20
恒浪牙は軍議に参加していた。
その後ろには犀煉もいる。
軍議に参加する気の無かった二人が出ようとしたのは、武官に乞われたからだ。
最初は犀煉だけだった。犀煉に、軍議に参加し、戦になるならば参加して欲しいと頼まれたのだ。
余程袁紹に脅威を感じているのだろう。恐怖など捨て、人間の尊厳も捨て、その武官は頼み込んできた。
曹操軍の今後のことも気がかりでいた恒浪牙は、本人の意思に関係無く軍議に出ることだけを了承し、自らも参加を申し出た。途中で犀煉が姿を消しても話をちゃんと恒浪牙が聞いて、内容如何によって彼と話をするのだ。
軍議はいつになく緊迫していた。
理由はやはり、袁紹だ。
犬猿の仲と言われていた袁紹が袁術と手を組んだのである。
ただでさえ驚異であった袁紹に、呂布によって壊滅せしめられたとは言え、袁術の持つ軍が加わったとなれば、このまま当たっても苦戦は免れぬ。
相手が軍を整えて更に強大になる前に、戦力が開く前に動き必要があった。
「近頃保守的であった曹操様も、この事態には流石に動かれるであろう」
恒浪牙の隣に立つ夏侯惇――――怪しい動きをしない為と、夏侯淵に噛みつかれた恒浪牙がそのようにしたのだ――――が大きく頷いて、目を伏せ沈黙を貫く曹操を仰いだ。
「という訳で、事態は緊急を要します。曹操様、袁紹との戦について進軍のご決断をいただきたく」
「今や敵は袁紹だけではありません。袁紹・袁術という袁家が敵なんです!」
さて……彼は動くのか。
このまま関羽に傾いて覇道を脇に置いておくのか。
恒浪牙は曹操を探るように見つめた。
しかし、曹操は何も発しない。
焦れたように武将の一人が声を荒げた。
「なぜです、なぜこれほどの事態に動かれようとしないのですか!? これまでの曹操様なら、このように進軍に躊躇することなどなかったではありませんか!」
「これまでの私なら……か」
ふ、と微かに口角をつり上げた彼は伏し目がちに思案する。
そこへ、夏侯淵が言い募る。
袁紹の強行を許せば兌州を奪われる可能性がある。奪われれば本拠は無くなる。
それは今の曹操だって懸念すべきことだ。
「……兌州を取られる訳にはいかないな。……わかった。いつでも出撃出来るよう準備だけは進めておけ」
「ハッ」
それでもあまり乗り気ではないようだ。
恒浪牙は顎を撫で、夏侯惇を呼んだ。
「一体、曹操殿は何をお考えなのか……。あまり乗り気ではないようですが、理由は分かりますか?」
「……」
夏侯惇は無言だ。口を真一文字に引き結んでぎろりと恒浪牙を睨みつける。それが答えだ。
恒浪牙は苦笑を浮かべ、「失礼致しました」と会釈をした。
よもや、十三支の女一人のことで頭が一杯であるとは思うまい。
そして自分の仰ぐ人物が自分達と《同じ》でないということも。
「うーん。君も戦に出ることになってしまうかもしれないねえ、犀煉」
「四霊が人間の諍いに介入するべきではないと随分前に俺に諭した地仙は何処のどいつだったか」
「あれ、そうだったかな。すまないね、老いぼれは最近物忘れが酷くって。取り敢えず、袁紹袁術との戦力差によるだろうし、曹操殿も私達のことは目の届く場所に置いておきたいだろうから、現実になる可能性は低いと思っていて良い。暫くは私の薬草採取でも手伝ってもらおうかな」
夏侯惇達に拱手し、恒浪牙は犀煉の肩を叩いた。
犀煉は途端に嫌そうに顔を歪めたが、細く吐息を漏らして彼の後ろに従った。
しかし、恒浪牙が部屋を後にする間際「そう言えば」と足を止めた。
曹操を振り返りにこりと微笑んで、
「泉沈には劣りますが私、占いの方も少々かじっておりましてね。曹操殿、星は《よろしくないこと》を示しておりますよ。もっと、深刻に考えられた方が良い」
「お前、何を……」
夏侯淵が怪訝そうに問い詰めようとすれば、夏侯惇が手で制止した。
「この戦、皆様が思う以上に重いものだと、そうお心に留め置き下さい。では、私はこれで」
今度こそ、恒浪牙はその場を辞する。
部屋から幾らか離れた廊下を歩きながら、犀煉は先程の恒浪牙の発言について質(ただ)した。
犀煉の知る限り、恒浪牙は占いはしない。嫌いではないようだが、占いに頼るような性格はしていない。
恒浪牙は、顎を撫でながら、
「正確さなら泉沈の足元にも及ばないだろうね。私の先程の言葉も、あれが読み取れる限界だったんだ。この戦がどんな風に深刻なのか、何が重いのか――――私には分からない。泉沈だったら何から何まではっきりと分かってしまうのだろうけれどねぇ。うーん。面倒臭いからって占いだけ適当に学んだのが間違いだったのかな」
「……当たるのか?」
「三割」
……この男は、本当に天仙にも匹敵する地仙なのか。
犀煉は、長々と嘆息した。
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