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「四霊が我らに味方しているのならば、黄巾賊など不要! 人間どもなど利用する価値もない。我ら猫族と四霊の手でこの世を変えるのだ!」
理解ができない。
私は四凶でしょう? 四霊なんかじゃない。
四霊とは、霊妙なる四種の瑞獣の総称である。
変幻を表す応龍。
信義を表す麒麟。
平安を表す鳳凰。
そして、吉凶予知する霊亀。
四凶とは正反対の清らかなる存在である。
自分はそんな存在ではない。
「張角殿。私は四凶だ。四霊などと、そのような清廉な神獣などではない。あなたは何か、勘違いをしておられる」
「四凶など、愚かなる人間どもが勝手に付けた卑しき名だ。お前は四霊。天下泰平の為に遣わされた聖なる者なのだ」
訳が分からなかった。
顔を歪め、幽谷は喜々とする張角を胡乱(うろん)げに見る。
しかし、彼の態度にその勘違いは堅く、いくら言っても分かってくれそうになかった。
やむなく諦め、幽谷は再び匕首を構え直した。
「……正直を言えば、あなたのお話は、同感できることもございます」
「幽谷!」
「ですが、あなたの乱暴極まるやり方も、排他的な考え方も、関羽様達の性格を慮(おもんぱか)れば、とても正しいとは考えられません。間違っていると、感じます」
張角は目を剥いた。幽谷が肯定してくれると思っていたらしい彼は、眉根を寄せて幽谷を見つめてきた。
「何が間違っているというのだ? 我は己の権利、力を誇示するのみ。そう、人間どもと同じやり方でな!」
手が差し伸べられる。
この手を取れと、彼は言った。脅迫するかのような強い響きがある。
幽谷は肩越しに関羽と張飛を振り返った。
彼らの答えは、分かっている。ただの確認だった。
「断るわ……!」
「何?」
「確かにわたしたちは曹操に脅されて村を追われたわ。あなたの言うとおり、どうしてわたしたちが蔑まれたり酷いことをされるのか分からない……」
「でも」彼女はきっと張角を睨(ね)めつけた。
「今ここにいるのは命令されたからじゃないわ。黄巾賊の……あなたの行いが許せなかったからよ! 人の命も猫族の命も変わらない。捨て駒なんかじゃないわ!」
張角は暫し沈黙し、鼻で笑った。
「さすがは混血。人間と猫族の命を同等と云うか」
だが、いずれ気付く時が来る。
猫族とは、人間の上に立つべき崇高なる種族なのだと!!
高らかに彼は断じる。
人間への憎悪と猫族の誇りに捕らわれた張角。彼の思う黄天の世は、関羽をどう扱うのだろう。半分は人間の関羽の血を、彼は許すのだろうか。
「蒼天はすでに死して、黄天まさに立つべし! 歳は甲子にありて、天下大吉ならん!」
刹那。
幽谷は風の唸りを聞いた。
‡‡‡
ぴしゃり、と顔に生温かいものが付着した。
……血だ。
張角の背後から、胸を貫通したその細い剣。月明かりを反射するそれは血が滴り、妖しく煌めく。
ずぶり、と剣が後ろに引き抜かれた。
張角がその場にくずおれる。
そこにいたのは、曹操だった。
「き、貴様は……!? おのれぇ!」
憎悪を宿す張角に、曹操は氷のような目を向け、再び彼を、今度は正面から斬り付けた。
張角の長身が、ゆっくりと倒れた。
「あ……あ……、我の……猫族の……夢……」
我ら猫族に幸あらんことを。
それが彼の最期の言葉だった。
「あ、ああ……」
耐えられなかった関羽が幽谷の背中に寄りかかる。
「なぜ殺さない? 黄巾賊の首領だぞ」
「そ、それは……」
「奴を生かし、、この先も漢帝国の民を苦しめたいのか?」
関羽はよろよろと幽谷の隣に立ち、緩くかぶりを振って否定した。
されど、張角は相容れない考え方とは言え、同じ猫族だったのだ。
それを、曹操は無情にも一笑に付す。
「同族は殺せぬ、か。ふっ、くだらぬ感傷だ」
思わず匕首を握り直した。
けれど彼女の行動を阻むように関羽が腕を掴んでくる。
「覚えておけ。生き残った者が正義だ。生きている者だけが国を治められる。私は死んでいく者に用はない。そして、お前たちにはまだ役目がある。生きて我が覇道の礎となる役目がな」
「私たちは、黄巾賊討伐の為だけに村から連れ出されたのではないのですか? それでは、契約違反ではありませんか」
「そうだぜ、なんでオレらがテメーのために役立たなきゃなんねーんだよ!」
張飛が噛みつけば曹操は笑う。
「一戦交えた後だというのに威勢がいいな。その力、残しておけ」
「コイツ……!」
ぎりっと歯ぎしり。
張飛が牙を剥いて拳を固めた。
が、曹操は彼なんぞ怖くないといった風に言葉を続けるのだ。
「私の予想以上に早くことは済んだ。やはり私の目に狂いはなかったようだな」
曹操が剣を振り上げたのに咄嗟に反応し、幽谷は匕首を曹操に向けた。
関羽も偃月刀を構えて曹操に問いかける。
「何をするの!?」
「張角の首を取り董卓の元に持っていく」
「首を取って……? やめて! これ以上この人を辱めるの? 討っただけでもう十分でしょ!?」
「それが戦だ。それよりもお前たちは今の状況を理解した方がいい」
曹操の言わんとしていることは、予想できる。
黄巾賊の頭領が猫族だったのだ。
当然関羽達にも制裁の手は伸びるだろう。最悪殲滅させられるのだ。
いかに、張角との関係を否定しても、人間にしてみれば結局は同じなのだから。
それを語る曹操に、関羽と張飛の顔には絶望が浮かんでいった。
「だが、それは私の望むところではない。先ほど言った通り、お前たちにはまだまだこれからも役に立ってもらう。関羽よ、私に請うがよい。張角が十三支である証、この獣の耳を切り落とすことを!」
「なっ!」
「何ですって……? あなたは……何を言っているの!?」
それが、関羽達が危険から逃れられる唯一の方法だ。
だが、それを関羽に請わせるとは、曹操も性格が悪い。
「さあ! お前たちが生き残るためこの男の尊厳を踏み躙るのだ!」
曹操は鬼気迫る形相で強いる。
関羽が、耳を切り落とすよう自分に請うことを。
関羽は彼の気迫に気圧されて一歩後退した。
曹操は促す。
本当に、その方法だけ、か?
幽谷は張角の亡骸を見下ろし、匕首を握り締めた。
――――一つだけ、思いつく。
関羽達に見せるには酷な、方法が。
ややあって――――、
「そ、そんなこと出来ないわ……」
震える声で、関羽は答えた。
曹操の雰囲気が変わる。
そして、張角を一瞥した。
幽谷は曹操が口を開くよりも早く、言を発した。
「なれば、私が斬りましょう」
曹操が、瞠目(どうもく)した。
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