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 部屋の中を覗けば、関羽があっと声を漏らした。
 恒浪牙達を置いて中に入ってしまう。

 恒浪牙は犀華と顔を見合わせて彼女に続いた。

 関羽は、見慣れぬ老人に駆け寄っていた。
 陶謙と、彼女はそう呼ぶ。
 確か、陶謙とは徐州の刺史ではなかったか。
 徐州で猫族が曹操軍と戦っていたという話は犀煉から聞いている。彼と関羽が知り合いでも何らおかしくはない。

 ただ、あの呂布に荒らされた徐州で、老いた身体が生き残っていたとは存外であったが。


「お、お主は、関羽……それに幽谷ではないか! 一体なぜここにいるのじゃ」

「陶謙様こそ、どうしてここに?」


 犀華は陶謙の視線から逃れるように恒浪牙の背後に隠れた。
 その態度に陶謙は不思議そうに首を傾けたが、さして追求せずに関羽の問いに答えた。

 曰く、彼は徐州が曹操のものになった後も、統治を任されていたようだ。
 今回この地を訪れたのも統治に於いての報告の為であった。
 だが、生憎と曹操は戦線に出てしまっている。無駄足となってしまった。

 関羽は一度頷くと、安堵したように笑って、


「陶謙様、劉備は元気ですか? それに、蘇双も趙雲も」


 陶謙はそこではっとして、白眉を下げた。


「そうじゃ、お主に謝らねばならぬ……呂布に攻められた折、劉備殿はわしとともに城に避難しておったのじゃが、戦が終わった後、劉備殿らの姿はなかったのじゃ……。その後、国中を探したが未だ見つかっておらん」


 途端関羽の顔が凍り付いた。


「な、何を言っているんですか、陶謙様。だって、呂布との戦いが終わった後わたしは蘇双たちと会いました」

「何じゃと?」

「そして、蘇双と趙雲の二人とで劉備と残りの猫族を探そうとしてました。わたしはそこで兌州に戻りましたが、その後劉備たちは陶謙様と一緒に保護下に置かれてると聞きました……」


 嗚呼、綻びが関羽に見つかった。
 恒浪牙は関羽の後ろで後頭部を掻きながら細く吐息を漏らした。
 まったく、爪が甘すぎる。
 嘘をつくなら、もっと徹底的に手を回しておくべきだったのだ。

 自分の占いの結果は、彼女のことだったのかもしれない。


「わしと? 一体その話は誰に聞いたのじゃ?」

「誰って……」


 曹操。
 関羽は言って、青ざめた。


「わしは呂布に捕まってからは劉備殿とは会ってはおらぬ」

「そんな……じゃあ、じゃあ、劉備たちは一体どこに……! 他の猫族は!?」

「ちょっと、落ち着きなさいよ」


 混乱して声を荒げる関羽を見かねて犀華が恒浪牙の後ろから関羽の肩を軽く叩く。

 その口調に陶謙が驚いたのは言うまでもない。
 けれども彼が犀華に話しかけるよりも早く、武官が関羽に歩み寄って彼女を呼んだ。


「あ、あの……実は今戦っている袁紹軍に十三支たちがいるとの話が」


 関羽はがばっと顔を上げて武官に掴みかからんばかりに詰め寄った。


「袁紹軍に!? 袁紹軍に猫族がいるの……? 一体、どうして……!」

「しかも、その十三支たちは戦場にあなたや幽谷殿を出せと……そう言っているようです」

「わたしと、幽谷を!?」


 犀華が恒浪牙の袖をぎゅっと掴む。
 恒浪牙は目を細めてその手をそっと握った。


「袁紹軍は二虎将軍に加え紀霊や十三支といった戦力を投下し、現在、我が軍は劣勢です。どうか、あなた方の力を貸して下さい」


 関羽は沈黙する。
 犀華を振り返り、唇を引き結んだ。
 今は犀華だ。幽谷ではない。

 戦場に出す訳には……。
 恒浪牙が首を横に振ると、関羽は小さく頷いた。武官達に向き直る。


「……曹操はわたしを戦場に出したがらなかったでしょう?」


 武官は頷いた。


「……なら、わたしは今あなたから何の話も聞かなかったわ」

「え?」

「わたしは何も聞かなかった。……だけど、どうしても戦が気になって勝手に戦場に向かった」


 猫族のことも知らず。
 最後の言葉だけ強めて彼女は出発を宣言した。

 それに待ったをかけたのは犀華だ。


「ちょっと待ちなさい。一人で行くつもり?」


 恒浪牙の隣に立って、不機嫌そうな顔をし関羽を見下ろす。

 彼女なりに案じているのだろう。
 ただでさえ犀煉のことで何も出来ない自分にやきもきしているだろうに、それでも単身で戦に赴こうとする関羽に気を配る。

 関羽は強く頷いた。


「猫族のみんなに会いたいの。それに、曹操とも話をしなくちゃいけないから」


 彼女の顔を見れば、その決意を覆すことなど不可能。
 犀華はやがて、やおら溜息をついた。


「……勝手にしたら良いわ」


 突き放すようなキツい言い方になってしまったことを、きっと後で気にするだろう。
 恒浪牙は苦笑しつつ、犀華の頭をそっと撫でた。


「では、あなたの武器は私が持って参りましょう。それまで、先に厩(うまや)でお待ち下さいませ」

「あ……ありがとうございます! ……武器も、わたしが無理矢理奪って持っていったということでね」


 恒浪牙は犀華を連れ関羽よりも早く部屋を辞する。
 さて、関羽のあの偃月刀は武器庫だったかなと記憶を手繰らせながら、廊下を進む。

 すると、武器庫に至った頃に犀華が足を止めた。


「恒浪牙様。その十三支は、幽谷も出せって言っているのですよね」

「ええ。ですが、あなたを出す訳には……」

「お願いがあるのです」


 恒浪牙は武器庫の扉を開けて、中に入った。

 犀華も従う。
 もう一度、恒浪牙を呼んだ。

 彼は振り返らない。


「……良いんですか? あなた自身、それは辛いことではありませんか。私からも、幽谷からも、あなたは《本物》だ。だのに、」

「構いません」


 彼女ははっきりと答えた。

 その言葉に、含まれているもの
を恒浪牙は漠然と察していた。
 けれども、敢えてそこには触れないでいた。



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