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 これは昔のお話です。

 とある山の、緑深い未開の奥地。
 そこに、不思議な不思議な一族が住んでおりました。

 世の中から隔離されたその家の人間達は、世に暗躍することを生業としておりました。
 誰にも媚びず、誰からの圧力にも決して屈しはしません。ただただ、報酬に見合う働きをする――――彼らはそんな一族です。

 しかし、彼らは非常に数が少なく、ままに孤児を拾って一族の持つ技術を叩き込まねば与えられる仕事を全てこなせません。
 おまけに分家も無く近親で子を為すことも許されず、その孤児と子を作るしかありませんでした。
 段々と、一族の血は薄まっていきました。

 その一族には、三代に一度、不可思議な力を持った子供が産まれることがありました。
 占いの力に長け、未来すらも見通すその子供が産まれると、一族は総出でその子供を隠そうとします。理由は当主ですら知りません。ただただ大昔から決して家から出すなと代々口伝されておりました。

 力を持った子供は、血が薄まるにつれて徐々に希有なるものとなりました。口伝も、ある代からぱたりと途絶えてしまいました。

 故に、とある女児がその力を持って産まれた際、その兄以外の皆がその力に欲を出してしまったのです。

 女児は乳離れをするとすぐに屋敷の奥に幽閉され、父より命じられたことに従って力を使いました。一族として鍛錬はさせましたが、彼女を任務に使うつもりは全くありません。その力を使う為だけに、彼女の望むことはなるべく叶えていました。

 しかし、この力は女児にとって毒でもありました。
 力を持って産まれた子供は、等しく病弱で薄命でした。
 兄がいなければ、きっと十になるまでに命を落としていたことでしょう。

 この兄にも、不思議な力がありました。
 けれどもそれは人間に忌み嫌われるものです。彼は世に言われる《四凶》でした。
 勿論一族全てに疎まれておりました。生かされているのは偏(ひとえ)に四凶の力故。人間以上の力を備えた彼は一族の誰よりも確かな成果を上げて家名を上げます。
 その上彼は妹の面倒を甲斐甲斐しく見、その力で女児の身体を癒すのです。
 女児も兄にだけは心を許しますので、彼は一族にとって忌まわしくも無くてはならぬ存在なのでした。

 女児は十九歳になった歳の始め、病死してしまいます。
 一番悲しんだのは兄です。彼は女児が死んだ後、任務に出てそのまま行方知れずになってしまいました。

 翌年に一族のもとに戻ってきた時、彼は何も語りませんでした。
 ただ、何も言わずに女児が幽閉されていた部屋をめたくたに破壊したのです。




‡‡‡




 咽を押さえて犀華は悶絶する。
 犀煉は黙ってその身体を抱き締めていた。犀華の手が押さえていない箇所に触れ、力を注ぎ込む。

 徐々に犀華が大人しくなって、気を失ってしまうと、そっと寝台に寝かしつけて再び咽に触れた。
 犀華の顔色は頗(すこぶ)る悪い。
 今日のモノは酷く強かったのだろう。
 犀煉は舌打ちし、そっと手を離した。

 本来ならばこの身体はほとんどの毒への耐性を持っている。
 それでも効いてしまうのは、曹操が執念深いが故のことなのか、今犀華という意識に切り替わっているからか。

 犀煉が忠告をしたのは二日前。
 彼は止める気が無いらしい。
 関羽にとって幽谷は大切な存在。
 関羽を完全に手に入れる為に、幽谷が邪魔なのだ。

 幽谷を狙うのは勝手だ。
 だが、それに無関係の犀華を巻き込むことは、看過出来る筈もない。

 犀煉は曹操に宣言した通りに彼の血のことを流布せんと、部屋を出る。

 けれども、その足は部屋を出た瞬間に止まってしまうのだ。


「どうですか、犀華殿の容態は」


 舌打ち。
 犀煉は彼を睨めつけて口早に答えた。


「気を失った。身体の方はもう問題は無いだろう。後は任せる」

「はい、しかと承りました。……しかし、感心しないね。犀煉」


 恒浪牙が目を細めて口角を弛めた。

 犀煉はほんの少し顎を引いて嘯いた。


「何のことだ」

「曹操殿の血のことを話してしまったら、関羽さんが大変じゃないか。彼女に何か遭ったら幽谷が騒ぐ。そうすれば犀華殿との軋轢(あつれき)は強くなる。生まれた隙間に潜在意識が入り込んだら大変なことだよ」


 犀煉は目を細めた。

 そんな彼に、恒浪牙は柔らかな物腰を崩さずに言葉を重ねた。


「曹操殿には、私から言っておこう。君は、犀華殿の傍にいておあげなさい。目が覚めて君がいなかったら、心細い筈だ。不安定な彼女に、なるべく寄り添った方が良い。無用意に、あの身体に残る犀華殿の本来の力を暴走させてしまったらいけない。四霊の力とも混ざったらどうなるか私にも分からないし、曹操殿に目を付けられでもしたらまた厄介だ。分かったね? この件は私に任せておきなさい」


 沈黙。
 恒浪牙はじっと犀煉の返答を待った。

――――やがて。


「……分かった」


 彼は渋々と頷いた。

 すると、恒浪牙は安堵した風情で肩を落とすのだ。


「はい。犀華殿が目を覚ましたらこれを飲ませておくように」

「……」


 恒浪牙の差し出した薬を乱暴に奪い取り、犀煉は無言で部屋に戻った。


「さあて、どう言って分かっていただこうか」


――――彼の科白に薄ら寒いモノを感じながら。



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