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ちょいと聞いたかい? 隣村で四凶が生まれたらしいよ。
ああ、聞いた聞いた。確か脇の下に目のような痣がある。饕餮(とうてつ)だな。人を食らっちまうなんざ、なんと恐ろしい……。
四凶の証は色違いの目に身体に現れるそれぞれの特徴だ。
当然殺しちまうんだろう?
当たり前さ。四凶なんざ生かしておいたら災いを起こす。とんだ傍迷惑な奴なんだから、そんなのは殺しちまうべきなんだ。他の四凶も、生まれた直後に息の根止めていたって話だ。
殺さなけりゃ迷惑するのは目に見えてる。殺してやるのが正解なのさ。
そうさねぇ……子供にゃ悪い気もするが。
何言ってんだい。四凶なんざ人間じゃないよ。化け物だ。十三支より空恐(そらおそ)ろしいよ。
四凶なんて、何で生まれちまうのかねえ。
お釈迦様にでも訊いてみたいよ。
‡‡‡
急げ。
足が痛い。
腕も痛い。
総身が痛みを訴える。
早く見つけたい。
否、早く見つけなければ。
私の死に場所を。
私が死んでも周りに迷惑がかからないような場所を。
でなくば、私は――――。
――――暗転。
‡‡‡
関羽は村から離れた林を歩いていた。一人である。
またいつものように劉備が一人で何処かに遊びに出かけてしまったのだった。
もう夕方だから、世平や張飛達にも別の場所を捜してもらっている。さほど村から離れていないとは思うけれど、見た目よりも幼い劉備は自身を守る術を持っていないし、何より彼女ら猫族の長なのだ。何か遭ってからでは遅い。
今日に限って劉備はなかなか見つからなかった。
まさか……なんて不安が関羽の胸中に渦巻く。時を経るにつれ、それはどんどん膨れ上がった。
「劉備ったら……何処にいるのかしら」
木の影からちょっとした窪(くぼ)みまで余さず捜索し続け、とうとう林の奥にまで至ってしまった。
されど……尋ね人は見つからない。
不安に煽られ、強い焦燥を感じるようになる。
「……っ劉備ー! 劉備、何処にいるの!?」
まさか人間に見つかったんじゃ……!?
嫌な想像に心臓が跳ねた。
が、その直後である。
「うわぁぁん、関羽ー!!」
求めていた少年の泣き声がした。
関羽は身を翻し声のした方へ駆けた。偃月刀を握り締め、いないとも知れぬ敵に備える。
「劉備!」
茂みから飛び出した関羽は、目の前が断崖になっていることに気付き慌てて足を止め後退した。
劉備の泣き声は、その下から聞こえた。
全身から血の気が引いた。
「劉備!!」
崖から身を乗り出して下を見る。
崖下はそれ程下方であることも無く、泣きじゃくる劉備と、側に横たわる女性の姿が確認できる。身体が頑丈にできている猫族ならば、飛び降りても足の骨が折れる程でもないだろう。
関羽は迷うこと無く飛び降りた。
劉備のすぐ側に着地すると、彼は涙でぐちゃぐちゃになった顔を関羽に押しつけ抱きついた。
「関羽ー……」
「もう大丈夫よ、劉備。この人に何かされたの?」
劉備の側に倒れている女性は、意識を失っているだけで、まだ存命していた。頭に猫の耳が付いていないから人間だ。泥や埃で酷く汚れ、あちこち怪我をしていた。
この状態で、とは思うものの、劉備に何かしたのではなかろうか。
しかし劉備はふるふると首を左右に振った。
「ううん。ぎゅーってして、助けてくれたの」
「え?」
関羽は首を傾げ、更に詳しく訊ねた。
それによると、この女性が崖の上で倒れていたのを見つけた劉備は、彼女が目を覚ますまで待っていたそうだ。女性は目を覚ますと劉備に驚きながら、謝って何処かに行こうとした。
劉備は当然それを止めたワケだが、ふと石に躓(つまず)いて崖から転落してしまった。女性は劉備を助けようとして抱き締め、下敷きになった――――ということらしい。
「ね、助けてあげよ……?」
「……そうね。劉備を助けてくれたんだもの。お礼しなくちゃ……」
けれど。
長である劉備が頼んだとしても、果たして猫族の皆が受け入れてくれるだろうか……。
人間は猫族を厭悪(えんお)する。だから猫族は今まで人間に見つからないように生きてきたのだ。
猫族は人間を決して信用しない。受け入れることも、然(しか)り。
でも痛めた身体で劉備を助けてくれた彼女をこのまま放置することも、関羽にはできなかった。
連れて帰って、手当だけでもさせてもらえるようお願いしてみよう。
それくらいの恩返しは、許してもらおう。
「よし、劉備。悪いんだけど手伝ってもらえる?」
「うん!」
元気良く頷いた劉備に笑いかけ、関羽は彼女の身体を抱き起こす。
と、女性が呻きゆっくりと目を開いた。
赤と青の双眸に、関羽は息を呑んだ。
「……助け、ないで」
喘ぐように、彼女は懇願する。
「え?」
「こ……まま……殺、して……」
「ころ――――」
瞠目(どうもく)。
女性は絶句する関羽を縋るように見た後、再び気を失ってしまった。
……どうしよう。
関羽は劉備と顔を見合わせた。
‡‡‡
「あ、姉貴! 劉備見つかったんだな!」
女性を背負って村に帰った関羽と劉備を出迎えたのは、闊達(かったつ)で元気そうな少年――――張飛であった。
彼は二人の姿にぱっと笑ったが、関羽の後ろに背負われた女性に怪訝(けげん)な顔をした。
「……何だよ、そいつ」
「うん。崖から落ちた劉備を助けてくれたって。酷く弱っているから、手当だけでもって思って」
「けどー……そいつ人間だろ?」
「ええ……」
彼女は確かに人間。
しかも、色違いの目だ。
人間で色違いの目とくれば――――。
思い付くのは、とある希少種。
人間でいながら、猫族と同様に、汚らわしく思われている存在だ。
それを話して良いものだろうか。
考えあぐねている関羽に、張飛も首を傾げた。
「……ぅ……」
「!」
劉備がぴんと耳を立てて女性を見上げた。
しかし、女は顔を苦しげに歪めるだけで起きる気配は無かった。
「ねえねえ、関羽、張飛。くるしそうだよ。早くなおしてあげて……!」
「……そうね。張飛、世平おじさんを呼んできて」
「お、おう……」
まだ迷っている張飛を促し、関羽は劉備と共に歩き出すのだった。
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