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「呂布……あなたは一体何者なの!?」

「呂布は董卓軍最強の武将だ」


 早足に二人に歩み寄ったのは曹操である。
 彼もこの時ばかりは表情を強ばらせ、剣を持っている。


「董卓がここまで傍若無人に振る舞えるのも人間離れした強さを持つ呂布を傍に置いているからだ」

「あら、人をそんな化け物みたいに言わないでちょうだい」


 実際、化け物なのだ。
 彼女の強さを、幽谷は知っている。


「いいか、お前たちと私で呂布を討つぞ。こいつを倒さない限り董卓を討つことはかなわないようだ」

「曹操、わたくしたちの甘美な時間を邪魔しないでくださる? 目障りですわ」

「そうですね」


 幽谷はけんもほろろに呂布に同意する。
 驚く曹操と関羽の前に立ち、腰を低く構えた。

 呂布は猛将だ。
 良くて互角。悪くて紙一重。
 戦わせたくないが、幽谷と息の合う関羽に援護してもらうべきなのかもしれない。


「ここは私が彼女の相手を致します。……関羽様は、援護をお願いできますか?」

「え?」

「曹操殿は邪魔です。何処かに行くか、誤って殺されないよう努めていて下さい」


 曹操の返答は待たなかった。
 軽々と大刀を回し、幽谷は呂布へと躍り掛かる。

 呂布は嬉しげな笑みを崩さなかった。


 ガキンッ!!


 呂布の戦斧に渾身の力で大刀を叩きつける!

 呂布は目を見開いて歓喜に震えた。


「まぁ、まぁ、なんて激しい力! 久し振りに饕餮ちゃんと戦えるなんて……わたくし、たぎってしまいますわ!!」


 呂布が戦斧を押して幽谷を弾き、大きく振りかぶる。

 一閃を紙一重で避けた幽谷は背後に飛び退いて呂布から距離を取った。

 すると隣に関羽が並び、偃月刀を構える。


「幽谷……」

「私が彼女の隙を作ります。あなたはそれを突いて下さい。……ですが、機は一度のみ。私も、あの女とは互角以上の戦いは出来ません。気が進みませんが、あなたに呂布を討つことを頼まねばなりません……」

「……分かったわ。幽谷、無理はしないでね」

「関羽様も」


 互いに頷き合い、呂布を見据える。

 すると、呂布は更に喜ぶのだ。
 そして二人に向けて掌を上に手を差し出し、誘うように小指から人差し指まで、順に流れるように曲げていく。


「さあ、わたくしと遊びましょう! 可愛い子猫ちゃんたち」


 子猫ちゃんはどんな風にわたくしを楽しませてくれるのかしら?
 関羽を見、彼女は笑う。


「曹操殿は夏侯惇殿達のもとにお行き下さい。今ならば、張遼を始末して董卓を追っても間に合う筈です」

「……分かった。では、任せたぞ」


 曹操が頷いてその場を離れたのを見、幽谷は駆け出した。

 大刀を振りかぶって叩きつけるように下ろす。
 戦斧は壊れはしないが、呂布が片目を眇めた。

 渾身の力が、効いているのだ。
 幽谷は彼女を押し退けて更に攻撃を仕掛けた。

 横に薙いで、戦斧に弾き飛ばされる。

 次いで間を置かずに繰り出された一撃を柄で受け止める。
 手を抜いたら痺れてしまいそうだ。
 しかし――――行ける!


「……はぁぁあああっ!!」


 幽谷は呂布の戦斧を右に流し左足を振りかぶって肩口を蹴りつけた。


「ああっ!」


 呂布は床に倒れた。瞬間呂布が笑っていたことなど、気付かないフリをした。

 すかさず戦斧の柄を掴み声を張り上げる。


「関羽!!」

「っはあああああ!!!!」


 まさに玉響(たまゆら)。
 幽谷の手から思わぬ強力で戦斧が奪われ、関羽の偃月刀を受け止める。

 幽谷は絶句した。

 呂布がのっそりと立ち上がり、喜色満面に顔を輝かせて関羽に笑いかけた。


「あらあら貴女から攻撃して下さるなんて、なんて素敵なんでしょう。それでは今度は私から攻撃しますわね」


 しまった!
 幽谷は舌打ちした。
 失敗したばかりか関羽に目を付けられてしまった。

 あの時手を離さなければ成功していたのに!

 幽谷の大刀を振るうが、呂布はそれを避けて関羽に突進してしまった。


「行きますわよ、子猫ちゃん! さぁ、わたくしを受け止めて下さいな!」


 呂布が袈裟斬りに斬り下ろす戦斧を、関羽が咄嗟に偃月刀で受け止める。
 幽谷は大刀を振りかぶって斬りかかるが、呂布は俊敏に関羽を押し飛ばし幽谷を弾いた。

 幽谷が数歩後退したのに笑って首を傾げて見せ、関羽にはしゃいだ声をかける。


「素晴らしいですわ!! 饕餮ちゃんは十割出しても遜色無い子だけれど……ああ、饕餮ちゃん以外にわたくしの五割の力を受け止める方なんて、久し振りですわ……」


 次の攻撃はどうかしら?
 呂布が更に関羽へ斬りかかる。今度は二回。また偃月刀で受け止めるが、何度も受けていては腕も使い物にならなくなってしまう。

 しかし、それを阻もうと幽谷が背後から再び斬りかかったのに、呂布の意識が彼女から逸れた。

 それを関羽が突いて、呂布を押した。自身は後ろに後退する。

 幽谷は彼女の隣に立って謝罪した。


「大丈夫?」

「ええ。あなたは?」

「わたしも、なんとか……でもあれで五割だなんて」


 信じられない。
 人のなせる業ではない。
 呂布は、正真正銘の化け物なのだ。


「このわたくしの連続攻撃を全て受け止め、その上あの反撃するなんて……わたくし、感動しました! 強くて可憐な子猫ちゃん。わたくし、ますますあなたが欲しくなりましたわ!」


 幽谷は関羽を背に庇って、呂布に斬りかかった。


「せやあぁっ!!」


 全力で大刀を薙ぎ関羽から離す。
 後ろで関羽がぼそりと呟いた。


「呂布、なんて強いの……」


――――守らなければ。
 私が。
 この獣のような、戦いに飢えたこの女を。


コノ女ヲ殺シテオ役目ヲ果タサネバ!


 幽谷は奥歯を噛み締めて唸った。



 直後、幽谷を――――幽谷の双眸を見た呂布が瞠目した。



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