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薬を売っていると、自然と曹操軍の兵士達も薬を求めて訪れるようになった。
傷の治りが早いとの評判で、人伝に広がっているようだ。ありがたい話である。
半月も経たぬ内に、店は繁盛した。
今では常連も二桁程にも増え、ここに予定より長く滞在することも、恒浪牙は考え始めているようだ。
それが砂嵐のおかげだと義兄に感謝されることが彼女はとても嬉しかった。
記憶は無くとも、恒浪牙とのこうした生活が快適だった。記憶が戻れば、もっと良いのだが。
そして、喜ばしいことはもう一つ。
初めての友人が出来たのだ。
恒浪牙の話によれば、記憶が失われる前の彼女も、一つところに留まらない生活から親しい友人は持ったことが無いらしい。
だから、笑って話せる同性の友人が出来たことが心から嬉しかった。
「砂嵐!」
その友人が、店にやってくる。
砂嵐は途端に花のような笑顔を浮かべた。
「おやあ、関羽さん。今日もいらっしゃったんですね」
朗笑を浮かべ、恒浪牙が薬を並べ直す手を止めた。
友人――――猫族の少女関羽は砂嵐の前に立って笑いかけた。恒浪牙にも頭を下げた。
砂嵐は「いらっしゃい」と声をかける。
「今日も、薬を?」
「いいえ。二人に差し入れを持ってきたの」
彼女が砂嵐に差し出したのは、小さな包みだ。
受け取って開けば、菓子。
関羽の手作りなのだろうか。
砂嵐が謝辞を述べると、関羽は首を左右に振って、「毎日お疲れ様」と微笑む。
「いつも薬をありがとう。傷薬も良く効くし、本当に助かってるわ」
「それは良かった。では不眠症の薬も?」
恒浪牙が問いかけると、関羽は一瞬固まって申し訳なさそうに眦を下げた。
「それが、やっぱり効果が無いみたいで……。あ、でも最近は眠れる方法を見つけたの!」
「そうでしたか。お役に立てなくて本当に申し訳ありません」
恒浪牙の薬は確かな効果があると有名である。
それでも、やはり効くかどうかは個人の身体に左右されるものだ。副作用は催眠効果や多少の肌荒れなど、命に害を及ぼす程ではないが、個人差で強く出てしまう場合だってある。
副作用の心配は無いようだが、望んだ効果が無かったのはとても残念だ。
恒浪牙が眉を八の字にして謝罪すると、関羽は慌てて否定した。
「そんな! たまたまだと思うわ。効かない人もいるんでしょう?」
「ええ。効果には個人差があるから、誰にもという訳にはいかないの。義兄さんもその点を改善しようとしているのだけど、上手くいかないみたいで」
頬に手を添えて砂嵐が言う。
恒浪牙が苦笑混じりに顎を撫でた。
「勉強不足なんだよ。私もまだまだだと言うことだ。……ああ、そうだ。効果が無かったのでしたらお代はお返ししましょう」
「え? いいえ! 大丈夫です。わたしには効果があるみたいだから……」
「あら、あなたも不眠症なの?」
「あ、ううん。でも、その……服用して朝起きると、凄く気持ちが良くて。それに、ほっとするって言うか……」
精神を落ち着かせる効果も入っているから、それは当然のことだ。
だが、まさか不眠症の薬が不眠症でない関羽に使われているとは。大概の客は、効かなかったと相談にくる。そして満足出来なかったのならと返金したり、特別に調合をしたりするので、そういう客は結構多いのだ。
恒浪牙は小さく吹き出した。
「目的とは微妙に違いますが、まあ、お役に立っているのであれば良かった。では、何かありましたら何でもお申し付け下さいね」
「はい。その時はまたお願いします」
「じゃあ、砂嵐。少しだけ、休憩がてら関羽さんと散歩でもしておいで。今は客足も落ち着いているから」
砂嵐は頷いた。恒浪牙に包みを手渡し、関羽に笑いかける。
「関羽さん。良いかしら」
「ええ。わたしも丁度時間が空いているから」
関羽は二つ返事で了承した。
‡‡‡
やはり、彼女は何処か幽谷に似ている。
勿論容姿は似ていないけれど、何というか、所々に見る仕草が彼女と被ってしまうのだ。
けれど、性格は彼女とは違う。とてもお淑やかな女性だ。戦えそうにもない。
……幽谷は今、無事なのかしら……。
関羽はほうと吐息を漏らした。
それに、砂嵐が首を傾ける。
「関羽さん、どうかしたの?」
「……ううん。ちょっと、友達が今行方不明で」
「まあ……行方不明。何か手がかりは無いの?」
関羽は目を伏せてかぶりを振る。
犀華と会って以来、幽谷の消息は、些細な手がかりすら掴めていなかった。広く間者を飛ばしているというのに、全く引っかからないのだ。
幽谷は元々兇手(きょうしゅ)――――暗殺を生業にしていた身の上だし、犀煉が付いているのであれば幽谷を隠すことぐらいは簡単だろう。
「幽谷っていう名前なんだけどね。数年前から一緒にいるの。丁度、砂嵐くらいの年かしらね。とても強くて、頼りがいがある人なの。だから、わたしもつい頼り過ぎちゃって……迷惑をかけていたと思うわ」
しかし、幽谷は関羽を主と仰ぎ、友人と言ってくれる。迷惑だとは、彼女自身は思っていないだろう。だが、少なからず負担にはなっていた筈だ。
犀煉がわたし達の側に置いておけないと言ったのも、それが原因なのかもしれないわ。
しゅんと肩を下げてしまった関羽に、砂嵐は困ったように微笑み、ふと頭を撫でた。
「その人、早く見つかると良いわね……」
でないと、謝れないもの。
優しく語りかける彼女に、関羽は顔を上げ、こくりと頷いた。
されどもやはり、彼女の笑顔が幽谷と重なってしまう――――。
自分は、相当重症のようだ。
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