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解放された。
その事実は喜ばしい筈だ。
けれど、関羽が浮かない顔をしている所為だろうか、幽谷も心から喜べはしなかった。
猫族と合流しようと前を歩く関羽と、彼女を気遣って側に寄り添う張飛の背中を見つめながら、ついさっき、夏侯惇が関羽に言い放った言葉を思い出した。
『曹操様は気を失っているうちにどこかに行ってくれ! 貴様らもこれで晴れて自由だ。村にでもどこへでも帰ればいい』
あの時。
夏侯惇も夏侯淵も、曹操が関羽を強く欲したことに意気消沈している様子だった。それでも、あの問答だけで済んだのは曹操の状態故か、それとも主を命を懸けて守り、それを誇りと一人の兵士が息を引き取った場所だからか。
ふと自分の手を握って隣を歩く泉沈を見下ろす。
彼はあの場で、至極退屈そうに欠伸をしていた。他人事なのだろうが、その彼の態度に夏侯惇達が気付かずにいて良かったと思う。彼が黙っていてくれたから、あの問答だけで済んだとも言える。
この子供、同じような存在である幽谷に懐いているようだが、一体どうすれば良いのだろうか。
張飛にも名乗らせていない。そのような状況ではなかったのだ。
このまま猫族のもとに連れて行っても――――。
「幽谷のお姉さん、なーに?」
「……いいえ、何でもないわ」
愛らしく首を傾ける泉沈に、幽谷は誤魔化す。
それから大した会話もせずに歩いていると、平原にて猫族の一団を見つける。
彼らは関羽達に気付くと安堵した風情で駆け寄ってきた。その中には合流したのだろう、洛陽に置いてきた劉備の姿があった。
「よく無事だったな!」
「世平おじさん! 心配かけてごめんなさい」
関定の声に関羽ははっとして、世平に駆け寄った。
「一体どうしたってんだ? 大丈夫だったのか? それに幽谷の連れてるその子供、四凶か?」
「僕は四凶じゃないよー。四霊だよー」
ぶうと頬を膨らませて、泉沈は世平に抗議した。
世平は困惑したように謝罪した。四霊とは何かと幽谷に視線で問いかける。
それに、幽谷は渋面を作って首を横に振る。彼女にも、四霊がどういう存在であるのか、自分もそれに含まれるのか全く分からないのだ。
世平は暫し思案し、泉沈と目線を合わせるように屈み込んだ。
「俺は張世平だ。お前の名前を訊いても良いか?」
「うん。僕は泉沈だよ」
にへら、と笑って泉沈は名乗った。
世平はそれに頭を撫でてやって、薄く笑う。
「そうか。じゃあ泉沈、どうしてお前は幽谷達と一緒にいるんだ?」
「僕が幽谷のお姉さんを助けてあげたんだ。人間も一緒だったけど、ついでに」
「そうか。……では、答えにくいことを訊ねるが、お前は混血か?」
「分かんない。親なんて知らないしー、気付いたら見せ物小屋の人間全部殺してたからさ。親を知る術はもう無いんだ」
気付いたら、殺していた?
幽谷は眉根を寄せた。
それはつまり、物心付いた頃の話だろうか。
幽谷は泉沈の無邪気な笑顔を見下ろし、胸がざわつくのを感じた。それは本当に無邪気なのか、違うのか。
演技だとすればよく出来た仮面である。
この子供、怪しいのだ。勿論、人間に対して無邪気な残酷な性格をしているからではない。裏がありそうな印象が所々にちらつくし、外見の割にしっかりとしているような……いつも劉備を見ていたから、少し子供に関する認識がズレてしまっているのだろうか。
本当にこのまま一緒にいて良いのか……。
「……まあ、泉沈に関しては追々考えよう。関羽、まずは何があったか教えてくれ」
「あっ、うん、それがね……」
幽谷と同じく不審そうに泉沈を見つめていた関羽は、世平に問われて顔を上げて頷いた。そして、ついさっきまで遭ったことを簡単に伝えた。
‡‡‡
「するってぇと、曹操はひでぇ怪我負って国に帰っちまったってことか?」
「……うん。晴れて自由の身だって夏侯惇が言ったの」
それに、蘇双が鼻を鳴らし、嘲笑のような冷たい笑みを浮かべた。
「根本的解決にはなっていないのにね」
「蘇双?」
「だってそうでしょ? 曹操から自由になったって董卓が天下を取ればボクたち猫族に未来はない。そういう話だったからボクたちは董卓討伐に力を貸していたんだ。それを途中で放り投げられてもね」
「んじゃあどうすんだよ? オレらだけで董卓ぶっ倒すんか?」
張飛が言うのに、関定が現実的でないと反論する。
それは無謀な行為である。
幸い今董卓は遷都することによって簡単には身動きが出来ない状態にある。暫くは安全だろう。
一応、つかの間の安心は得られたということだ。
「一旦帰ろう、俺たちの村に!」
世平が笑みを浮かべるのに、周囲は一様に感情を露わにした。
幽谷も、目を伏せてほっと胸を撫で下ろす。
「おうちに帰れるの!?」
「まじでかー!!」
「やった――!!」
されど、関羽は浮かない顔をしていた。董卓の行いに対して憤慨した彼女だ、このまま放置することは、気が進まないのだろう。
それに気付いた劉備が不安そうな顔をした。
幽谷も声をかけようとすると、ふと泉沈の笑顔が奇妙な笑顔を浮かべているのに気が付いた。
何か……変だ。
笑顔なのに、何かが変だ。
幽谷は泉沈を呼んだ。
すると彼は笑声を漏らす。
「皆ね」
「なに……?」
「董卓の命運はね、もうすぐ終わるんだよ。およそ一年くらいかなぁ。じんわりじんわり、確実に燃え尽きていくんだ。面白いよねぇ。あの黒い目のお兄さんも猫族の皆も、そんな存在に抗おうとしてさ。無駄な足掻きなのに」
「あなた、それも占いで?」
泉沈は幽谷を見上げた。にぃっと口角をつり上げる。
「《見え》過ぎちゃうと、却(かえ)ってつまらないんだよね」
その時、彼の顔は。
猫族を、董卓に抗う者達を心底から嘲っていた。
‡‡‡
こうして反董卓連合軍は、董卓を討ち取ることなく解散することとなった。
連合解散によって多くの将は洛陽の都を後にし、自身の領地に戻っていった。
猫族もまた、その流れに倣い自分たちの村へと戻ることとなった。
董卓存命の今、猫族たちにとって決して安心できる状態ではない。
それでも彼らは、ひと時の安息を求め自分たちの唯一の居場所を目指し足を進めていった。
幽谷や、猫族の四凶泉沈も、それに従う。
その先に新たな悲劇が待っていることなど知る由もなく――――。
第四章・了
○●○
何故でしょうか。
どんどん長くなっていっている気がします。いや、気がするんじゃなくて実際そうなのか。
とにもかくにも、これから先本編では、関羽は曹操、夢主は夏侯惇or趙雲で行こうと思います。何故二人かって? ……途中で趙雲さんがですね、ちょっとですね、やけに絡んでましたしね(^_^;)
あと、番外編その他の???、泉沈は一番のキーパーソンです。近くないと言いつつ、結構近い登場でしたね。
泉沈はとびきり怪しい人物を目指して書いてます。
曹操ルートをベースに書いていきます。多分曹操ルートが濃いのは七章くらいまで、かと。
だからと言ってべったり曹操ルートにはせず、あくまで夢主ルートとして書いて……行きたい願望はあります。
では、第五章で!
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