公孫賛が軍にて。


「公孫賛様! 前方に華雄軍が出現しました!」


 兵士の報告に、馬上の公孫賛は頷いた。彼の隣には趙雲。その後ろには勇猛たる白馬義従が列を乱さずに続いている。

 兵士の報告を聞くに、その中に華雄の姿はまだ無いようだ。

 されどその直後、別の兵士から特攻する人物が二人いることを知らされる。


「何だと! 一体どこの武将だ」

「いえ、武将ではありません。あれは……劉備軍の十三支の娘と四凶です!」

「何だと!」


 その二人と面識のある趙雲は、公孫賛よりも驚いている。焦りも、その整った面立ちには浮かんでいた。
 彼は、二人がどれほどの腕なのか知らぬのだ。


「あの二人が……」

「公孫賛様、俺も追います!」


 公孫賛は、即座に頷いた。
 許さぬ理由が、彼には無かった。



‡‡‡




「幽谷! 突っ切るわよ!」

「露払いはお任せ下さい」


 疾駆する関羽の横につく幽谷は外套の下から飛ヒョウを取り出す。

 関羽の前にいる董卓軍のことごとくを、幽谷が排除する。


「関羽様! 私の後ろに」

「ええ!」


 関羽の前に出て片手に匕首を持つ。飛ヒョウを投げつつ、切りかかってきた兵士の剣を弾き飛ばした。


「目指すは華雄! 華雄はわたしが倒さねば!」

「御意」


 幽谷は、一瞬だけ苦々しく顔を歪めた。



‡‡‡




 二人よりも遙か後方に、曹操軍はいた。

 夏侯惇、夏侯淵両名は、未だ曹操の側に控えている。


「曹操様、戦陣は我々にお任せください」

「いつ華雄が現れるかわからないのです。ここは兄者とオレが!」


 曹操は二人を一瞥し、ふと前方を見やった。
 曹操軍もすでに交戦中である。
 十三支も、曹操軍の近くで華雄軍を相手に奮戦している。人間よりも優れた身体能力を持つ彼らが、訓練されているとは言え、華雄の軍相手に苦戦する筈もなかった。

 その中に女二人がいないことを認め、ふと口角を弛めかけたその時だ。

 慌てた風情の兵士が駆け寄ってきた。


「劉備軍関羽、並びに幽谷、華雄軍第一陣を突破! そのまま駆けて行きます!」

「何だと!?」

「正気か、あいつら!」


 愕然とする二人とは打って変わり、曹操は笑った。至極楽しげである。


「夏侯惇、夏侯淵。華雄を恐れるよりも、華雄の首を取られることを恐れるべきやもしれぬな」


 関羽と幽谷ならば、しかねない。
 あの二人の武は、猫族の中でも抜きん出ているのだから。
 まして夏侯惇は幽谷に太刀打ち出来なかった。関羽以上の力を秘めていることなど、身体が知っている。

 夏侯惇は歯噛みした。

 それを見て、夏侯淵にも焦りが浮かぶ。


「……行くぞ、兄者!」


 夏侯惇は頷いた。
 同時に馬を走らせて、敵兵士に目もくれずに華雄を目指して行く。

 それを見送りながら、曹操は独白した。


「早速動いたか……。私はお前のそういうところが好きだぞ」


 私は決してお前の力を手放さない。我が覇道のためにな。
 その言葉が、関羽と幽谷、どちらに向けられたのか、それは彼にしか分からない――――。



‡‡‡




 シ水関前に至る頃には、関羽の息はすっかり上がっていた。
 それでも、華雄の姿を探して辺りを見渡す。


「華雄はどこ? どこにいるのかしら……」


 見えるのは兵士ばかり。
 皆、たった二人で飛び込んできた女――――しかも十三支と四凶である――――に驚きながら、武器を構えている。

 大して疲れを見せていない幽谷は、ふと後方を振り返った。馬だ。二頭の馬がこちらに駆けてくる。
 馬上には、夏侯惇と夏侯淵の姿があった。
 功を奪われまいと、追いかけてきたのか。

 関羽も、夏侯惇らに気が付いた。

 二人は幽谷達からある程度の距離を取って下馬した。


「女、ここまで貴様ら二人で敵陣を突破するとはな……。だが、そんな無理をすれば華雄とまともに戦えなくなるぞ!」


 その為に、自分がいるのだが。
 幽谷は関羽の前に立ち、夏侯惇に匕首を向けた。


「我が主の邪魔は、しないでいただきたい」

「……貴様、」

「私がいるのは、関羽様を守る為、関羽様を援護する為です。あなたの仰るようなことには、私がしません」


 夏侯惇は幽谷が関羽と違って疲れを見せていないのに、驚く様子も無い。予想はしていたようだ。

 匕首を下げてやると、夏侯淵が詰め寄ってきた。憤懣(ふんまん)が浮かんでいる。


「華雄を倒すのは兄者とこのオレだ。貴様らは大人しく下がっていろ!」

「いいえ、華雄はわたしたちが倒す……。今回ばかりはあなたたちにだって譲るわけにはいかない……!」


 幽谷がまた匕首を向けようとしたのに、関羽が彼女をを押し退けて、代わりに言葉を返した。


「何だと、貴様ぁ!」

「華雄を討つのは我ら曹操軍だ。貴様のような十三支なぞに討たせてなるものか!」

「ああ、では四凶はよろしいのですね」

「ふざけるな!」


 肩をすくめて更に神経を逆撫でしてやる。
 しかしふと、幽谷は顔を引き締めて振り返った。

 シ水関の扉が鈍い音を立てて開かれる。

 そこから現れたのは、金と青の甲冑に身を包んだ男だった。董卓軍の中でもかなりの威圧感だ。
 この男が、華雄なのかもしれぬ。

 男はこちらに気付くと、


「そこにいるは、曹操配下の夏侯惇に夏侯淵か! 我こそは、華雄! 堂々と戦え!」


 幽谷は咄嗟に関羽の腕を引いてその場を離れた。


「華雄か! 一騎駆けとは、いい度胸だ。俺が受けて立つ!」


 華雄が、夏侯惇達に襲いかかる――――!!



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