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――――遠い昔のこと。

 発案者は西王母だった。

 天帝はそれを許諾し一人の天仙に駒の作成を一任した。
 西王母の悩みの種では済まぬ程に、行き過ぎた女仙を殺す為だけの駒――――《四霊》を。

 天仙は三日三晩寝ずにそれを造り上げた。
 そして、それをある血族のもとに投下する。
 生み出された徒人(ただびと)ならぬ力を生まれ持った特殊な存在に、仙人一同大いなる期待を寄せた。

 しかし――――それは出来損ないだった。

 生体を完全に構築する為に齢十五までその血族のもと生活させたのが災いしたのか、或いはそもそもの欠陥があったのか。
 最初に造られた四霊(それ)は、まるで使命には向かぬ気性を持ってしまったのだ。その上、脆弱な身体になってしまった。

 二十の頃に現れた覚醒も、やはり望まれたものではなく。

 その後、再び新たな四霊が造られた。
 それは成長速度が早く、人の手を借りずに赤子から青年の姿となった。
 しかし、身体は脆く、女仙に容易く破壊される。

 それ以降も、ほとんどが女仙に力及ばず壊されるか、その強大さに恐怖し、自害を罰する凄絶な痛みすら耐えて自ら命を絶つばかり。

――――苦悩した天仙は、やがて一つの方法を思いつく。




‡‡‡




 幽谷はその場から、関羽に深々と頭を下げた。
 ようやっと見えた主。
 その隣から幽谷に向かって鋭い刃のような眼光を向けてくる男はいるが、それは今は黙殺しておく。

 幽谷は頭を上げた後、犀煉を見やった。手にした物を彼に投げつける。呂布に襲いかかる前に拾った彼の切断された腕だ。


「煉、後は私が」


 犀煉のことを気遣ってそう言ったのだけれど、彼はそれを拒絶する。


「俺がやる」

「その出血量じゃ満足に動けない筈よ。今は足手まといになるから、そこで大人しくしていて。……どうせ、私達は、」


 言葉を区切って、口角を弛めてみせる。

 犀煉は目を細めて幽谷を見据えた。

 ……自分達四霊のことは、ここに来るまでに恒浪牙に教えられた。
 役目を終えれば消える都合の良い存在だということも、知らされた。

 劉備や犀煉への疑問を有耶無耶にしてしまうことは残念でならないが、それが自分の生まれた理由であるのなら、それも仕方がないと無理矢理に割り切った。
 幽谷がそれを伝えるように頷いてみせると、彼は恒浪牙の肩に匕首を突き刺そうとし、避けられた。


「うわあ、何をするんだい。犀煉」

「五月蠅い、死ね」

「私は死ねない身体なんだよ。それは君も知っているだろう。あまり自分の身体に負担をかけるようなことはしないでくれ」


 犀煉をキツく叱りつけ恒浪牙は泉沈を呼びつける。彼に犀煉を守るように頼み、幽谷に歩み寄ってくる。


「魂はもう大丈夫なのかい?」


 幽谷は頷いた。
 一緒に行動していた筈の幽谷が恒浪牙と共に呂布達の間に割り込まなかったのは、少しばかり休んでいたからだ。
 頭を殴打され魂が身体から抜けかけたのを恒浪牙が術をかけて、暫し休ませていたのだった。
 それもあって今でも少しばかり思考に霞がかかっているが、呂布と戦うことには何ら問題は無い。

 幽谷が熱い視線を送ってくる呂布に向き直ると、不意に関羽が駆け寄ってきた。
 呂布に向かって走りだそうとしたところを腕を捕まれて阻まれてしまう。


「幽谷!! 本当に幽谷なのよね!?」


 前に回り込み、幽谷の顔を覗き込んでくる。
 あの時頭を下げたのだけれど、それでも関羽が確かめたいと思うのは偏(ひとえ)に犀華の存在だろう。

 彼女の存在も、幽谷は記憶していた。――――否、休んだ際にかけられた恒浪牙の術によって幽谷の中に蘇った。それはただの事故だ。それだけ自我もこの器も脆くなってきているのだ。

 幽谷は、彼女がどんな存在であるかも識(し)っていた。


「私は私です」


 そんな答えが正しくないことも、分かっている。
 幽谷は関羽の泣きそうな顔に負けて嘘をついた。愛しさが、幽谷の胸を容赦無く締め付けた。

 頭を撫でてやれば彼女は幽谷に抱きついた。

 それを、曹操は嫉妬に燃える痛ましい程の視線で睨んできた。
 関羽の心は、自身のところにあるというのに、彼はこれ以上何を望むのだろう。


「お退き下さい、関羽様。あれは、私が」


 しがみつく関羽をやんわりと剥がすと、彼女は大きくかぶりを振った。


「わたしも、戦うわ。幽谷一人に任せちゃ駄目だもの! また、震え出したらどうするの?」


 ああ、彼女はまだ身体の震えのことを気にしているのか。
 関羽がそのことを覚えていてくれたことが、少しだけ嬉しかった。

 しかし関羽の身体をそっと押して曹操を示す。


「あなたがいるべきは、ここではないでしょう?」


 そう諭し、呂布を見やる。

 どうせ、どうせ。
 自分の生まれた意味を果たせば自分に存在価値は無くなる。
 再び関羽の下に、など望んでも叶わないのだ。

 ここで共闘などしてその思いを強めてしまえば消える時が辛い。

 関羽はもう自分から離れてしまった。
 彼女には自分は必要無い。
 そう思って消えた方が、良い。

 本心を殺し、幽谷は呂布を呼んだ。

 呂布は、関羽と幽谷が抱き合っていたところをうっとりと眺めていた。一体今の何処にうっとりとすることがあるのか、彼女の感覚は謎だ。もっとも、理解したいとは毛程も思わないが。


「四霊として、使命を全うします」

「残念ですわ。饕餮ちゃん。あなたや子猫ちゃんなら、わたくし、永遠に可愛がって差し上げられましたのに」


 そう言う割には、彼女は期待に口端がつり上がっている。
 幽谷と戦えることに、彼女が心から狂喜しているとは幽谷でも分かった。今まで数多の四霊を殺してきた呂布は、今回も己の勝利を疑わない。

 その顔を崩すのは、いつだろうか。
 唇を舐めながら、幽谷は腰を低くする――――。



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