クリスマス没ネタ。
2013/01/02 15:53





 白に埋め尽くされた視界の中、幽谷は宛も無くさ迷う。

 足の裏に確かな感触はあるのだけれど、これに床という概念があるのか無いのか……とにかく漠然とした世界だった。
 ここに来た方法は分からない。ただ、いつも通りに眠って目覚めただけだ。視界一杯に広がった穢れ無き白に、一瞬惚けてしまったのはつい先程のこと。

 あまりにも何も無いものだから、せめて誰かに会わないものかと思い始めた。

 しかし、人らしいものも、彼女の知る世界にある物質の形すら捉えることは一向に無い。

 ここは一体何処なのか。
 その手がかりすら、この世界には無い。まるで、この世界に世界の特徴――――色が無いかのよう。
 そう思った瞬間である。


「色はあるよ」

「!?」


 突如立った声にぎょっと振り向いた。

 そこには白髪に紫色の少年が佇んでいる。見たことの無い意匠の衣服に身を包んだ彼は、真綿のように柔らかく笑って、幽谷にゆっくりと近付いてきた。手の先までを覆い隠す長い袖が、歩みに合わせて振られる度にぱたぱたと揺れた。

 少年は幽谷の顔を覗き込むと、


「お姉さん、綺麗なオッドアイをしてるんだね」


 と。
 少年にしては、透き通った高い声をしている。

 しかしそれよりも彼の科白の中に聞き慣れぬ単語があったのに、幽谷は眉根を寄せて首を傾げた。

 すると、少年は不思議そうに瞬くのだ。


「どうかした?」

「……おっどあい、とは何です?」

「お姉さんみたいな、色違いの目のことだよ。オッドアイが通じないってことは、お姉さんはヒノモトの人なのかな」


 こてんと首を傾げる様は、とても可愛らしい。……いや、そんなことはどうでも良いのだ。
 彼は何を知っているのか、それを訊かなければ。

 彼がここに幽谷を連れてきた人物だという可能性を否定出来ない。けれども、どうしてもこの鷹揚な態度が演技の類にも見えなければ、警戒を必要とするような人間には思えないのだ。
 不思議なことであるが、この少年は無条件で信用出来る。そのような人間は初めてだ。

 幽谷は背筋を伸ばして思考を切り替え、少年に話しかけた。


「私は幽谷と申します」

「うちは有間。お姉さんは、目が覚めたらここにいたの? それともうちらを連れてきた張本人とか?」

「……あなた達も、ですか?」

「あ、違うんだ。それは残念」


 肩をすくめ、間延びした声で漏らす。全く残念そうには見えない。

 有間は今『うちら』と言った。
 ならば他にも幽谷のようにこの世界に来た者がいるのだ。
 それを問うと、有間はきょとんとし、後ろに振り返った。


「さっきから後ろを歩いていたと思うんだけど――――あれっ、いない!」


 きょろきょろと周囲を見渡しながら、有間は駆け出す。
 幽谷もそれに続いた。


「あっれー、おっかしいなー。ちゃんとマフラー掴んでついてきてねって言ったのに……いつの間に放してんだか」


 「まったくもー」と慌てた風情も無くのんびりと漏らす彼はしかし、足が非常に速い。その見てくれには合わぬ健脚だ。
 幽谷も彼から離されぬように、彼と同じ速さで走った。

