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 劉備を傷つけることは避けられない。
 そう思って、全力で、思いの全てををぶつけるつもりで関羽は劉備を攻撃する。

 されど、妙幻に痛めつけられた身体では満足な動きが出来ない。簡単に劉備は回避してしまう。劉備は気を失った封蘭を抱えているのに、この闇も味方していて彼の軽々とした動きは張飛達も捉えられない。

 どうしてか、先程よりも闇は薄まっている。少々離れた劉備の姿がぼんやりと見えるくらいには。関羽達のことを気遣って、劉備が濃度を操作したのかもしれない。その余裕が関羽達との差を見せつける。


「関羽、そんな身体で動き回ってはいけないよ」

「く……っ」


 反撃するどころかこちらの身体を案じる劉備に、関羽は悔しさから呻きを漏らした。

 どうしよう。
 このままじゃ何も進まない。ただただじゃれ合うように襲いかかって避けるという行動を繰り返すのみだ。
 どうやってこの状況を打破する?
 どうやって、劉備をわたし達の手で救える?
 関羽は一旦距離を取って呼吸を整えた。頭を必死に働かせながら間隙無く劉備を睨みつける。劉備から攻撃することは無い。だが、隙を見せた時にどんな行動を取るか分からない。恒浪牙や夏侯惇達が動いてくれるだろうけれど、いつ曹操達を殺そうとするか……。

 今の彼の前で油断しては、駄目。


「姉貴……どうする?」

「そもそも何の力も無いオレ達が力押しで金眼をどうにか出来るか?」

「……分からないわ。恒浪牙さんが協力してくれれば良いのだけれど、お願いすれば留意は近くにいる曹操達にも攻撃してしまいそうだし……」


 それに、これはわたし達猫族が解決すべきことだ。
 劉備は猫族の長、自分達の大切な仲間なのだから。
 関羽は一つ深呼吸して偃月刀を構え直した。

 するとその直後に、


「っはあぁ!」

「な――――曹操!?」


 横合いから劉備に曹操が襲いかかったのである。
 剣を大きく薙ぎ斬り付ける。

 劉備は表情を一変させて飛び退いた。忌々しそうに曹操を睨みつけた。そして、曹操の剣を見、目を細める。


「……その剣、何か付けているね」

「貴様が仲間に夢中になっている間にな」

「ちょっと、魔を祓う力を付加させていただきました。と言っても、短時間で三人の得物に付加した為にほとんど練れていないので微々たるものに過ぎませんが」


 時間が無かったんです、と仙術で己の身体を薄く発光させている恒浪牙は劉備を睨みつつ言う。彼の仄かな明かりで、ほんの少し闇が更に薄らいだような気がする。
 三人分、と彼は言った。一人は曹操。では、残る二人は……?
 関羽が視線を横に動かしたその刹那に劉備の右、後ろから飛びかかる影――――夏侯惇と趙雲。不意を突いた形だが、これもあっさりとかわされてしまった。

 また曹操達が攻撃をしかけるその前に恒浪牙が指を鳴らし、右手を横に薙いだ。
 それに従い一陣の風が吹き、周囲に蟠(わだかま)る闇を《攫う》。ただ、完全に取り去るには時間がかかってしまった。

 闇が晴れる間際、夏侯惇が肉迫する。
 劉備は舌打ちして片手を振るった。爪牙が空間を裂き、触れてもいない筈の彼を傷つけた。深い裂傷から血が噴き出た。


「……ちぃっ!」


 夏侯惇は数歩後退して体勢を崩した。地面に片膝を付いて劉備を睨め上げる。

 髪を鬱陶しそうに掻き上げた彼は、闇が晴れてしまった周囲を見渡し、不服そうに唇を歪めた。封蘭の身体をそっと地面に横たえた。


「君は本当に厄介だね。封蘭や妙幻が警戒するのも頷ける」

「金眼、その言葉は二回目だよ。前にも私と君は会っている。忘れてしまったのかな。それとも、劉備殿の記憶と混ざってこんがらがってしまっているのだろうか。ああでも、劉備殿は私のことを知らないんでしたっけ。じゃあ、金眼がボケてしまったのか。いやあ、年は取りたくないものだね」


 おっとりと話し出す恒浪牙は、曹操と趙雲を手で制す。劉備に視線を向けたまま夏侯惇の側に屈み込んだ。関羽も、いざという時の援護の為に彼らの前へと走った。


「夏侯惇、大丈夫?」

「……大事無い」


 恒浪牙が立ち上がろうとする夏侯惇の肩を押さえて、袖で隠しながら彼に何かを手渡した。劉備に見えないように、関羽がその前に立って偃月刀を構える。

 劉備は顔をしかめた。何か思案するように視線をさまよわせ、はっと身構えた。


「呀当(がとう)……!?」

「おや懐かしい。そう言えばその頃はそんな風に名乗っていましたね。姿は……ああ、すみません、私も忘れてしまいました。劉光の勇姿は覚えているのだけれど」


 夏侯惇に手渡した物は、恐らくは彼の薬だろう。滅多なことでは使わない下薬。
 そう予想をつけて関羽は恒浪牙を肩越しに振り返った。

 恒浪牙は軽く頭を下げて、劉備にまた声をかけた。


「まあ、この際大昔のことなんかどうでも良いんですよ。劉備殿、あなたが妙幻に協力したのは幽谷を取り返す為、そして人間達を排除し猫族だけの国を作る為――――そうですね」

「……」

「ですが私は、あなたのその目的を果たさせる訳にはいきません。この世界は動物、人間、猫族だけの世界ではない。勝手に私と砂嵐の《身内》を認識されないまま、勝手にほいほい話を進められるのはとても気分の良いものじゃないんですよ」


 自分達だけで世界が回っているなんて傲慢な考えは捨てることです。
 恒浪牙は目を伏せ、関羽に目配せした。

 関羽はそれに頷き、劉備へと肉迫する。

 劉備は関羽の斬撃をいなし、恒浪牙へ襲いかかった。
 恒浪牙は夏侯惇を庇ったまま動かない。狼牙棒を前に出して劉備の鋭利な爪を受け止めた。劉備と間近で見つめ合って、満足そうに、少しだけ小馬鹿にするように笑う。


「そうそう。私を標的にして下されば良い。そうすれば――――」


 あなたの会いたい方に会えますよ。
 そう言った直後、青みがかった銀の衣が彼らの側で揺らめく――――……。

 それが髪であることに気付くまで、時間がかかってしまった。



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