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 二人が戻ると、待ちかねたように糜竺が結果を訊いてきた。

 だが、彼らが待ち望んだ結果にはならず。曹操が和平に応じなかったことを伝えると彼らは一様に落胆した。


「そう……か、説得は失敗じゃったか」

「わたしの力が及ばず、申し訳ございませんでした」


 頭を下げる関羽に従い、幽谷もこうべを垂れた。

 陶謙は弱々しく笑い、首を左右に振った。穏やかに労いの言葉をかけてくれる。


「曹操の襲撃が明朝だと分かっただけで十分じゃ」

「陶謙様、どうするおつもりで?」

「一晩あったところで、曹操を負かす策は見つからぬじゃろう」


 大人しく降伏するより他はない。
 諦めたように、彼は告げた。されど、苦痛の滲むかんばせは、それを受け入れてはいない。
 彼は優しい人物だ。徐州が曹操の手に渡り、民達が彼の野望の駒にされることを憂えているのだった。

 陶謙はそこで黙り込み、また笑んだ。


「どうせ徐州が曹操の手に渡るのであれば、わしは刺史としての矜持を貫こうと思う。最後まで、抵抗しようと思うんじゃ」

「陶謙様、ご立派なご判断です」


 自分も果てまでついて行くと、糜竺は彼に大きく頷いてみせる。


「ただ、こんな年寄りの我が儘に他国の者を付き合わすわけにはいかぬの」


 関羽達に頭を下げ、北平へ帰って欲しいと願う。
 勿論、それで納得出来る彼らではない。


「このままここに残ったところで、わしと共に曹操に滅ぼされてしまうだけじゃ。死にゆく老いぼれの頼みじゃ。お主らは、生き延びておくれ」


 嘆願に似た陶謙の言葉に関羽は口を噤む。

 承伏しかねるような面持ちの猫族を見やり、幽谷は思案する。
 本当にこれで良いのだろうか。
 幽谷一人で虎牢関のあの時のように曹操軍を蹂躙すれば早い。その隙に誰かが曹操を討てば戦はそれで終わるのだ。だが関羽達は危険だからとそれを承知してはくれないだろう。かといって徐州に攻め寄せた曹操軍を徐州の兵に任せて自分達が背後を突くなんてことも、難しいし大きな被害も予想される。

 どうすれば――――。


「――――まず、俺と幽谷が気配を殺し軍の中央部に入り込み、動き出した瞬間に中を崩す」

「っ、誰!?」


 幽谷は咄嗟に関羽を背に庇い匕首を手に取った。
 そして、驚愕。


「な……っ!」

「あ、あなたは!」


 赤い目が幽谷を射抜く。
 柱の影から現れたのは、犀煉だったのだ!

 幽谷は彼の前に立った。身構えて睨みつける。

 犀煉は鼻を鳴らして言葉を続けた。


「公孫賛の軍は曹操軍の背後から奇襲。猫族は徐州城門の前で敵の先陣を受け止める。そして、そこの娘が幽谷と合流しそのまま曹操へ肉迫。その際の援護は俺が引き受けよう」


 ……何を言っているんだ、この男は。
 幽谷が困惑して匕首を下ろして問いかけようとすると、その前に趙雲が彼女の腕を引いた。その前に世平が立つ。


「ちょっと待て。何故呂布に従うお前がここにいて、そんなことを言う」

「呂布様からの命令だ。あの方は、そこの娘にも幽谷にも余程ご執心らしい。安心しろ、お前達をどうこうするつもりは毛頭無い。そうしたところで何の利益も生じない。どうする? 四凶がもう一人増えるのだ、戦力は相当膨れ上がるが」

「し、四凶ですって……!?」

「なんと、呂布の配下にも四凶がおったとは……」


 糜竺と陶謙が驚く。
 犀煉はそれを気にも留めずに関羽を見やった。


「お前が許可するなら俺は一時だけお前達に加わる。拒むならばここでさよならだ」

「え……」

「煉」


 咎めるように犀煉を呼んだ幽谷は、しかし趙雲に背後に追いやられ彼に近付くことを許してもらえない。

 関羽は迷うように視線をさまよわせた。張飛達が反対するのに頷きながら、思案する。
――――やがて、


「……お願い。曹操を止めたいの」

「関羽様!」

「姉貴!」

「関羽、こいつは呂布の部下なんだぞ。幽谷に何をするか……」


 世平がそのように言うのも良く分かる。

 けども、関羽は意見を翻しはしなかった。
 犀煉を見据え、「お願い」と。


「本当に良いんだな?」

「ええ。あなたが強いのは、良く分かってるから」

「分かった。ならば、先刻言った戦術で行け。配置については後程伝える。良いな、幽谷」


 趙雲の背後に隠されたままの幽谷に声をかければ、彼女はその影から身体を倒して犀煉を見据える。探るような瞳を、犀煉は甘んじた。


「あなたは、何を考えているの」

「何も。部下は主人の命に従うのみだ。お前もそうだろう」


 「そうだけれど……」幽谷は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

 犀煉は鼻で笑った。


「人間らしいのは、お前には似合わん。俺達は忌むべき芥(ごみ)なのだ」

「幽谷はお前とはちげーんだよ!!」


 張飛が噛みついた。
 関羽達が宥めるが彼の敵意の滲んだ眼差しは犀煉を逃さない。

 幽谷は張飛の様子に趙雲に一言謝って手を離し、犀煉に駆け寄った。彼はこの場にいない方が良い。そう判断した。


「煉。一旦出ましょう」

「元よりそのつもりだ。必要以上に馴れ合うつもりはないのでな。――――それに」


 獣化されても面倒だ。
 直後、張飛が動きを止める。目を丸くして、大人しくなった。

 彼にとって、まだその記憶は忌まわしいのだ。人間の前で暴露したばかりか、精神の不安定な時期の彼に思い出したくもない記憶を呼び覚まさせるなんて、あまりに酷い。
 幽谷は思わず声を張り上げた。


「煉!!」

「事実だろう」

「そんな――――」


 犀煉は張飛を冷たく一瞥すると幽谷の腕を掴んで広間を大股に出て行く。
 張飛に言葉をかけてやりたいのに――――彼は立ち止まることすら許さずに幽谷を連れ出した。



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