 この世界ではどれだけ走ったのか推し量ることさえ難しい。時間すら、この世界には存在していないのではなかろうか。
 やがて、


「あっ、いた!」


 俯せに倒れた少女を見つけると有間は一気に速度を上げた。あれでまだ早く走れるとは……舌を巻く。
 彼は少女を助け起こすと、その頭に手刀を落とした。

 黒い髪を後ろで二つに括った少女だ。彼女もまた見慣れぬ姿をしている。だが、有間とは雰囲気がだいぶ違っている。


「もー、駄目じゃないか、ちゃんとうちのマフラー掴んでなくちゃ。っていうか、放したんだったらその時に声出してよ」

「す、すいません……」


 顔を覗き込んで、彼女の双眸に光が無いことに目を瞠った。
 彼女は、盲目なのだ。

 有間の手を借りて立ち上がった彼女は、有間に服のほこりを払ってもらうのに申し訳なさそうに眦を下げる。幸い、彼女に怪我は無いようだ。
 有間が少女の頭を撫でると、


「えと……それで、何か分かりましたか?」

「ううん。でも、うちらと同じ人は一人見つけたよ」

「えっ、私達以外にもいたんですか!」

「目の前に」


 途端、少女は身体を跳ねさせてがばりと身体を折った。

 ……けれど、今の有間の言葉は微妙に間違いだ。
 幽谷は、前は前でも少女の右斜め前にいる。頭を下げた先にはいない。

 有間はからかっていたようで、くすくすと楽しそうに少女の様を眺めている。


「あの……」

「初めまして! 田原真由香と言います」

「取り敢えず顔を上げて下さい。それでは名乗りづらいです」

「あ、すいません! ちょっとズレてましたか?」


 ちょっとどころではないが、もう良い。
 幽谷はこめかみを押さえながら吐息を漏らした。それから姿勢を正して自らも名乗る。


「幽谷と申します。それで、ここに来た理由に心当たりなどは……」

「「無いです」」

「……さようでございますか」


 ここに連れて来た人物を捜せば、帰る手立ては見つかるだろう。
 しかし、この何も無い場所で、何処をどう捜せば良い?
 しかも真由香は盲目。何かあった時に対処しきれないだろう。まあ、その時は幽谷が守れば良いだけの話だが。

 幽谷が思案していると、不意に有間が口を開いた。


「まま、取り敢えずお茶して落ち着こうよ」

「え? お茶?」

「そのような物は何処にも……」

「ほら、そこに」


――――あった。


 何も無かった筈の場所に円卓がどーんと構えている。その上にはもうもうと湯気の立つ縦長でごつごつした湯飲みのような物が載せられていた。
 ……明らかに怪しい。

 されど有間は真由香の手を引いて警戒すること無くそれに近付き、座ってしまうのだ。そして幽谷が止める暇も無く茶を一口飲んだ。


「おお、これはなかなか美味い。幽谷さんも飲んだら?」

「……少しは警戒して下さいませんか」

「だって咽乾いてたし。うちが鬼役ってことで!」

「鬼役って何ですか?」

「んー? 主君の為に食事の毒味をする人のこと。……あれ、でもうち幽谷さんに仕えてる訳じゃないし、間違った使い方してる?」

「……」


 この、鷹揚すぎる性格は考えものだ。これではいつか簡単に罠にかかって死ぬ。
 呆れつつ、有間に呼ばれるままに彼女も座った。


「……それで、これからどうするか、考えたいのですが」

「適当に歩き回っても無駄だったしね。それで術も全部無効化されてるんだから、うちはお手上げ。勿論真由香もお手上げ」

「お役に立てず申し訳ありません……」

「いや、別に良いんだけどね」


 後ろに両手をついて、上を見上げる有間。

 彼を眺めながら、ふと幽谷は床を叩いた。
 この世界で唯一――――この円卓等々は除く――――感触のある床。
 ……穴を開ければ存外出口かもしれない。

 床をじっと見つめる幽谷に、有間が声をかけた。


「どうしたの、幽谷さん」

「……いえ、床を切り取ったら出口にならないかと」

「それボケ? ボケだよね? ツッコミっぽい顔してボケるの止めて。何か裏切られた気分になる」

「その手があったんですね!!」

「純粋なボケは黙っててね、収集つかなくなりそうだから。多分無理だよ、幽谷さん。そんな美味い話ある訳ないじゃん」



※強制終了。

○●○

 オチが途中で迷子になり、有間のキャラも迷子になり……敢え無く断念。
 ただ最後まで幽谷には有馬の性別を勘違いさせたままでいさせようとは思っていました。



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