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「曹操軍第三部隊、出撃ー!!」
関羽は声を張り上げた。
直後、彼女の後ろで兵士達が喊声(かんせい)を上げる。
同時に馬を駆け、正面に構える袁紹軍へと突進した。
関羽の隣には曹操。
策の成功は、関羽と曹操にかかっている。
「曹操、手筈どおりに! わたしが合図したら二手に別れるわよ!」
手綱を握り締めながら、関羽は曹操に声をかける。轟く声や音にに負けぬようにと、怒鳴るような声になってしまった。
曹操は笑った。
「私に指図するか。いいだろう。今回はお前の戦だ。大人しく従おう」
頷いて、前を見据える。
もう少し近付けば、きっと左右の部隊が出てくる筈だ。
「左右から軍が出てこない場合はどうするのだ?」
「そのまま突破! 正面の陣を叩くだけよ!」
「そうだな」
関羽は唇を引き結び、それ以後何も話さなくなった。曹操も然り。ただただ、真っ直ぐに袁紹軍を目指す。策を成功させる為に――――。
陣の先頭がはっきりと見えてきた頃、
「今だー!! 一気に挟み撃ちだー!!」
「おおー!!」
来た!
「曹操、今よ!!」
曹操は頷いて、兵士に呼びかけた。
「我が隊は私に続けー!! 左に旋回だ!」
「こっちもいくわ! 右旋回開始ー!!」
関羽は手綱を引き、右足を前に左足を後ろにそれぞれややずらした。
馬はそれに応じ、右に曲がる。
兵士達は、それぞれの先頭に従った。
ここからだ。
ここから回り込み、残った部隊が叩く――――!
「続け――!!」
咽が嗄れてしまうのも構わず、関羽は大音声で兵士達に声をかける。
急な旋回をしつつ敵を攻撃するなど、無茶な話である。ともすれば、落馬してしまう。
それでも、関羽は偃月刀を薙いだ。
兵士は自分の働きを見る。それもあってか、彼女は兵士以上に勇んでいた。袁紹軍を圧倒し敵を斬り倒していいく。
急げ、回り込め!
関羽の裂帛(れっぱく)の気合いは兵士達の士気すらも揺るがした。
「な、なんだ、奇襲をかけたのは我が軍の方ではないのか!? なぜ我々が囲まれているのだ!!」
「せやああ!!」
「ぎゃああああ!!」
身体を倒し、首を掻き斬る。そして、体勢を戻す。危ういが、全く体勢を崩すことは無い。
彼女の武に兵士達は敵味方関係なく気圧された。
「くそっ! 引き離される!!」
「頑張って! あともう少しよ!! ここを回りきればあとは抜けるだけ! そうすれば、残り部隊が一気に畳み掛けてくれるわ!! だから、頑張って!!」
関羽は振り返らずに兵士に激励を飛ばす。
反発するか――――否、兵士達の目には更に強靱な光が宿った。それは、まったき闘志である。
「くそ! 十三支の娘に言われるとはな! 第三部隊の意地を見せてやるぞ!!」
「おおー!!」
兵士達はより一層、奮い立ったのだ!
‡‡‡
敵の奇襲部隊は総崩れ。
もはや勝利は近い。誰もがそれを肌で感じ取っていた。更に更に士気は上がる。
あとは、夏侯惇達が叩けば――――!
「攻撃はもういいわ! ここからは走るだけ!! 一気に行くわよ!!」
「ハッ!!」
急な旋回は続く。
そして――――。
「ゆけぇ! 夏侯惇! 夏侯淵! 残りの仕事、お前たちに託した! 一気に敵陣を叩くのだ!!」
曹操の鋭い声が空気を震わせた。
それと同時に、彼の部隊と関羽の部隊は止まる。
夏侯惇達の部隊が通り過ぎるのを見やり、曹操と関羽は合流した。息も絶え絶えの彼女とは違い、曹操は息一つ乱さず、平然としている。
「関羽よ、よく無事に戻ったな」
「はぁ、はぁ……あなたも無事でよかった」
そう笑いかけると、彼は僅かに肩を落として薄く笑う。
「お前に心配されるか。何はともあれ作戦は成功のようだな」
いいえ、まだよ。
関羽はかぶりを振った。
「一呼吸ついたら夏侯惇たちの援護に行くわ。わたしたちが攪乱したのはあくまで左右の部隊。まだ正面の文醜が残ってる!」
夏侯惇達の部隊の方を見やって、関羽は唇を引き結んだ。兵士達を振り返り、見渡した。
「みんな無事? 怪我をした人はいる? 出られる人はこれから夏侯惇たちの援護に行くわよ」
「大丈夫です! 我々はまだまだ戦えます!」
「先ほどの旋回作戦では、ついて行くのが精一杯でした。次こそ必ず活躍して見せます!」
「わかった! よし、行くわよ!!」
さすがは、曹操軍の精鋭を集めた第三部隊。関羽のように疲労はあるものの、闘志は消えてはいない。
関羽はそれに勇気づけられるような思いで馬を走らせた。
文醜の武はそれだけでも十分脅威だ。
決まった勝利を覆らされることも有り得る。
この戦、彼を倒してこそ真の勝利と言えよう。
関羽は兵士達と共に猛進する!
‡‡‡
「ぐうっ!!」
「がぁああ!!」
夏侯惇達が、文醜と刃を交えている。
されど、袁紹軍が二虎将軍には二人でも苦戦を強いられているようだ。
「私は文醜の元へ行く。お前はこのまま正面部隊を掃討せよ!」
「わかったわ! みんな、正面部隊を叩くわよ!」
関羽が僅かに速度を弛めれば曹操が彼女を追い越し、文醜のもとへと駆けていく。
彼の力量ならば、大丈夫。
関羽は手前で手綱を引いて得物を振るった。
「おい見ろ! 曹操様と十三支の娘だ! あの娘、あんなにすごい作戦を遂行した上にまだ戦おうというのか!」
「十三支の娘め、余計な真似を! ここは俺らだけで十分だというのに!」
そんな声が聞こえる。
だが、そんなのはどうでも良い。
わたしは将。みんなの命はわたしにかかっている!
自身を奮い立たせて刃を振るう。
「みんな大丈夫? 援軍に来たわよ!」
「大丈夫か!? 俺たちも助太刀する!」
「し、しかし……!?」
あの作戦で疲れているのでは?
そう問おうとした兵士の言葉は、援軍の兵士によって消されてしまった。
「いや、大丈夫だ! それにさっきの作戦行動はほとんど十三支の娘がやったんだ。俺たちはこっからが出番だ! 名誉挽回するんだ!」
「なんだなんだ、みんなして十三支の娘なぞ持ち上げて!」
一人の兵士が関羽を睨みつけてくる。鋭い眼光には敵意と憎悪、そして嫉妬が窺えた。
それで良い。まだ、自分は彼らの信に足る将ではないということだから。
今はとにかく袁紹軍を退かせなければ!
関羽は彼らから目を離し、近くの袁紹軍兵士を斬り捨てた。
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