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七日と使い、辿り着いたのは広宗県は黄巾賊討伐軍の陣屋。
無数とも言える天幕が立ち並び、そのところどころに赤い生地に金の糸で《董》と刺繍された旗が風に踊っている――――。
‡‡‡
幽谷にとっては、久しく感じる張り詰めた空気だった。
過去何度も、こういった場所で、何人もの将軍の首を取った。
願わくば、昔の自分を知る者が無いことを。
そう思いながら、関羽と劉備に手を引かれつつ陣屋に入った。
――――目を、黒く細長い布で覆い隠して。
猫族の村を発って二・三日した頃、曹操に隠すようにと言われた故である。さすがに、猫族だけでなく四凶まで連れてくると体裁が悪いらしい。討伐軍を率いる将軍に曹操まで嫌われてしまうと困るのだ。
だが困るのは幽谷も同じだった。
せめて包帯か何かで片目だけをと言ったのだが、夏候惇に我が儘(わがまま)だと斬り捨てられてしまった。
後から察したことだが、どうやらこの曹操。幽谷を警戒しているらしかった。寝首をかかれると思ったのかもしれない。
しかし、視界を閉ざした所為で、幽谷は手加減どころでなく、ともすれば戦場で味方すらも殺してしまいそうな程になってしまっている。
曹操達には、絶対に私の後ろに立たぬように言っておくべきかしら。
今の状態だと確実に殺してしまう気がする。猫族の者達にも、後で言っておこう。
「幽谷、段差があるから気を付けて降りて」
「はい」
足先で段差を確認し、降りる。
関定や蘇双らが案じてくるが、今のところは大丈夫だと答えた。
今、ここには幽谷と関羽、劉備、張飛、張世平、張蘇双、関定の七名のみだ。他の猫族は陣屋の隅に待機させていた。
兵士や武将達の無遠慮な蔑視は視界を閉ざしてもしっかりと肌で感じられた。実に不愉快極まりない。もっとも、二人に両手を握られてしまっては何もできないが。
自分達はこれから将軍董卓に会いに行く。彼はこの討伐軍を率いる人物であり――――幽谷にとっては非常に会いにくい人物でもあった。
彼が、最後の暗殺の標的だったのだ。
彼の部下に邪魔され、自身も致命的な失態を犯して失敗してしまった。
董卓自身と対峙したのは暗闇だし、ほぼ一瞬しか顔を合わせていなかったから彼の記憶には残っていないとは思うが……あの女丈夫がいないとも限らない。
自身は天幕の外で待つつもりだった。
「お、おい見ろ。十三支だぞ! 初めて見たぜ」
「十三支なんぞがなぜ、このような場にいるんだ!」
……待つ間、耐えられるだろうか。いや、今でも相当堪えている。
皆も、それは同じらしかった。
「なあ、姉貴。アイツらなんとかなんねーの? オレたちは見せ物じゃねーっての! みんなでジロジロ見やがって……」
憮然とした声音で、張飛。
関羽はそれを咎めた。
「仕方ないでしょう。人間はわたしたち猫族が珍しいのよ」
「だってよー、勝手にヒソヒソ話されて、姉貴だって気分悪ぃだろ?」
「それはそうだけど……今は我慢して」
関羽に強めに言われて、張飛は不満そうにしながら兵士達についてはもう、何も言わなくなった。
「関羽、すごい、ひといっぱい! それにたくさん、旗がある〜。ぼくもひとつ、ほしいー!」
「旗が欲しいの? そうね……ちょっと聞いてみるわね」
風にばたばたとはためく旗を指差し、劉備ははしゃぐ。
この場では、劉備の純真無垢さは却(かえ)って浮いてしまっている。長だからと連れてくるべきではなかったのかもしれない。誰も、彼をこんな世界な連れ込みたくは、なかった。
「やったー! やくそくだからね? ウソついたら、熱湯のませる〜」
「う……猫舌なのに」
幽谷を挟んでの彼らの会話は、およそ陣屋には似つかわしくない。
当然、夏候惇などは不快に感じた。
「まったく。これから董卓将軍に謁見するというのに子供連れとは……。曹操様の顔に泥を塗るような真似をしたら、承知しないからな」
関羽は何も言わなかった。だが幽谷の手を握る彼女のそれに、ぐっと力がこもる。睨んでいるだろうことは、容易に察せられた。
「何だ女、その反抗的な目は。十三支で女でその上気が強いとは……つくづく最悪な女だな」
「……すみませんが、泥を塗ると申しましても、この辺の土は乾いておりますし、すぐに泥を用意することは難しいかと」
「……っ俺はそんなことを言ってるんじゃない!!」
「ええ、言ってみただけです」
少しつつけば、彼は簡単に矛先を変える。関羽達から意識を逸らすには効率の良い方法だった。
あまり、表立って猫族と曹操の間に諍いを起こしたくなかった。そうなれば彼らが一方的に悪いようにされる。特に張飛が力業で一悶着を起こせば立場は一気に悪くなる。
夏候惇は歯噛みしながら、怒鳴りたいのを堪えている。四凶だの何だのと思う存分貶したいのだが、曹操にきつく禁じられているのだった。
それにしても、彼の猫族嫌いは筋金入りだ。どうしてこうも嫌うのか……甚(はなは)だ疑問だ。
「あと、あなたは気の強い女性はお嫌いのようですが……私にしてみれば私と同じ程の身長の男性は、心許なく感じます」
後ろで張飛達が噴き出すのが分かった。
「図に乗るなよ、しきょ――――」
「あ」
言いかけて、夏候惇は口を噤む。悔しそうに唸る。
言えば良かったのに。
彼が四凶と怒鳴ってくれさえすれば、この目隠しを取れるのだが。
夏候惇が言葉を止めてしまったのに残念に思い、幽谷は溜息をついた。
すると、張飛が後頭部で腕を組んで、蘇双が軽蔑するような眼差しを夏候惇に向けて、
「オメーらが来いって言うから仕方なく手伝ってやるっていうのにエラそうによぉ」
「村を守るために手を貸すだけ、それ以上のことまで命令される筋合いはないんだけど」
ああ、矛先がこちらに向いていたのに。
「ふん、所詮は十三支か。口の利き方も知らないとはな」
「んだと!?」
「何だ、やるのか!?」
「ちょ、ちょっと張飛……」
「……私は何の為に頓知(とんち)を利かせたのかしら」
思わず、呟いた。
――――そんな折だ。
「曹操様! それに兄者も! お戻りを心よりお待ち申し上げておりました!」
喜び溢れた声が、鼓膜を叩いた。
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