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 沛国礁県。
 曹操の城に着いてすぐ、大広間に通された。

 すると奥から劉備が駆けてくる。


「関羽ー! ぼく、いい子にしてたよ!」

「劉備! よかった……無事で」


 劉備が抱きつくのを受け止め、関羽は薄く笑う。
 他の猫族達も、安堵に表情を弛めた。

 幽谷も、薄く笑った。

 そこへ、


「劉備の役目は終わった。お前たちのもとに返してやろう」

「……どういうつもり?」


 関羽は曹操をじとりと睨む。

 幽谷は目を細め、関羽の服を掴む。


「劉備様を人質に取る必要が無くなったのです。私達は、仮にも帝に等しい地位を手に入れた董卓を暗殺しようとしましたので、完全に曹操と同じく叛徒扱いです。曹操達の勝手な事情に巻き込まれてしまった形ですが……相手にそれは関係ありません」


 特に、董卓は猫族を毛嫌いしている。
 叛徒でなくとも、殲滅しようとするだろう。
 このまま曹操に付き合うしかないのだ。

 不本意でも。


「そんな……!」


 劉備を更に強く抱き締める。


「今はこの城にいれば安全だが、董卓が我々を叛徒として討伐を始めるのも時間の問題……。本来ならば態勢を整えすぐにでも董卓を討ちに行くべきだろう。だが……」

「呂布や、あの鉄紺の男の存在を危惧されているのですか?」


 鉄紺……犀煉のことだ。
 犀煉と呂布、そして張遼。彼らがいる限り、曹操軍に勝ち目は無い。


「それだけではない。態勢を整える時間があるのは董卓も同様。油断することは出来ない」

「じゃあどうするつもりなんだよ? オレたちを散々巻き込んどいてどう落とし前つけるつもりだよ」

「貴様っ! 曹操さ」

「張飛様。気をお鎮め下さいませ。曹操殿、あなたはどのようにお考えか、お聞かせ願えますか」


 また話を逸らそうとする夏侯惇の言葉を遮って、幽谷は声をかける。

 曹操は鼻を鳴らし、口角をつり上げた。


「各地の諸侯に董卓討伐のの檄文を放つ」


 筆と紙を用意しろ、と彼は言う。

 それに、夏侯惇達は目を瞠った。

 張飛は檄文が何か、分かっていないようだ。
 だがすぐに世平が教えると、納得した。


「董卓が政を取り仕切ることに不満を持つ諸侯らと共に、反董卓連合軍を結成する。各地の戦力を以て董卓の首を取るのだ!」


 猫族は、選べる選択肢など無い。
 生き抜く為を考えるなら、曹操に従う他無い。
 曹操は静かに、答えを迫る。

 曹操は猫族を認め、猫族の暮らす為の集落を用意すると言う。
 董卓は、猫族を完全に排除する。

 どちらを取るか――――考えるまでも無かった。


「俺たちの住む場所が確保出来るなら、案外悪い話でもねぇんじゃねぇか?」


 猫族の誰かが言った。
 それでも、曹操に従うことには、まだ抵抗がある。

 彼らが答えを出すのを、幽谷は見守る。


「確保出来るなら、な……。考えるだけなら誰にでも出来る」

「貴様ら!! 曹操様の温情に文句をつけるなど許されると思うのか!!」

「思っていますがそれが何か」


 夏侯惇を見ずに、曹操を睨みつつそう返す。


「な……っ!!」

「夏侯惇、好きに言わせておけ」


 素知らぬ顔をしていれば、曹操が夏侯惇を宥める。主に言われてしまっては彼も黙り込むしか無い。


「わたしたちはただ、元の穏やかな生活を取り戻したいだけなのに……」


 そもそも曹操に協力したのも、その為なのだ。
 関羽の弱々しい呟きに、幽谷は彼女の肩に手を置き、世平達は溜息を漏らす。


「まぁ、董卓が治める世の中じゃあ、それをかなえることは難しいだろうがな」

「ええ……遠回りにはなりますが、やはり」


 幽谷は頷いた。

 この状況では、曹操に従う以外に無かった。
 劉備も諭して、意思を伝える。

 曹操はさも当然とも言うような顔で頷き、夏侯惇達や兵士に指示を飛ばす。
 それぞれは迅速に動いた。

――――猫族を放置して。


「……わたしたちは、城の外に出ていましょう。幽谷は水をかけなくちゃ」

「でしたら、私だけで大丈夫です。すぐ近くに川を見つけておりましたので、関羽様達は先にお休み下さいまし」

「え、でも……」

「関羽様は、劉備様のお側に。長い間お一人でしたのだから……」


 未だ関羽に抱きついたままに劉備の頭を撫で、幽谷は猫族に頭を下げてから身を翻す。
 そして、城を出た瞬間、神速を以て離れる。暫くは戦に駆り出されることは無いが、すぐに治して、すぐに戻るつもりだった。

 だが、走りながら思案する。

 董卓と戦う。
 呂布と戦う。
 張遼と戦う。

 犀煉と――――戦う。

 戦えるか? 私に。
 あの人を殺せる?

 暗殺からずっと離れていた自分が、彼の動きに付いていけるのか?

 猫族の皆を守りながら――――。


 本気、を出せばあるいは……勝てるか。


 だって、犀煉は幽谷の《本気》を知らないから。
 きっと勝てる、と思う。
 こちらも無事では済まないとは思うが……。

 幽谷はふと足を止めた。
 懐から一振りの匕首を取り出し、柄に付いた傷をそっと撫でる。

 それは、初めての暗殺を成功させた時、犀煉から貰った匕首だ。
 匕首は数本所持しているが、これだけはずっと使っていない。どうしてか、これで人を殺めるのは、憚られてしまうのだ。


「煉……、生きていたのなら、」


 どうして犀家に戻っていないの?
 どうして呂布の元にいるの?

 今の今まで、一体どうしていたの……?


 ぎゅっと匕首を抱き締める。
 胸を突き刺すかのような痛みを、幽谷は知らない――――。



第三章・了




○●○

 三章長っ!
 しかしやっと四章に行けますね。

 やっと色んな人と絡ますことが出来ます!



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