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 山の中、薬の材料を採取に歩いていると、ふと砂嵐は前方に見知らぬ姿を見つけた。
 金髪の、優しげな青年である。何処ぞの武将のようではあるが、その鷹揚な所作には優雅さも感じられる。高貴な身の上の人間なのかもしれない。

 こんな山の中で武将と出会うなんて、少々驚いた。
 彼もまた、砂嵐の姿に足を止めて不思議そうに首を傾けた。けれど、すぐに微笑んで頭を下げた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは……」


 砂嵐も慌てて頭を下げた。


「失礼ですが、兌州はこちらでよろしいのでしょうか?」

「あ、は、はい。この山道を下っていきますと、町がございます」


 青年は砂嵐に笑いかけて謝辞を述べると、そのまま脇を通り過ぎて山道を下っていった。

 綺麗な青年であった。女の自分よりも、ずっと、ずっと。
 「良いなぁ」と小さく呟いて、砂嵐は再び薬草の採取を再開した。



‡‡‡




 念の為に夏侯惇の分も確保しておいたが、今日は彼が来る様子は無い。

 恒浪牙に相談すると、城の兵士に渡すように頼んでみたらどうかと言われた。
 確かに、それなら確実に渡せるだろうし、迷惑にもならないだろう。
 砂嵐は恒浪牙に断りを入れ、一人城へと赴いた。

 しかし、城を訪れるのは初めてだ。
 そう考えると、どうにも緊張してしまう。

 心無し背筋を伸ばして城門の前に向かうと、店の常連の兵士のようで、砂嵐を見るなり朗らかに応対してくれた。おかげで緊張が少しだけ解れた。


「おお、お前は薬売りの。城に何か用か」

「はい。夏侯惇様に、薬の材料をお分けしたくて参ったのです。どうかこれを、夏侯惇様にお渡し願えないでしょうか?」

「夏侯惇様に? 分かった。だが、まさか夏侯惇様もお前達の店を利用なされていたのか?」


 砂嵐は頷いた。
 兵士達の噂で店に来たことを話すと、納得してくれた。


「では、確かに渡しておこう」

「ありがとうございます」


 にこやかに頭を下げると、不意に後ろに馬車が止まった。
 振り返ろうとすると、兵士がさっと彼女の腕を引いて門の脇にやる。

 何事かと思うと、馬車から優雅な所作で降りてきたのは高貴な女性だ。とても見目麗しく容易く手折れてしまいそうな、まさしく深窓の姫君。
 砂嵐は咄嗟に兵士と共に拱手して深々と頭を下げた。

 すると、鼻で笑われた。
 庶民の砂嵐を嗤(わら)ったのだ。

 だが、さして腹が立つことも無い。だって、自分と彼女では雲泥の差だ。釣り合う釣り合わないという言葉すらおこがましい。

 彼女とその侍女達が門を通り抜けて城の中に入っていった後頭を上げると、兵士達が砂嵐を心配そうに顔を覗き込んできた。


「砂嵐、気にすることは無いからな。高貴な女というものは得てしてああいうものだ」

「あ、平気です。私と姫君なんて、比べるのさえ失礼だと思いますし」

「まあ、気を悪くしてないんだったら良いんだが……」

「はい。薬の材料の方、どうかよろしくお願い致しますね」


 砂嵐が一礼すると、兵士は頷いてくれた。

 砂嵐は、謝辞を述べてきびすを返した。
 するとその時だ。


「砂嵐!」

「あら……関羽さん」


 城の中から走ってきた猫族の少女に、砂嵐は足を止めた。

 関羽は彼女の前に立つと、嬉しそうに笑う。


「今日は城を出て良いの?」

「ええ。二人のところに行こうとしていたから、丁度良かったわ。でも、今日はどうしたの? 城に来るなんて初めてではないかしら」


 砂嵐は頷き、夏侯惇に薬の材料を分けに来たのだと説明した。
 関羽は少しばかり驚いていたようだが、納得もしてくれた。


「でも薬の作り方なら、私も教えてもらいたいわ。

「なら、義兄さんにお願いしてみましょう」

「ええ、ありがとう。ところで、さっき綺麗な人が夏侯惇に会いに行っていたんだけど……」


 夏侯惇に……。
 ならば、婚約者か何かなのかもしれない。

 夏侯惇も年頃だ。婚約者がいてもおかしくない。

 身分の高い人間は、親から結婚相手を決められると恒浪牙から聞いたことがある。彼らもそんな関係なのだろうか?

 だとしたら、ちょっと寂しいかも。
 好きな人と恋愛して、夫婦になって、子供を授かって――――そんな暮らしは望めないのだ。
 地位が高い人間とは何かと拘束されて好きに出来ない。
 自分の人生を誰かに決められてしまうなんて、とても悲しい。

 つくづく自分とは程遠い世界なのだと身に染みて分かった。


「でも、高貴なお方って、私初めて拝見したわ。とても綺麗な召し物や装飾品……私とはまるで違う世界の人なんだって、改めて分かったというか……」

「あら、砂嵐も綺麗よ。眼帯をしているのが勿体ないくらい」


 眼帯……。
 砂嵐はそっと眼帯に触れた。
 眼帯の下には、ちゃんと目がある。

 けれども見えない訳でも、傷をしていた訳でもない。
 ただ、自分の相貌は不吉な出生を表し、一般から敬遠されるようなものだからと恒浪牙に眼帯で片目を隠すように勧められたのだ。

 自分の目を見たことが無いから何とも言えないけれど、恒浪牙が言うのならそうなのだろう。
 曖昧に笑って、砂嵐は関羽に謝辞を述べた。



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