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「姉貴! さっきの火って――――おぅわ!?」
動けぬ兵士達のうなじに手刀を落とすなどして絶入させながら合流した張飛らは、犀煉を見るなり足を止めて驚いた。
張飛が五月蠅そうに顔を歪める犀煉を指差して関羽に問いを投げかける。
「姉貴そいつ誰!? どっかで見たような気がするけど誰!?」
「犀煉よ」
「犀煉って……あれ? あいつって行方不明とか聞いてたけど――――って、姉貴その格好、大丈夫かよ!?」
「「五月蠅い黙れ」」」
偶然、蘇双と犀煉の声が見事に被った。
だが確かに張飛達にあれこれ説明している暇は無い。そして張飛の五月蠅い声が妙幻を不快にさせるとも限らない。妙幻は確かに力を使わない状態だが、それはあくまで幽谷に力を与えてしまうからであって、使用と思えば力を行使してこの場を《掃除》することも可能なのだ。今はまだ、妙幻の矜持や恒浪牙への警戒心の為に術に於いて封蘭に任せきりだが、いつ逆鱗に触れて強大な力を振るわれるか分からない。
妙幻を見、不愉快そうに柳眉を顰めていたのには背筋がヒヤリとした。
関羽は口を真一文字に引き結び、犀煉と曹操を呼んだ。一瞬この場で自分が仕切って良いのかと疑問が浮上したが、即座に押し込んだ。そんなことはどうでも良い。
二人は応えを返さず、それぞれ関羽と示し合わせて動き出した。
犀煉は炎の龍を伴って妙幻へ。
曹操は恒浪牙を援護に封蘭へ。
関羽も、犀煉に倣って駆けた。
妙幻は興醒めした顔で炎の龍を一瞥し、その場から姿を消した――――否、ほんの刹那に移動したのだ。
関羽の背後へ。
見逃した!
関羽は身体を反転させた。
龍のかいなはすでに高く振りかぶられ、鋭利な爪が関羽を狙って揃えられている。
咄嗟の判断で偃月刀を振るうが、右手で軽々と掴まれ外側へ押しやられた。
左手が微動したかと思ったまさにその時、刃のような爪が関羽へと降りかかる。
その動きはまるで一枚一枚の絵を連続で見せられているかのようにゆっくりだった。実際は違うだろうに、関羽にはそう見えた。
だからこそ、彼女の背後にその姿を確認出来た。
関羽は偃月刀を握る力を弛めその場に這い蹲(つくば)るように屈み込んだ。爪の切っ先が微かに頭皮を抉る。不幸中の幸いの程度だ。
舌打ちが聞こえたそのすぐ後、妙幻がくるりと身体を反転させた。偃月刀が解放されたのか傾ぎ、慌てて真ん中程まで手を伸ばし握り直した。
すると不意に何かを殴打するような鈍い音がした。
その間関羽はその場を転がって離脱する。そして妙幻を背後から急襲した人物――――世平を見やる。
彼が妙幻に殴り飛ばされたのだろう。敵の兵士達にぶつかって地面に転がる彼は肋骨の辺りを押さえながら、何とか立ち上がっている。だが、ただ殴られただけで、まともに動くことすら難しい。それだけの膂力(りょりょく)なのだ。
幽谷の果ての無いそれは、関羽には頼もしく感じられた。
けれども彼女が妙幻に変わったただそれだけのことでこんなにも空恐ろしい脅威となる。
もしここに呂布がいたら、彼女もいとも容易く殺されてしまっただろう。
あの時妙幻が覚醒していたら――――想像するだに恐ろしい。
世平に安易に駆け寄ることも出来ず、趙雲と蘇双が駆け寄る様を視界の端に認めることで済ませる他無かった。
だってまだ、妙幻は関羽を冷たく見つめているのだから。隙を見せてしまえばまた襲いかかられる。あの一瞬脳が働きを速めてくれただけで、またそうなることは望めない。出来るだけ、彼女の一挙一動その微々たるものまでも見逃してはならない。
緊迫したこの状況をどのように打開するか考える余裕すら彼女には与えられなかった。
申し訳ないが、恒浪牙の言う通り砂嵐への気遣いを捨てるべきだった。
悔しさに奥歯を噛み締める関羽に再び肉迫しようとした妙幻を、横合いから犀煉の炎龍が襲った。妙幻が跳躍して避ける。彼女の立っていた場所に突っ込んだ炎龍は顔を潰し、火の粉を辺りにまき散らせた。しかし穴から首を引き抜くように身を引きながら形を再生するや妙幻に追い縋る。
炎龍という厄介な存在に焦れたのか。
妙幻は片腕を振るって力を振るう。
強烈な突風を生み出し、炎龍の身体をごっそりと抉り、消失せしめた。
妙幻が力を使えば、人間も自分達もそんなもの。周囲に飛来する火の粉のようにもなれない。
妙幻の立ち回りに、猫族達も二の足を踏んでいる。世平のように一撃で戦闘不能にされてしまえば、それこそ関羽達の妨害になりかねない。おまけに悠然としながら全く隙の無い彼女に、上手い機を見つけられずにただただ悔しげにこちらを見ているしか無い。
関羽も、その方が良かった。世平は辛うじて生きている。今度誰かが関羽の援護をしようと入ってきて妙幻の攻撃を受けてしまったとしたら死んでしまうかもしれない。
彼らが危ない目に遭うよりはずっとずっとましだった。
「ってやああぁぁぁぁ!!」
犀煉が強引に作らせた隙に捻じ込むように、関羽は偃月刀を突き出した。
だが妙幻は身を捩ってかわしてしまう。その勢いに乗って身体を回転させ関羽を蹴りつけた。
脇腹に埋め込まれたのはほんの僅かな時。瞬き一つの間に関羽の身体は猫族の方へと飛ばされた。張飛達が受け止めてくれたが、彼らもその場に倒れ込んでしまった。
「っご、ごめんなさい、大丈夫?」
「あ、ああ……何とか。ってか、何だよあの馬鹿力……姉貴も敵わねぇなんて」
「そういや関羽、お前幽谷に勝てた試しあったっけ?」
「幽谷が本気になったら確実に勝てないのは皆分かっていたことでしょう。でなかったらこうして――――」
――――あれ?
関羽は己の身体を見下ろし、違和感を感じた。
総身が軋んで痛い。容赦ない攻撃をされれば当たり前だ。
でも……どうしてかしら。
何か、おかしい気がするわ。
「……《容赦ない》、攻撃?」
……おかしい。
関羽はそこで、小さく声を漏らした。
違和感がむくむくと一つの可能性を形作る。それは理想でも願望などでもない、一つの仮定。
「……まさか、」
関羽は弾かれたように顔を上げ、立ち上がった。
張飛達が声をかける前に、地を蹴る――――!
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