雅恋ネタ3
2013/04/28 13:50





「あれ、澪……?」


 隣にいた筈の少女がいないと分かった瞬間、全身から血の気が引いた。

 しまった、はぐれた!
 主人や源信からあれ程気を付けろと言われていたのに、共に常仕をこなしていた少女は忽然と姿を消してしまった。一時だけだからと、荷物を抱える為に繋いでいた手を離したのがまずかった。嗚呼、これで何度目だろうか。
 彩雪は慌てふためいて周囲を探して回った。

 しかし、瞳と言葉以外際立った特徴を持っていないことに加え、影が薄い澪をこの雑踏の中から見付けるのは至難の技だ。


「澪! 澪ーっ!」


 声を張って応答を待つ。
 が、澪は声を張ることは滅多に無い。

 ああ、せめて漣がいてくれたら……!

 漣を連れていってしまった晴明(しゅじん)を心の中で恨めしく思う。


「何処に行っちゃったんだろう……」


 立ち止まって長々と吐息を漏らした直後であった。

 後頭部に鋭い衝撃が走った。


「いたっ!」


 硬い物で叩かれたようなその痛みには、馴染みがあった。
 ひくり。口端が震えた。

 彩雪は恐る恐ると言った体(てい)で振り返る。

 そこには、しかめ面をした主人がいた。


「せ、晴明様……!」


 ざっと青ざめた彩雪に、安倍晴明はくっと口の端をつり上げ酷薄な笑みを浮かべた。


「本当にお前は素晴らしい式神だな、参号。同じ失敗(こと)をこうも繰り返すとは。……ああ、何と言ったか、何かの一つ覚えという言葉があったな」

「うぐ……」


 晴明の嫌味に返す言葉も無い。
 彩雪は唇を尖らせると、彼の後ろに誰かがいることに気が付いた。
 身を乗り出して、あっと声を漏らした。


「澪!」


 晴明に買い与えられたのだろうか、干し芋を黙々と食べながら彼の真っ白な袖を掴んでいるのは紛れもない澪である。
 その隣には猿の頭に狸の胴、虎の足、蛇の尾と言う異形の姿。
 その獣こそ、澪の無二の親友、漣である。

 漣は呆れたように彩雪を見上げた。

 彩雪は安堵と申し訳無さで肩を落とす。

 弐号の姿が見えないが、また何処かに放置されたのだろう。


「……うう、ごめんね、漣。何度もはぐれちゃって。晴明様、ありがとうございます」

「満足に子守りも出来ず大変申し訳ございません、ご主人様、だろう?」

「う……」


 意地悪だ。
 恨めしげに晴明を上目遣いに見上げると、また扇で叩かれた。


「暫くは澪から決して目を離すなと、和泉や源信から言われたのをもう忘れたのか」

「お、覚えてますよ……でも、どうして? 今まではそんなに強くは言いませんでしたよね?」

「いずれ分かる。今はとにかく澪を一人にするな。沙汰衆との接触も避けろ。分かったな」

「沙汰衆……」


 自然と背筋に力がこもる。
 南蛮、北狄、東夷、西戒こと芦屋道満……。
 それぞれ異質な気配を持つ彼らの姿を思い浮かべ、彩雪は表情を堅くした。

 だが、それと澪に何の関係が?
 それを問うても、晴明は明確な答えは返さずにはぐらかしてしまう。


「澪、お前は私と共に仕事寮に戻るぞ」

「はい」


 ……依頼、終わったんだ。
 晴明がくるりときびすを返すのに、澪も従った。彩雪に小さく手を振った。
 それに振り返したいけれど、両手に抱えている荷物が邪魔になってしまう。

 仕方なく「また仕事寮でね!」と声をかけた。本当は澪といたいけれど、それを言ったところで晴明に切り捨てられるに決まっている。前にも何度かそんなことがあったから。

 そこで漣がとてとてと駆け寄って彩雪を見上げる。澪の代わりに同行してくれるらしい。


「ありがとう、漣」


 彩雪が微笑みを向けると、彼は小さく鳴いた。



●○●

 漣は基本的に一般人には見えません。仕事寮の人達には見えますが。

 小説を読むと大量にネタが浮かんでしまう……。



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