのだから。

 あの異様な執念は、まるで冥府に取り憑かれたかのよう。


「けど、今まで耐えていたけど、もう耐えられなくなるくらい酷い目に遭ったのかも……」

「だから、ついでにボク達にも災いが降りかかれって? そう言うの、八つ当たりって言うんじゃない?」

「違うわ! だって身体を張って劉備を庇ってくれたのよ? そんな優しい人が八つ当たりでわたし達を巻き込むなんて……それに幽谷はわたし達を猫族と言ってくれたわ。差別している風は全然無かった」


 必死に擁護(ようご)すると、世平が溜息をついて緩くかぶりを振った。四凶に関しては何とも思っていないが、それでも彼女の行動は理解しがたかった。


「……彼女が深いことを語りたがらないからな。全て憶測に過ぎん」

「村から追い出した方が良いんじゃないか?」

「そうね……、四凶だし、気味が悪いわ」

「俺も村からいなくなってくれた方が……」

「そ、そんな……」


 関羽は肩を落とし、周囲を見回した。
 だが、誰もが――――銀髪の少年さえ目を逸らして沈黙する。

 関羽に同意してくれるのは、劉備以外無かった。


「幽谷、どこか行っちゃうの?」

「劉備……」

「劉備様。あの人は四凶なんです。長く置いていては、どんなことが起こるか分かりません」

「……しきょうって何?」


 蘇双は目を瞠った。


「え……関羽、教えてないの?」

「う、うん……」


 だって、訊かれたことが無かったから。
 蘇双の問いに頷くと、彼は劉備を見やり、口を開いた。


「四凶と言うのは、左伝の饕餮(とうてつ)、混沌(こんとん)、窮奇(きゅうき)、檮(とう)コツのことです。稀に、人間の中で色違いの瞳を持ち、四凶の特徴が身体に現れた子供が産まれるんです。それは良くない兆しとされて、生まれてすぐ殺されるんです。人間に生まれながら、人間でない化け物――――それが四凶です」


 劉備はこてんと、首を傾げた。


「どうして、良くないの? 幽谷はとても優しいよ」

「個人の性格は関係ありません。邪悪な怪物をその身に宿しているとも言われていて、人間の間では昔から存在自体を邪なものだと見なしているようです」


 じっと蘇双を見つめて話を聞いていた劉備は、つかの間沈黙し、むすっと漏らした。


「……でも、優しいもん」

「ですから、個人の性格は……」

「ぼく、幽谷に訊いてくる!!」

「え? あっ、ちょっと劉備様……!」


 何を訊いてくるのか分からないが、劉備はぱたぱたと部屋を飛び出してしまった。
 関羽も慌てて後を追いかけた。


「あ、姉貴待ってくれよーっ」


 それに、張飛も倣う。



‡‡‡




 ……どうしてこうなった。


「ひっく、……う……ぅっ」


 目の前で泣きじゃくる劉備。
 どうして泣いているのかと言えば、彼が転んだのだ。部屋に入った瞬間。

 幽谷は今歩けないので、離れたところで嗚咽を漏らす彼にどうすることもできない。
 が、このまま放置するのも……。


「……劉備殿、こちらに来ていただけますか」

「ひっ、ぅ……?」


 劉備は涙でぐちゃぐちゃになった顔をこちらに向けた。そして未だしゃくりあげながらも幽谷の横たわる寝台に近付き、腰を下ろした。


「何処が痛むのですか?」

「えと……お顔」

「失礼します」


 幽谷は一言断って、彼の頬に手を添えた。何事か呟き、目を伏せた。

 するとどうだろう、頬に触れる手から淡い光が放たれたではないか!
 劉備は驚いて顔を強ばらせたが、すぐに安心したように全身から力を抜いた。


「……はい、もう大丈夫ですよ」

「わあ、痛くなくなったっ」

「劉備殿、このことはどうかご内密にお願いいたします」

「え、どうして?」

「どうしてでも、です。――――そちらのお二方も、他言なさいませぬよう」


 後半は部屋の外に向けて放った言葉である。

 ややあって、そろそろと姿を現す。関羽と張飛だ。
 二人の考えなど分からぬが、先程から隠れて事の次第を眺めていたのだった。


「バ、バレてたのか……」

「何かご用ですか。無いのならば劉備殿を連れてお帰り下さい」


 けんもほろろに言うが、それを無視して劉備が幽谷を呼んだ。


「ぼく、幽谷にききたいことがあるの」

「訊きたいこと?」

「幽谷は優しいよね?」

「それを本人に訊きますか」


 じろり。
 二人を睨む。


「ご、ごめんなさい……わたしも、劉備が何を訊くつもりなのか分からなくって」

「……私は簡単に人を殺せます。優しくなどありませんよ」

「ぼく、知ってるよ。昨日、落っこちた鳥さんをお家にもどしてあげたでしょ?」

「たまたまです」

「あとねあとね、落ちてたくぎを、みんなが踏まないようにって拾ってあげてたの」

「見間違いです」

「それと……毛虫さんを葉っぱの上に載せてあげてたよ!」

「お待ち下さい。私、あなたとはほとんど会っていない筈ですが」


 どうしてそんなことを知っている。
 無邪気な笑顔を向けてくる劉備に幽谷は苦虫を大量に噛み潰したかのように顔を歪めた。


「何だ、結構優しいんじゃん」

「安易に判断しないで下さい」

「うん。幽谷は優しいの!」

「あなたは話を聞いて下さい」


 嗚呼……疲れる。
 優しい優しいと繰り返す劉備と、意外そうな張飛、そしてそれを微苦笑を浮かべて眺める関羽。

 頭が痛いのは、気の所為だろうか?



.

- 10 -


[*前] | [次#]

ページ:10/294

しおり