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一つの可能性だけを頭の中に、関羽は妙幻へと突進していく。
その可能性が真実なのか確かめる為だけにしては危うい、一か八かの賭だった。けれども関羽には、これで失敗して死ぬ――――などとは思えなかった。
張飛や曹操達が己を呼んでいることにも構わずに関羽は覚悟を声に乗せて叫び、妙幻に組み付こうと跳躍した。
されど妙幻はそれをすげなくいなし頭を掴むと下へと押し鳩尾へ膝を叩きつけた。
「がはっ」
そして軽々と放り捨てられる。
地面に身体を打ち付ける衝撃に呼吸を奪われながらも、関羽の中で可能性は確信へと変わった。
間違いない。
彼女は――――全力じゃない!
身に受けた攻撃は凄まじい。
が。
関羽は我知らずと笑みをこぼした。
彼女はそこに微かな光明を見出した。ともすれば見逃してしまうところだった、小さな小さな綻(ほころ)びだった。
よろよろと立ち上がる関羽の身体を、さすがに見かねた犀煉が支える。馬鹿を見るような目で見下ろされていたが、それすらも気にならなかった。
それで勝てるかは、分からない。
だがこのことは、関羽の気力を回復させたばかりか、もっと、もっと大きく膨れ上がらせた。
関羽は犀煉の手をやんわりと剥がしてしっかりと地面を踏み締めた。毅然として、妙幻を真っ直ぐに見据えた。
「妙幻、あなたは上手く力を出せていないのでしょう。それも段々と弱くなっていっている」
「……何だと」
ぴくりと、妙幻の片眉が微動する。
「あなたの膂力なら、わたしも世平おじさんも瞬殺出来る筈だわ。だってその身体は幽谷と同じ」
だけど、わたしも世平おじさんのどちらも殺せていない。
それどころか、力が段々弱くなっていってる。
関羽自ら突進して受けた鳩尾への一撃は、犀煉が来る前に受けたものに比べて格段に弱まっている。間違い無い。
恒浪牙が術が作用しているのだ、きっと。だから上手く身体を使役出来ないようになってしまっている。
着実に、幽谷と犀華の力に追いやられているのかもしれない。
妙幻もきっとそれが分からない筈がない。
「今までのはそれを隠す為に余裕そうな態度を取っていたのね?」
「……何を言うかと思えば、妄想に取り付かれる程に気でも狂(たぶ)ったか」
不愉快そうに、妙幻は鼻を鳴らす。しかし、そのかんばせには濃い苛立ちが滲んでおり、彼女が関羽の言動にはっきりと反応を示している。
手応えは、しっかりと感じた。
危険極まるが、ここで四霊の力を少しでも使わせれば、妙幻の力を殺げる!
そうすれば妙幻に必要以上の攻撃をしなくて済む。砂嵐に行く衝撃が大幅に減る。
「恒浪牙さんの身体を壊して回った影響が、今になって出てきたんでしょう?」
「さて、どうだかな」
「じゃあどうしてわたしを殺さないままにしているの? 猫族はそうでもないかもしれないけれど、犀煉まで加わって、あなたにとっては面倒な状況ではないの?」
「しつこい娘よのう。ただの手遊びに過ぎぬわ」
「いいえ、違う。あなたはここに来てから急速に膂力までも弱くなっているんだわ。でも、このまま本陣に帰るのは矜持が許さない。だから留まって無駄に戦って、何とか悟られないようにしているのでしょう? さっき犀煉が作り出した炎の龍を消した後の攻撃は、最初の時とは比べものにならないくらい弱か――――」
「――――黙りやれ!!」
一喝。
よく通る大音声に、しかし関羽は口を閉じなかった。もっともっと神経を逆撫ですれば、彼女が力を振るわずにはいられないようにしてやれば――――。
更に言葉を紡ごうとした関羽は、次の瞬間犀煉に抱え上げられてその場から離れた。
着地と同じくして関羽と犀煉が立っていた場所で爆発が起こる。火までも噴くそれは、犀煉が避けてくれなければ灼熱を以て関羽を灼いただろう。
妙幻は四霊の力を振るえない。
ならばこれは――――。
「僕のこと忘れないでもらいたいんだけど」
「封蘭……」
「僕は妙幻の援護の為にいるんだ、妙幻が弱まっただけで、何も変わんないよ」
……いいや、変わる。
封蘭の武力は大したことは無い。脅威である方術も、恒浪牙や犀煉が対応すれば良い。
妙幻の力を殺げば、封蘭がいても自然勝利はこちらに傾いてくる。
「封蘭、わたし達は」
「……」
封蘭はぱちんと指を鳴らした。
ややあって、関羽達の周りに先程彼らを翻弄した剣達が現れる。ぐんと数を増やしたそれらは猫族にも切っ先を向けていた。
「僕を捨てた奴らと今更馴れ合いなんぞする気は無いね!!」
天へと腕を伸ばして勢い良く振り下ろす。
剣が、全員に降りかかった。
辛うじて回避しても身体の何処かを裂かれてしまう。やはり今回もそれぞれで動き回って狙う。
偃月刀で弾いても切りが無かった。
「関羽!」
「曹操、ありがとう!」
捌ききれなかった剣を曹操が弾いてくれた。
猫族は、世平は大丈夫か、それを確かめる暇を与えてくれない。
この術は本当に厄介だった。
「封蘭の動きを封じられれば良いのだけれど……!」
「このままでは近付けぬ、か!」
弾く。
襲う。
弾く。
襲う。
弾く。
延々と繰り返す。
こちらが疲れ果てるのが先か、最後の砦、夏侯惇達がこちらに合流して動きを牽制してくれるのが先か――――。
その答えは、存外早くに現れた。
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