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「何っ! それでは曹操は徐州を攻めるとそう言ったのか!?」
幽州に戻った後、公孫賛、公孫越両名に情報を伝えたところ、驚愕に満ちた鋭い声が飛んだ。
この情報に、間違いは無い。幽谷の調査が裏付けている。
関羽は真摯な表情で頷いた。
公孫賛は大仰に吐息を漏らす。
「……そうか徐州、陶謙殿のところを攻めるか、曹操よ」
「公孫賛様、わたし国のことはあまりよく知らないのですが、徐州って……」
関羽が問いかけると、彼はやおら頷いて、陶謙の治める国、徐州について簡単に説明する。
徐州とは、兌州のすぐ下にある国だ。董卓討伐の連合軍にも、その刺史陶謙はいた。
かつて董卓への反意のもと集った者の国へ、曹操は攻め入ろうとしているのだ。
関羽が愕然と顎を落とした。
「そんな! ではかつて連合軍として共に戦った仲間の国へ、曹操は攻め入ろうというのですか?」
そこで、公孫越が鼻を鳴らした。
「あんなもの、打倒董卓という利害が一致したから皆協力していたのだ。真の協力ではないわ。現に袁紹とて連合軍が解散した途端我が国の領土を脅かしてきたのだ。そういった意味では我が国もいつ曹操に攻め込まれるか! 人ごとではありませんぞ、兄上!」
叱咤するように、彼は兄へ言い聞かせる。
公孫賛は頷き、唸った。
「曹操はきっと大軍を以って徐州を攻めるのであろうな。陶謙殿はどうされるのか……」
「兄上! よもや援軍でも考えているのではないでしょうね?」
他国を気にしている余裕は無いと、キツく言う。
公孫賛もそれは十分に承知している。だがやはり、義に熱い彼がそう簡単にかつての盟友を見捨てるようなことが出来る筈もなく。
まだ、悩む。
関羽はそれを眺めつつ、ふと幽谷を振り返った。
「ねえ、幽谷。どうして曹操は他国を攻めるのかしら。大陸制覇って言っていたけど、あの国もとても素晴らしい国だと思うのに……」
「関羽。今は曹操のことを考えるべきではないわ。ここも袁紹からの侵攻があるのなら、猫族にも危害が及ぶ可能性もある」
もう曹操のことを考えるのはお止めなさい。
強く言い聞かせると、彼女はすっと眉尻を下げて悄然(しょうぜん)と頷いた。
……彼女は、曹操に惹かれている。
この様子で幽谷は確信した。
良かった。あのままあそこにいれば、取り返しの付かないことになりかねなかったのだ。
彼女自身その自覚が無いことに少しばかり安堵しながら、幽谷は関羽の頭を優しく撫でてやった。
‡‡‡
ひとまず、三人と一匹は蒼野へと戻る。
半年も経てば、家屋も増えて以前よりも村らしくなっている。
駆け込むように村に入る関羽を、幽谷と泉沈は手を繋いで追いかけた。星河は、その側をとてとてと軽快に歩いた。
「みんな、ただいまー!」
「ああっ! 関羽だ! 関羽が帰ってきたぞー!」
関羽の姿に気が付いた猫族の男性が声を張った。
すると、またいつかのようにぞろぞろと皆が現れるのだ。
その先頭にいるのは勿論張飛と劉備だ。
「あ、姉貴〜!! 何で黙って行っちまうんだよ〜!!」
「ごめんね、張飛」
涙ぐむ張飛を宥める関羽に、劉備が抱きつく。
「劉備! 元気にしてた?」
「元気じゃない……」
「公孫賛様から折角こんなにいいところ用意してもらったのに、みんなしょげちまってな」
本当は、知らせるつもりじゃあなかったんだが。
苦笑混じりに肩をすくめた世平は、少し離れた場所に立つ幽谷に近付くと、彼女の隣にいた泉沈の頭に拳骨を落とした。
「いったー!! 何すんのさおじさん!!」
「ったく……黙って出て行くな! こっちは心配したんだぞ」
「書き置き残したじゃんー!」
「それでもだ。……無事で良かったよ」
ぽふ、と今度は撫で、世平は幽谷に笑いかける。
「あっちでは何も無かったか?」
「ええ。……取り敢えずは」
泉沈を見下ろせば、世平はそれだけで察したようだ。嘆息してまた泉沈の頭をはたいた。
泉沈は唇を尖らせて不満げに世平を見上げる。
すると、
「幽谷。戻ったんだな」
「……」
途端、幽谷の顔から笑顔が消えた。
「……趙雲殿」
「泉沈も、元気なようで安心したよ。……その狼は、何だ?」
「ん? 星河だよ」
「せいが?」
ワンッと星河が吠える。
仕方なく幽谷が、泉沈が兌州で親しくなってそのまま付いてきたのだと教えると、趙雲は納得したようだ。わざわざ身を屈めて星河に挨拶までしている。……欠伸を返されていたが。
「向こうでの生活はどうだった?」
「……曹操に動きがございました」
そう言って、幽谷は関羽を呼んだ。
張飛や関定と談笑していた関羽がこちらに駆け寄ってくる。
それを確認して、幽谷は兌州で見聞きしたことを掻い摘んで伝えた。
「――――すると、お前達は曹操のところで生活をしていたのか?」
「そうなのよ、なんだか変なことになっちゃって……」
「関羽のお姉さんの所為でね」
「う……」
泉沈の毒に関羽が肩を落とす。
「他国の間者を自分の屋敷に住まわせるなんて、何を考えてるんだ曹操は」
「まだ、関羽様の武を欲しがっているようで」
幽谷の言葉に張飛がぴくりと反応を示す。だが、彼が声を発するよりも早く、蘇双が成果を訊ねてきた。
関羽がそれに頷いて曹操が徐州を攻め込むことを告げた。
一様に、驚愕する。
「董卓がいなくなったのを機に一気に勢力拡大を図ろうというつもりなのか」
「幽州は大丈夫なのかしら?」
趙雲は腕組みして思案する。
「そうだな、曹操が徐州を落とすとなると大変だな」
「徐州を手始めとしてどんどん侵略行為をはじめそうだよね」
「そんな……!」
「こういった国の問題ばかりはいくら俺らが言ったところでどうにもならねぇからな」
こう言っちゃ言葉は悪いが、なるようにしかならねぇよ。
溜息をついた世平がそう締める。
関羽は釈然としない暗い顔で黙り込んだ。
……よもやまた、曹操のことでも考えているのではないか。
沈んだ関羽の表情を、幽谷は眉を顰めながら見つめる。
自覚が無いにしても、その感情は至極厄介なものであった。
幽谷には理解しがたいものなだけに、どうすることも出来ない。
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