趙雲達は、ひとまず袁紹を頼ることとした。
 公孫賛から、曹操、そして袁紹。
 幾ら生きる為とは言え、色んな人間に頼っている自分達が少々情けない。


「蘇双、泉沈。そろそろ袁紹の領域だ。どうなるかまだわからんからな、十分気をつけるんだ」

「わかった」


 泉沈は無言でただ遠くを見据えている。ままに足下の星河を撫でる。
 その腕にしがみつくようになって歩いているのは劉備だ。疲労が溜まっている上に、ここに来るまで食べ物らしい食べ物をほとんど得られていないので、衰弱が激しい。
 趙雲が抱えて連れて行こうとしたけれど、泉沈が自分から離れていくことを案じてか、何をするにも彼に張り付いて離れない。

 彼の痛ましい姿に趙雲は目を細め、吐息を漏らした。


「劉備殿の衰弱が激しい……。早く温かい寝床と食事を用意しなければ」


 袁紹が、快く自分達を受け入れてくれれば良いのだが――――。


「――――おい! そこのお前たち、有り金置いてけ!!」


 突如、茂みから躍り出て前方を塞いだのは複数の破落戸(ごろつき)だ。鎧などを着ているところを見ると、元は何処かの軍に身を置いていた者達が戦に怖じ気付いて逃げ出し、野盗に成り下がったのか。

 蘇双は不快そうに顔を歪めた。


「何だよこいつら。野盗? 最悪。しかもワラワラ集まってきたし」

「聞こえなかったのか!? 俺たちあの呂布軍だぜ! 殺されないうちにさっさと行くこと聞くんだな!」


 ……呂布軍の残党か。
 呂布はもう死んでいるというのに、死人の威を借りるなど見下げた性根である。
 呆れつつ、趙雲は顎に手を添えた。


「有り金と言われてもそんなものはとっくにないんだがな……」


 さて、どうしようか。
 思案し出した趙雲に呂布軍残党の内の一人が舌打ちした。

 早くしなければ袁紹軍が《また》来る――――そう先頭の男に言う。

 彼らは更に強く脅しをかけた。

 ……だが。


「待てぇ! この呂布軍崩れの野盗が! 俺たちの領地で無法を働くのは許さないぞ!」


 勇ましい声と共に馬で駆けてくる一団が一つ。

 それを見た瞬間呂布軍残党は地団太を踏んだ。
 けれども、数が多いからと勇み応戦する姿勢を見せる。

 ……巻き込まれた。


「うわぁ……。なんか面倒くさいことになったよ」


 鬱陶しそうに嘆息を漏らした蘇双とは裏腹に、趙雲は好機を得たとばかりに笑顔だった。


「喜べ蘇双、手っ取り早く話が済むかもしれないぞ」

「は?」


 趙雲は徐(おもむろ)に武器を構えた。

 数の差で袁紹軍は押されてしまう。
 劣勢の袁紹軍の中に、彼は飛び込んだ。


「せいやあああああ!!!」


 大剣を大きく薙ぐ――――。



‡‡‡




 たった一振り。
 それだけで、呂布軍は全て吹き飛ばされ小石のように地面に転がった。

 袁紹軍はどよめいた。


「!? な、なんだ!? 呂布軍全員倒されたぞ?」

「――――あ、あの剣士がやったんだ! 大剣一振りでこれだけの人間を倒すとは……!」


 感嘆の声に、感触の程を確かめる。

 けども、呂布軍残党の中で、いち早く起き上がった者が在った。
 たまたま前方にいた仲間が盾となって衝撃から逃れ得た彼は、弱り切った劉備と、見るからに戦えそうにない四凶を目にして斬りかかったのである。


「うあああぁぁぁぁ!!」


 人質に出来れば良い。
 彼にはそんな考えしか無かった。

 けれど、


「うっざ」

「え……?」


 視界が《浮いた》。


 いや、視界だけではない。
 身体が浮いている。
 はて、自分は跳んだだろうか。
 いいや、跳んでいない。だって跳ぶ必要が無い。

 では、これは何故――――。

 下を見下ろしてあっと声を漏らした。

 ……四凶の前にあるではないか。
 自分の《下半身》が。

 何だ、跳んでいるのは自分の上半身なのか。

 何だ、自分は、


 真っ二つに切断されたのか。


 理解した途端、彼の意識は一気に暗く沈んだ。



 四凶――――泉沈は手にした双剣を身体の中へと仕舞い込み、興味が無さそうに欠伸をした。


「な、何……だ、今の」

「し、四凶だ! 四凶が今真っ二つにした……!」


 あの場で収まっていれば、好感触だった。
 だのに、今ので全てが台無しだ。

 恐れ戦(おのの)いた袁紹軍の兵士達は一目散に逃げ出した。


「待ってくれ! 袁紹殿に――――」

「……あーあ。行っちゃった」


 趙雲の伸ばした手は誰にも届くことは無かった。

 全く悪びれた様子の無い泉沈は逃げ帰る袁紹軍を見送りながら、「あれ、放っておいて良いのー?」などと言っている。


「……仕方ない。泉沈が人間の世界では四凶であることを失念していた俺の落ち度だ。袁紹のもとに直接言って話をしてみよう」


 ぴくり、と泉沈の片眉が微動する。


「失念?」


 そんな訳がないだろうとでも言いたげに、趙雲を見やる。

 趙雲は彼の胡乱なま眼差しに苦笑を浮かべた。


「とにかく今は急ごう。劉備殿、さすがに今は俺に負ぶわれてくれないか」

「……でも、泉沈が、」

「泉沈なら、何処かに行ってしまわないように蘇双が見てくれる。頼めるか、蘇双」

「……分かった。目の届く場所にいる方がまだ安心だしね」


 ぼそりと呟いた蘇双は、やおら頷いた。

 ぐにゃり。
 泉沈の顔が歪む。



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