雅恋ネタ2
2013/04/25 22:00





 風の揺れる桃色の花に蜂が止まっている。
 女王の為に花の蜜をせっせと集める働き蜂を、至近距離で見つめる目が一対。

 黒曜を眼窩(がんか)に嵌(は)め込んだ眼差しは、まるで子供のようにきらきらと輝いている。
 十六と言う年に似合わない幼子の純粋さを湛えたその瞳は美しい。かんばせこそ平凡で、お世辞にも発育のよろしい身体とは言えないのに、彼女の双眸は惹き付ける不可思議な引力を有していた。

 そんな少女が一心に見つめるのは甲斐甲斐しく働く小さな虫。

 飽きもせず蜂が飛び立つまで眺めていた少女は、立ち上がると蜂を追おうとふらりと歩き出した。

 けれども、


「澪さん、ようやっと見つけましたよ」


 鼓膜を優しく叩く声に、足は自然と止まった。
 首を巡らせた少女は瞠目して、表情を弛める。骨張った裸足が地を蹴った。

 少女が駆け寄ったのは、一人の僧侶である。柔和な微笑みは菩薩を連想させ、何者も優しく包み込んでくれそうな、穏やかな雰囲気をまとっている。


「源信様、蜂、み……つ蜂?」


 僧衣の裾を掴んで、少女は蜂が飛び去った方を指差す。その言葉は拙(つたな)い。
 源信と呼ばれた僧侶は指差された方を見やり、苦笑を浮かべた。


「澪さん、無用心に蜂に近付いては行けませんよ」

「無用、心……蜂わ、危険?」

「ええ、刺されたら危険です。痛い上に毒がございます。これからは気を付けて下さいね」


 はい、と首を縦に動かせば、源信はゆるりと頭を撫でてくれた。


「さあ、仕事寮に向かう時間は過ぎていますよ。早く行かなければ宮様が待ちくたびれてしまいます」

「ま、ち、まちくたびれて……」

「待ち過ぎて、疲れてしまうのです。さあ、参りましょう」


 源信はそっと右手を差し出した。

 澪は神妙に頷くと、その手をそっと握る。

 源信の大きな手がぎゅっと握り返した。


「漣(さざなみ)、わ?」

「先に行っていますよ。漣が弐号さんに事情を話して下さっています」


 漣とは。
 澪の昔からの親友である。常に共に在り、半身とも言うべき唯一無二の大切な存在。

 今でも澪の面倒を甲斐甲斐しく見てくれている。傍目(はため)には兄弟のように見える程だ。

 澪がいつもの放浪癖で出仕前に行方を眩(くら)ますと、決まって源信が彼女を捜し、漣がその旨を仕事寮の皆に伝えるのだった。

 小柄な澪の歩幅に合わせてゆっくりと歩く源信を見上げ、彼女はふと言葉を漏らす。


「気配、する。気持ち悪いの、が……する」


 源信は歩きながら眉根を寄せる。
 一旦立ち止まって、


「それはどちからするのでしょうか」

「あっち。気配、ち、小さい」


 すっと指差した方をつかの間見据え、源信はまた澪に微笑みかけた。


「では、そのことを宮様にお伝えしなければいけませんね」


 澪は、こくりと頷いた。



○●○

 夢主は上手く言葉が話せないようにしました。
 《は》を《わ》と表記しているのは、彼女の拙さを強める為です。


.

comment (0)


prev | next