生まれたその時から、あたしの人生はすでに決まっていたの。

 不可思議な力はあたしが望んで得たものじゃない。そんなの、きっと前世でも願ってもいなかった。
 こんな力、あたしは要らなかった。
 けれどもあたしの存在意義はその力だけ。

 父様も母様も、あたしの力しか見ていないかった。
 子供なりに褒められたくて色んなことをしても、暗殺一家らしく鍛練を繰り返したって、結局は起こられてしまうの。余計なことをして、身体が傷ついて、力が失われたらどうするのだと。

 あたしは、二人の子供じゃないの?
 何度問おうとしたか分からない。
 でも、怖くて声には載せられなかった。二人の答えは、大方の予想が付いていたから、聞きたくても聞けなかった。

 あたしは大事な二人の子供だ。

 ……でもそれは、小さい頃からあたしが渇望していたものではなかった。
 物心ついて暫くは父があたしの部屋を訪れる度期待した。父親としてあたしを見てくれるんじゃないかって。

 ただの下らない願望だったわ。
 あたしは、この犀家では力以外に何の価値も無かったの。
 諦めてただただ人形のように犀家(もちぬし)の意のままに動けば、精神的には楽だった。もう愛情を求めてはいけないのだと割り切ってしまえば、後はもう心が死んでいくばかり。

 力を使う度に、身体は弱っていった。
 元々、とても病弱だったこともあったんだろう。痩せ細っていく自分の身体が、口惜しいとも哀れだとも思わなかった。
 嗚呼、力を使うと身体が弱るのね。
 死ぬのはもうすぐかしら。
 やっぱり、十には届かないかしらね。
 他人事のように思っていた。
 死ぬのなら死ねば良い。それが流れであるのなら、逆らうべくもない。

 小川に浮かぶ木の葉が、ただただ川の流れに従うのみであるのと同じこと。

 けれどもある時あたしという木の葉は、定めという流れのさなか、岩に引っかかってしまったの。

 唐突に現れたその人は、あたしの兄であると言った。
 そんなの、最初は信じられなかったに決まっている。だって一度も会ったことが無かったのだもの。

 力に用が無いのであれば帰って、って。
 あたしは拒絶したわ。

 だけどあの人は帰らなかった。
 あたしの寝台に腰掛けて何をするでもなく周囲の森に何の花が咲いたとか、不意に聞こえた鳥は何の鳥だとか……多分、話があまり得意な方ではなかったのだと思う。
 不得手なのに暇さえあればあたしのもとを訪れてしつこくあたしと会話をしようとする兄に、あたしは新鮮な感じがした。これまで、毎日のようにあたしと他愛ない話をしようとした人間がいただろうか。……いいえ、いない。

 ある時、訊ねたの。
 あなたはあたしの力を必要としないのね。どうして?

 あの人はこう答えたわ。


『お前に頼らずとも、俺は十分な力を持っている』


 彼の言葉に、あたしは少しだけ胸が痛んだ。初めてだったから、どうしてなのか分からなかった。
 新鮮な筈なのに、あの人にはあたしの力を頼って欲しかった。

 だって、あたしの力を使えば絶対に仕事に成功して無事に帰ってこれるのだもの。

 何度も何度も使って良いのにと、それとなく言った。
 でもやっぱり答えは同じ。


『必要無い』


 あたしを案じてくれているんだろうとは分かる。
 あたしの衰弱した身体を癒してくれた程の力があれば確かにあたしの力を借りなくても確実に成功させられる。

 だけど、あたしは不安で不安で仕方がない。
 あの人にだけは《絶対》が欲しいの。
 他の人間なんてどうでも良い。

 あの人に、ずっと、ずっと傍にいて欲しい。
 あたしと他愛ない話をして、笑っていて欲しいの。
 いつかは叶う気がして、ずっとずっと願っていた。

 任務に出掛けていくその頼もしくて愛おしい背中を、牢屋と化した部屋の中から見つめながら、彼の無事をひたすらに祈って――――。



 ……考えてみれば、おかしな話よね。
 そんなあたしがあの人以外に力を使ってあげたいと本気で思うなんて。

 でもね。
 あたしは所詮《名残》なの。
 だから大したことはしてあげられない――――ううん、してあげられなかった。

 ごめんなさいね。
 でも、ちゃんと綻びくらいは作れたと思うの。

 あんたは悪くないのよ。
 誰も悪くないから。


 ちゃんと、あんたのするべきことを全うしなさいな。

 手遅れに、なる前に。




‡‡‡




 野晒しにされた女の死体。
 風に髪が揺れる。
 生を失った瞳はいつ閉じられたのだろうか。色違いのそれらが天へ向けられることはもう無いのだろうか。

――――否。


「……夜空の天井の下でのうのうと寝てるなんて、余裕だね」


 さく。
 地面を踏み締めて死体に歩み寄ったその少年は片目を眇めて彼女に話しかける。


「さっさと起きなよ、妙幻。もう寝るのは飽きている筈だ」


 刹那であった。
 死体が大きく跳ねたのである。


 《自ら》瞼を押し開き、

 《自ら》口角をつり上げる。


 その表情に、少年は満足そうな、酷薄な笑みを浮かべた。



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