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「……関羽も、だよ」


 劉備は責めるように、寂しそうに瞳を揺らしながら関羽を見た。その腕に、気を失い脱力した封蘭を大事そうに抱えて。


「関羽は猫族なんだ。僕らの仲間なんだよ。だから、昔みたいに皆だけで暮らすんだ。曹操なんかに誑(たぶら)かされてはいけない。君は、僕達を殺そうとした曹操を肯定するのかい? 僕達猫族はもう要らないと、君は言うのかい?」

「……違う。わたしは猫族の皆も大事よ。でも、曹操のことも好きなの。だから、皆が一緒に――――」

「無理だって、分からない?」


 人間は所詮人間。
 どうしたって、猫族は汚れた一族という認識は拭い去れないのだ。
 何をしたって無駄な足掻き、無駄な労力。
 猫族を受け入れてくれた公孫賛や趙雲は、人間達の中では《奇人》の扱いだと、劉備はそう断じる。


「幽谷だって、四霊であるのに勝手に四凶と言われて人として生きて来れなかった。人間なんて芥だ。排他されるべきなんだよ」

「劉備、今のあなたは金眼に囚われているからそんなことを考えてしまうのよ。わたし達が知っている劉備はそんなこと言わなかったわ。人間のことを、そんな風に見なかった。わたし達よりもずっと凄いことを、当然のように言っていた」

「……」


 劉備がぐにゃりと顔を歪める。


「僕も劉備だ。金眼の力に侵されていることは否定しない。けれど、今の僕も歴(れっき)とした劉備なんだ」


 否定しないでよ、と彼は囁くように言う。

 彼もまた劉備であることは、否定も肯定も出来ない。
 黄巾賊との戦いに駆り出された時に護衛を任された村にて、彼は人間の子供と友達になった。守れずに命を落としてしまったけれど、人間の子供の為に泣いた。

 そんな彼を間近で見ていたからこそ、今の劉備を肯定する訳にはいかなかった。

 けれども、彼が劉備である事実は変わらない。
 彼は金眼に侵されているだけの劉備。金眼の力で性格も思考も歪められた劉備だ。
 金眼の力だけを取り除けば、きっとどうにか出来る筈。


『安心して良い。僕ら四霊の器と違って。彼の本質は変わらない。彼は劉備である為に生まれているんだ。金眼が如何に侵そうと、金眼に壊せる領域ではない。だから、君達の頑張り次第では劉備に戻れるんじゃないかな』


 泉沈の言葉が脳裏に蘇る。
 彼の言葉を信じて、自分達が劉備を救おう。
 同じ仲間として。

 関羽は偃月刀を構え直した。切っ先を向けて地面を踏み締める。


「言ったでしょう、劉備。妙幻に協力するのなら、わたし達猫族は皆であなたを止める。どんなに言葉を積んだとしても、わたし達はあなたの願いを肯定出来ないわ」


 ごめんなさい、とは言わない。
 代わりに挑むような眼差しを彼へ向ける。
 その隣に、張飛や蘇双、関定が並んだ。世平は後方で猫族の男性に支えられている。立っているのがやっとだろう。

 劉備は目を伏せ眦を下げた。悲しげに、長い睫毛が震えた。


「……残念だよ、関羽。皆も僕を否定するんだね」

「あなたを否定するんじゃない。大事な仲間のあなたをそうさせた金眼を否定するの」


 大丈夫。
 金眼を追い出すだけ。劉備を傷つけることを怖がってはいけない。
 金眼から劉備を救うのよ。絶対に。
 そして、人間達との共存を願って、曹操のもとで頑張っていくのだ。辛いことばかりでも、頑張って頑張って、劉備が――――いいや、猫族が人間の友と笑い合うその姿を見る為に。

 その為に、劉備を救うのだ。


「張飛!!」

「おう! 劉備、悪いがちょっとだけ我慢しろよな!」


張飛と同時に駆け出し、関羽は劉備へと突進する――――……。



‡‡‡




 いけない。
 劉備を傷つけるだけでは金眼は祓えない。
 金眼の穢れを浄化しなければ劉備から追い出すことは出来ない。

 手助けしたい。
 手助けしなければならないのに、意識だけではどうにもならない。
 もどかしい。
 悔しい。

 助けたいのに……!

 こんな時に助けになれないなんて、何の為にあの滝で誓ったのだろう。
 忠誠を誓ったのに、役に立たなければ、助けなければならない時にこんな状態で、むしろ彼女達を傷つけて。

 歯痒いし、酷く申し訳ない。

 嗚呼、嗚呼!
 この目はしっかりと彼女らが苦戦する光景を見続けているのに、この身体は自分の意志で動けない。浮上しかけて押し込まれてしまう。
 手を伸ばしたいのに、武器を取って彼女を支えたいのに、ままならない。

 悔しさに奥歯を噛み締めることすら出来ぬ。

 助けたい。
 助けたい。
 助けたい。
――――助けたい!

 悔しくて悔しくて、意識だけで何の抵抗力の持たない自分が腹立たしい。

 どうして私は、必要な時に何も出来ない?



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