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「何度も言うけど、わたしたちの願いはみんなで一緒に村に帰ること」
「黄巾賊の討伐が終われば返してやろう」
それがいつになるかはお前たち次第だが。
曹操の笑みが言外にそう付け加える。
それに眉間に皺を寄せながらも、関羽は言葉を続けた。
「……洛陽に留まる間、劉備は? わたしたちの元に返してくれるの?」
「劉備はこの屋敷に住まわす。お前たちには町の外に駐屯できる土地を用意しよう」
「劉備様を人質に取って、私達が逃げ出したり反乱を起こしたりするのを防ぐ為ですか?」
「ああ、そう思ってもらって構わない」
選ぶのはお前達だがな。
自分達が何を選ぶのか知っていて、返答を迫る。
こちらをなぶっているようにも思えて、曹操の性格は、かなり悪い。
「……わかった、わたしたちは黄巾賊の残党を全て倒すわ」
「話が早くて助かる」
張飛の怒気を察して、幽谷は世平から離してもらって、彼に張飛を牽制してもらった。
「だけど、わたしたちの方からも条件を出したいの」
「女ぁ! 調子に乗る――――」
ズコン
「だっ!?」
彼らが口を挟むと本当に話が進まないので、幽谷は咄嗟に近くにあった――――というか、少し離れた場所にいる文官から拝借した書簡を投げつけた。
それは凄まじい速度で空気を裂くように飛び、夏侯淵の額に綺麗に当たった。
「つう……貴様ぁ……っ!」
無視。しかし、適当に投げたのにあそこまで綺麗に当たってくれるとは思わなかった。
「続けて下さい、関羽様」
「う、うん……えと、まず第一に劉備の安全を保証して」
「劉備は大事な人質。丁重に扱うつもりだ」
「第二にわたしたち猫族が残党狩りをするための馬と武器、それから防具も用意して。少しでも仲間の安全性を上げたいの。それにその方が効率も上がるわ」
「わかった。すぐに用意させよう」
関羽はそこで一旦言葉を区切った。
つと劉備を見、急激にか細くなった声で最後の条件を口にする。
「最後に……劉備にはいつでも好きなときに会わせてほしい……」
「いいだろう。好きな時にここを訪れるがいい。屋敷の者たちにも言っておこう。話は以上か?」
「ええ……少し、劉備と話をさせて」
曹操が頷くのを見、関羽は屈んで幽谷の背後に立って事の次第を不安そうに見守っていた劉備と目線を合わせた。
「劉備……ごめんね」
劉備はこてんと首を傾げた。
「どうしたの?」
「これからあなた一人でここにいなければならないの」
「ひとり? 一緒にいてくれないの?」
不安に金の瞳が揺れる。
関羽はそれに顔を歪めながらもしっかりと頷いた。
「でも、劉備が寂しいときはすぐに駆けつけるから。だから……ごめんね」
劉備は押し黙った。不安を映した瞳は何かを思案しているようで、ふっと関羽の頬を両手で包んでふわりと笑んだ。
「……だいじょうぶだよ。ぼく子供じゃないもん。ひとりでもだいじょうぶだよ。だからそんな悲しいお顔しないで」
「劉備……」
「だってぼくもう十五さいだからね!」
劉備の何処か誇らしげな声に、人間たちが驚愕した。
……まあ、無理もないか。
年の割に劉備は幼い。世平や関羽から、彼はもうずっとこのままだと聞いている。
だが彼が彼であることに変わりは無いし、別に構わなかった。
劉備について説明を受けた曹操は、ほんの少しの呆れを滲ませつつも納得したように劉備を見た。
「お前たち劉備に対する過剰なまでの過保護はこのためか……」
「……話はもう済んだでしょう。そろそろ行くわ。他の仲間たちにも話をしないと……」
曹操は「よかろう」と頷いた。
釈然としない立場に立たされてしまったが、ここで一段落は着いた。
「劉備、泣くなよ! また遊びにくっからよ!」
「うん!」
劉備は嬉しそうに頷いて、曹操の命を受け屋敷の門まで案内する兵士に従って広間を後にする関羽達に大きく手を振って見送った。
しかし幽谷はその道程にて札を銜えて気配も姿を消し、広間へと戻る。
曹操達は未だそこに残っていた。劉備は部屋に連れて行かれたのか、もういない。
広間に立つと、曹操の呟きが聞こえる。
「十三支の長にこんな秘密があろうとはな」
「はっ! 所詮下民は下民なんですよ!」
侮蔑しか無い夏侯淵の科白に思わず暗器を手に取ってしまう。だがぐっと堪えた。
「それにしてもいいのですか? 先ほどの女、曹操様にあのような生意気な口を利いて。それに四凶も、大事な書簡を夏侯淵に投げつけ……つけあがってこちらを侮辱しているとしか思えません」
つけあがってないわよ。
話を進めたかったからああいうことをしたのだ。猫族がここに一刻もいて欲しくないのならば、話し合いの場でグダグダ言わずに、関羽達が立ち去った後で意見すれば良いのだ。
むしろ話を進めてやったことを感謝して欲しい。
「……あの二人は一兵としておくのは惜しいやもしれんな」
「どういうことですか!?」
「あの娘、劉備を人質に取られてなお私と五分の交渉をしようとしたな。武力の知力そして人望ある者が優秀な武将となり得るのだ。加えて奴には度胸もある」
「奴には武将の素質があると……? しかしあの四凶はとても武将の器とは思えませんが」
「四凶も、状況を判断しながら私達の動向を見ていた。関羽達に牽制されていたが、隙あらば私――――いや、この屋敷にいる人間全てを殺すつもりだったのだろう。黄巾賊討伐の折にも垣間見たが、そうするだけの実力はある。猫族の為ならば自身が化け物になることも厭わない。あれほどの忠誠心、人間の中にはそうあるもではない。方術も扱えるとなれば、四凶という存在も侮り難い。あれだけでも我ら以上の戦力だ。関羽と共に使えば、多大な力となろう」
扱いを間違えなければ、な。
そう付け加えた曹操に、夏侯淵と夏侯惇がさっと顔色を変えた。
「そ、曹操様! あいつらは十三支と四凶です!」
「その上、女です! 十三支や四凶の女が武将だなんて曹操軍の名が穢れます!!」
「使えるものはなんでも使う。それが何であろうがな。私の軍では結果が全てだ。黄巾賊の残党狩りは始まりにすぎん。いずれ十三支もあの娘らも我が軍に取り込んでやろう……」
見えた。曹操の思惑。
幽谷は乾燥してしまった唇を舐めて濡らし、暗器を外套に戻した。
させるものか。
猫族には、平和こそ似つかわしい。
赤い血も穢れも、彼らの手には不釣り合いなのだ。
手を汚すのは、自分だけで良い。
幽谷は不敵な笑みを浮かべる曹操を見やって、その場を離れた。
今は、関羽達の意見を尊重して殺さない。
だが猫族に災いをもたらすのならば――――。
曹操軍を容赦無く壊し尽くすまで。
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