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曹操に襲いかかった呂布の力は、女とは思えなかった。
関羽も曹操に加勢するが、それでも劣勢。二人の連携で攻めても、呂布の剛力には敵いはしない。
「あ、あの人……本当に、」
私達と同じ人、なの?
震える身体を抱き締めてその場から逃げられずに三人の激しすぎる攻防を傍観していると、隣に誰かが膝をついた。
「怪我は無いか、砂嵐」
「! か、夏侯惇、様……」
呂布の隙を見てこちらに来てくれたのか、夏侯惇が砂嵐の背中に手を添えて顔を覗き込んできた。その後ろには周囲を警戒する夏侯淵も。
途端、また涙腺が弛んで涙が溢れ出した。
「……っ、ご、ごめ、なさい。私、ご迷惑を……! 私、あの人に殺されそうになった子供を、助けようと、して……そうしたらどうしてか、こんなことになって……っ」
「わ、分かった。もう大丈夫だ。お前の兄も戦場にいるのか」
かぶりを振って否とする。
「義兄は、まだ徐州に残って……」
「そうか。ではお前は兵士達と共に本陣に……」
「三人共逃げて!!」
関羽の鋭い声に砂嵐が顔を上げる暇すら無かった。
砂嵐の身体を夏侯惇が抱き上げその場から離れる。
直後――――、砂嵐達がいた場所に戦斧が深々と突き刺さった。
私も、殺す気だった……?
砂嵐は戦慄し思わず夏侯惇の服をぎゅっと握り締める。
呂布は憎らしげにこちらを睨めつけていた。
関羽と曹操はやや離れた場所で体勢を崩してしまっている。
「曹操のみならず貴方達まで……わたくしの砂嵐ちゃんに触らないでいただけませんこと?」
「彼女を無理矢理連れてきたのだろう」
「嫌がられてることも分からないとは、お笑い草だな」
夏侯惇は砂嵐を地面に下ろすと背中に庇う。
夏侯淵と目配せして得物を構えた。
けれども――――。
『何をやっているんだい、呂布』
砂嵐の背後に誰かが出現する。
振り返ろうとした瞬間、身体が何かに弾かれた。
視界が回る。
……衝撃。
「か、は……っ」
「砂嵐!!」
その場にうずくまりながら、何とか意識を繋ぎ止める。
今度は何者かと、痛む身体に鞭打って顔を上げれば、そこには青年がいる。
絶世の美を備えた、漆黒の青年だ。
目を伏せているのは見えないからだろうか。秀麗過ぎる顔なのに、その瞳が見えないことが何とも惜しい。
黒髪は地面に届こう程に長く、艶やかだ。
漆黒に白の刺繍が踊るゆったりとした衣服は砂嵐の目にも相当な仕立ての物であろうと察せられる。
その出で立ちは神々しく、まるで静かな闇を纏う聖人だった。
『何をしているんだい。呂布』
目を奪われかけた砂嵐は彼が呂布に話しかけたのに我に返った。
あの人、呂布の味方なんだわ。
このままでは夏侯惇達が、危ない。
「貴方……、覚醒するのは止めていただけませんこと? わたくし、貴方は大嫌いですの。可愛い女の子ではないんですもの。せめて意識は彼女に渡して下さいな」
呂布は不愉快そうに鼻を鳴らした。
『残念だったね。ついさっきまで、あの子だったのだけれど、限界が来て僕が後退せざるを得なかったんだ。まあ、ままに勝手に動かされてしまうのだけれど』
そこで青年は砂嵐に笑いかける。目が見えていないとは、間違いだったのか。顔はしっかりと砂嵐に向けられていた。
『ごめんね。どうも、相方がご機嫌斜めのようで、八つ当たりしてしまったようだ。一応僕が制限をかけたのだけれど、身体は大丈夫かな?』
儚げな笑みを浮かべる青年の声は、二重に重なっているかのようだった。高い声と低い声のように思えるが……何故だろうか。
呆けたように青年を見上げていると、夏侯惇が青年の様子を窺いながら彼女に駆け寄ってくる。手を貸して起こしてくれた。
それに謝罪と礼を重ねて告げると、青年が呂布に、
『まあ、取り敢えずそちらの方は大丈夫そうですし……この姿になって僕の意識が出てきた以上、天帝の命に従って呂布、君を抹殺しなければならないんだ』
呂布はくすりと笑う。
「それは無理ではなくて? 百年もずっとわたくしを殺せたことがありませんもの。貴方も己の身体が出来損ないであることくらい自覚してるのではありませんか」
青年は苦虫を噛み潰したような顔をした。
『……そりゃあ、ね。確かに僕は調整も何もかも不完全だ。だから僕だけでは君を殺すことは出来ないだろう』
けれどここには僕だけがいる訳ではない。
手を貸せば何とかなるだろうと言った彼は、徐(おもむろ)に手を翳(かざ)した。
すると呂布が目を細めてその場から後ろに跳躍した。
直後に地面から水柱が立ってぐにゃりと歪曲(わいきょく)し巨大な龍となる。
大きなあぎとを開いて呂布に突進するも、呂布の戦斧に引き裂かれ霧散した。
ふふんと鼻を鳴らして彼女は顎を少しだけ逸らした。
青年は顎に手を添えて思案する。
『ううん。やっぱり全力で行かなければ君の調子も崩せないだろうか』
「わたくし、貴方と戦ったってちっとも面白くありませんわ。黒猫ちゃんや饕餮ちゃんみたいに可愛い子と遊びたいんですの。そうでなければ、何処かに行っておしまいなさいな。わたくし、子猫ちゃんの目を覚まして差し上げなくてはなりませんのよ」
『ははは、完全に眼中に無いってことですか……昔から分かり切っていたことなのですが、それでも天帝の名は絶対なのでね。一応それなりに頑張っておかないと、仙人達があの子を馬鹿にするんだ。そればかりは憐れでならない』
「ですから、黒猫ちゃんも饕餮ちゃんも、わたくしのものになればよろしいのですわ。そうすればずっと崑崙で大人しくしていますわ。約束しましてよ」
『あの子は嫌だそうだ』
苦笑混じりに青年は腰を低くし、身構える。
刹那――――彼の足下に摩訶不思議な円型の模様が浮かび上がったではないか!
それはくるくると右回りに巡り、文字の羅列が浮かんでは消え、幾つもの円が中心から生まれて重なっていく。
彼の正体も分からないままに、事態だけが急速に展開していった。
砂嵐は夏侯惇に寄り添うように立って、青年と呂布を見比べた。
……どうしてだろうか。
胸が、やけにざわめく――――。
「――――何をしている」
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