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「もう、いつになったらわたくしのところへ連れてくるのかしらと待っていましたのに。犀煉ちゃんったらわたくしより先に楽しんでいるなんて酷いですわ」

「……申し訳ありません。男も連れてきては不快に思われるかと」


 頭を下げ、犀煉は退がる。

 呂布は髪を掻き上げて大股に歩き、幽谷と趙雲の三歩程手前で立ち止まった。張遼の姿が見えないのは虎牢関を守っているからだろう。


「饕餮ちゃん、それから子猫ちゃんも、お久し振りですわね」


 彼女は関羽にも笑いかける。

 関羽は偃月刀を構えて呂布を睨んだ。
 だがそれは呂布を喜ばせるだけ。


「まあ可愛らしいこと。そんな顔で誘惑しないで下さいな。我を忘れて貴女を食べてしまいそう」

「……汚らわしい」

「あらあら、嫉妬しないでちょうだい、饕餮ちゃん。貴女もちゃぁんと、可愛がって差し上げますわ」


 くすくすと呂布は笑う。

 しかしその後ろでは怒濤のように押し寄せる董卓軍の兵士が狂ったような雄叫びを上げて連合軍に襲いかかっている。まるで死兵のような無茶苦茶な動きに、幽谷は眉根を寄せた。
 呂布に、脅されたか。


「さぁ、汚い男共は放っておいて、わたくしと遊びましょう。わたくしの可愛い可愛い子猫ちゃんと饕餮ちゃん」


 幽谷は趙雲を押し退けて匕首を構えた。大刀を持ってくるべきだったかと思うが、今更だ。このまま暗器で戦うしかない。

 腰を低くすると、関羽が隣に立った。偃月刀を構え呂布を見据える。

 関羽と頷き合って幽谷は趙雲を肩越しに振り返った。


「趙雲殿。虎牢関に向かって下さい」

「な……何だと!? 二人だけで呂布とやり合うつもりなのか!?」

「呂布とだけでなく、そこの四凶ともやります。私達で抑え込みますから、一刻も早く虎牢関を落として戦を終わらせて下さい。夏侯惇殿……と夏侯淵殿もお願いします」


 夏侯淵に気付いたのはたった今。趙雲と一緒に現れたのか、そうでないのか……分からない。
 それに夏侯淵は声を荒げかけたが、夏侯惇に眼差しで制されて声を発する前に口を閉じた。


「本当に抑えられるのか?」

「失礼ながら逆に訊ねますが、張遼だけの虎牢関を三人掛かりでも落とせないのですか」

「貴様! さっきから無礼な物言いをしやがって……!」

「良い。夏侯淵。行くぞ。……しっかり抑えておけ、女、四凶」

「あ、兄者!?」


 夏侯惇の言葉に関羽が強く頷いた。

 趙雲もと幽谷が呼べば、彼は承伏しかねるような顔をしながらも、二人の肩を叩いて「無理はするな」と声をかけて二人を追いかけていった。


「関羽様、油断はなさらぬよう」

「ええ、分かったわ。幽谷こそ、気を付けてね」


 互いに頷き、幽谷は先に駆け出した。
 呂布の懐に飛び込む寸前犀煉が横合いから襲いかかってくるのを咄嗟に右に跳躍して離れた。

 犀煉の縦一閃を匕首の刀身で受け止めて押し返す。

 その間に呂布は名残惜しそうに幽谷を見、関羽に駆け寄る。
 彼女の加勢に回りたいが、それを犀煉が許さない。
 思わず舌打ちが漏れた。

 しかし、関羽の悲鳴が聞こえた直後である。
 幽谷と犀煉の間に長柄の得物が飛来し、地面に突き刺さった。

 かと思えば金属音の後呂布が呻きを漏らした。

 咄嗟にその武器を掴んで引き抜き呂布に斬りかかる。
 上から下に振り下ろすと呂布は素早く跳躍して回避した。


「幽谷!」

「ご無事ですか、関羽様!」


 尻餅をついた彼女に手を伸ばして引き上げてやると、呂布との間に立つ人物が在った。


「曹操殿……」

「逃げ出した筈の董卓軍の兵士が勢いづいて手こずったが、呂布。見せしめに兵を殺したか?」

「ええ。だって、あまりに見苦しいんですもの。ざっと二十人斬った程度でしたが、十分士気を高めて下さいましたわ。雑魚は雑魚なりに戦を盛り上げていただかなければ困ります」


 呂布は物憂げにほうと吐息を漏らす。だが彼女がやった虐殺を思えば、背筋を凍らせるだけだ。
 兵士を殺して無理矢理戦わせるとは、なんと惨(むご)い。

 曹操は鼻を鳴らした。
 彼が関羽を助けてくれたのだろう。
 曹操は剣を構えると振り返らずに関羽と幽谷を呼んだ。


「幽谷、貴様は犀煉の相手をしろ。関羽は私と呂布に当たるのだ」

「しかし、呂布は……」

「犀煉の相手はお前にしかつとまらぬ。同じ四凶であるのならばな。その得物は自由に使え」


 犀煉が曹操を無機質な双眸で見つめ、幽谷を見やる。そしてすっと目を細めるのだ。鋭利な赤と緑が幽谷に突き刺さる。
 それがまるで幽谷に自分と戦えと言っているようで。

 何となくだが、呂布から幽谷を離そうとしているかのようにも思えた。
 犀煉は感情を表に出さない。だからそんな印象を抱いたのも気の所為だとは思う……が、どうも、気になってしまう。


「……分かりました。犀煉につきましては私が。曹操殿、我が主を何とぞよろしくお願いいたします」

「ああ。傷でも付ければお前に寝首を掻かれそうだからな」

「当然です」


 曹操は冗談のつもりで言ったのかもしれないが、幽谷としてはまったき本心である。
 幽谷は長柄の武器――――大刀を手にして犀煉に接近した。

 一瞬彼が安堵したように見えたのは、見間違いだろうか?



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