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 どういうことなの!?
 関羽は城の中を一心に走り抜けた。
 意味が分からない。何が起こっているというのか。
 何故、曹操は教えてくれなかったのか!


『知らぬと言っている! そもそも十三支はもう、お前にとって関係のないことだ。これ以上気にかけるな』


 泉沈がこの兌州にやってくる少し前、関羽は曹操に猫族の情報を乞うたことがある。
 その時彼は声を荒げて返答を拒絶した。
 泉沈に聞いた後は彼にはそのことを話さなかったが、もしあの時すでに猫族が徐州にいることを知っていながら、関羽に教えなかったとしたら――――。


「どうして何も言ってくれなかったの? 曹操……!」


 徐州のみならず、そこに住んでいるという猫族が危険だというのに。
 むくむくと曹操に対する不信感が膨れ上がっていく。

 それを何とか押し込めたくて、関羽は曹操の姿を必死の体(てい)で探した。

 通りがかった兵士に訊ねると、曹操は謁見の間にいるとのこと。
 彼の言葉を最後まで聞かずに謁見の間を訪れると、久しく聞いていなかった声が聞こえてきた。


「待ってくれ! この国にとっても呂布が徐州を治めるのは、望まぬことのはず」

「しつこいぞ、趙雲。援軍は出さぬ」

「くっ……」


 この声……趙雲だわ。
 関羽は謁見の間に飛び込んだ。

 曹操が眉根を寄せ、趙雲が振り返って目を剥いた。

 関羽は曹操を強く見据えた。


「……曹操、どういうこと?」


 趙雲は立ち上がって関羽に駆け寄った。彼女の細い肩を掴んで軽く揺さぶった。


「まさかとは思っていたが、お前は本当にここにいたのか! 俺たちがどれ程お前達を探したか! 幽谷もここにいるんだろう?」


 関羽はその人名が出た途端、眦を下げて俯いた。


「趙雲、心配かけてしまってごめんなさい……。幽谷は、わたしの側にはいないわ。徐州での戦で犀煉にさらわれて、そのまま行方が分からなくなっているの」


 そう言うと、趙雲は「そうか……」と気落ちした声。
 再び謝罪した。


「いいや、お前が元気ならいいんだ。幽谷の強さなら、きっと何処が出無事でいるに決まってる。今頃お前を探している筈だ。今は、こうしてお前に会えた。それが何よりだ……」

「趙雲……そうよね。幽谷なら――――」

「何をしに来た」


 二人の会話を遮ったのは曹操だ。
 不機嫌そうに関羽を睨み、声色低く問いかける。

 関羽はむっと眉間に皺を寄せた。趙雲の手をやんわりと退かし、彼に向き直った。


「……曹操、聞いたわ。猫族のみんながいる徐州が呂布に攻められているって! どういうことなの!? どうして教えてくれなかったの! この間も、猫族のこと聞いたのにあなた、知らないと言っていたわ! どうしてなの? 泉沈が教えてくれなかったら、私、猫族のみんなが何処にいるのか分からないままだったわ……!」


 瞬間、曹操が舌打ちした。
 ふいと顔を逸らす彼に、今度は趙雲に問いかける。


「趙雲、みんなは、みんなは無事なの!?」


 趙雲は関羽から一瞬だけ目を逸らし、言いにくそうに口を開いた。


「俺にもわからないんだ。先ほど聞いた話では、すでに徐州城は陥落してしまったとのことなんだが……」

「そんな!! すぐにみんなを助けないと! それに、砂嵐達にも徐州に行かないように言わないと……趙雲、今すぐ徐州に行きましょう!」

「お前が徐州に向かうだと? お前にそんな勝手が許されるとでも思っているのか」


 怒気を孕んだ指摘にはっと関羽は口を噤んだ。
――――そうだ。自分は今曹操軍の武将である。勝手な行動は出来ない。
 下唇を噛み締めて彼女は曹操を睨みつけた。

 それを、趙雲が宥める。


「落ち着くんだ。俺とお前が行ったところで何にもならない。相手は呂布軍、その数五万だ」

「五万……!」

「俺はここに援軍を頼みに来たんだ。公孫賛様が亡くなり幽州の援軍は望めない。頼れるのはもう、ここしかないんだ!」

「!?」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃だ。
 公孫賛様が、亡くなった?
 そんな……!


「曹操、お願い! 援軍を出して! 徐州を助けて! 猫族のみんなを助けて!!」


 曹操は無言。目を伏せ、柳眉を顰めたまま思案に耽った。
 関羽がもう一度曹操を呼ぶと、


「……お前はやはり、一族が一番なのだな」


 関羽は瞠目した。
 それを問いかけようとしたけれども、その前に彼はぴしゃりと言い放った。


「援軍は出さぬ。話は以上だ」


 そして、早足に部屋を出ていってしまうのだ。


「そ、そんな……! 待って! 曹操! 曹操!!」


 彼は、立ち止まってはくれなかった。
 だが、ここで諦めてはいけない。呂布の悪癖を良く知っているからこそ、このまま徐州を放っておくことは出来ない。

 何としてでも援軍を出してもらって、みんなを助けなくっちゃ!!
 関羽は歯噛みし、趙雲を振り返る。


「趙雲はここで待っていて。わたし必ず曹操を説得してみせるわ」

「あ、ああ!」


 関羽は趙雲に頷きかけて、曹操の後を追いかけた。



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