お題でif『内緒で〜』続きの続き。
2012/11/01 17:37




 かつて、そこには猫族の村があった。今は蒼々と植物が生い茂り、かつての名残を覆い隠してしまう。
 まるで過去を打ち消すかのような様に○○は胸を押さえた。

 もう、猫族は関羽以外に誰もいない。
 その関羽ですら今はもう、この村のことさえ忘れてしまっているだろう。袁紹に固執し、彼に縋ることで存在を保とうとした彼女は、無意識のうちに劉備達や○○のことを斬り捨てたのだ。
 彼女にとって○○はもう友人でもなければ部下でもない。

 袁紹を殺した憎き仇だ。

 ○○はそれでも良かった。
 関羽が袁紹に縋ること無く生きてくれるのであれば、○○は彼女にどんなに憎悪を向けられても、死ねと罵られても構わない。この身は関羽の為だけに、とあの日あの滝壺で誓ったのだ。
 どれ程の痛みが胸を抉ろうとも、耐えられる。

 ○○はかつての村を見渡し、身を翻した。大股に向かうそこは――――あの滝壺だ。


『……じゃあ、まずは自分が人だって思うようになりましょう』

『大丈夫よ、わたしも手伝うわ。だから、もう死のうとしないで』



 滝壺の側に立って○○は壮麗たる滝を見上げた。あの時から、その勇壮な姿は変わっていない。

 ○○の生は真実ここから始まった。暗殺だらけの暗い過去に区切りをつけて、猫族のもとで暮らすと、決めた。

 そして、戻ってきた今。
 自分の周りにはもう、猫族はいない。あの穏やかな時など遙か遠きこと。
 守るべき者達はおらず、関羽すら自分を不要としているのなら、自分はもう存在する意味など無い。

 この滝壺は関羽はもう覚えていないだろう。
 ならば、○○の死体が見つかることも無い。
 それで良い。見つからなければ関羽は自分を追い求めて生き続けてくれる。顔良も側にいるだろうから、きっと無事に旅をし続ける。

 だから――――。


 ○○は、匕首を片手に岩壁に寄りかかった。
 そこは奇(く)しくも、彼女があの時座り込んでいた場所であった。


「我が主、常しえに健やかなることを」


 ずぶり。



‡‡‡




 そこに行かなければならないと思ったのは、何故だろうか。
 関羽は幽州を歩いている時、ふと目に入った山に足を止めた。瞬間、異様に胸が騒ぎ、その山へ行かなければならないような気がした。
 その為、当初の予定を変更して山を目指した。

 顔良は怪訝にしていたけれどそれに従い、緩やかな山道を登った。

 登る間、関羽の胸は、ざわざわと落ち着かなかった。一層強くなったような――――何かを急かされているような感覚になる。どうしてか、不安感も生じた。
 どうして、どうして。
 疑問がぐるぐると頭の中を巡る。悩んでも答えが出る筈もないのに、考えずにはいられない。

 そのような状態で、どれ程歩いただろうか。
 やがて耳に滝の轟音が届いた。


「滝……?」


 ……どくん。
 滝。
 何故かその単語に引っかかりを覚えた。
 頭につっかえたようになって、何かを引きずり出そうとする。

 何か、関羽の忘れていることを――――そんなものは、無い筈なのに。

 弾かれたかのように彼女は駆け出した。茂みに飛び込み轟音の方へ一直線に向かう。
 顔良が呼び止めるも、彼女は足を止めはしなかった。
 草や枝に肌を裂かれても、気にも留めなかった。ただ、ただ、そこに行かなければならないような気がして、行かなければ、大事なものが戻らないような気がして――――。


 草木の間から、勇壮なる滝壺を、見た。


 見覚えのあるその滝。けれど記憶にはこの辺りに来た記憶など無い。
 何処か似たような場所を知っているだけなのかも――――いや、それは無いか。
 だって、自分は《ずっと》袁紹のもとにいたのだ。滝を見ることなんて一度も無かった。

 ならば何故、既視感を覚えるのだろう。


『私に戻さないで。あんなもの私には最初から無かったの』



 ……頭の中で声がした。
 聞き覚えがある、否、忘れたくても忘れられない憎い声だ。
 けども、何故か憎悪は浮かばない。

 つと、滝の横の断崖に寄りかかるように座る人影を見つけた。

 ○○、だ。
 関羽は咄嗟に偃月刀を構えた。

 されど、様子がおかしい。
 彼女はぴくりとも動かないのだ。
 それに胸がやたら赤黒くて、


「あ……!」


 死んでいる。
 関羽は○○に駆け寄った。

 その胸には彼女の使っていた匕首が深々と刺さっていた。心臓を貫通しているだろう。


「そん、な……」


 あなたを殺す為に、袁紹様の敵を討つ為に、わたしは生きていたのに!
 関羽はその場に座り込んだ。偃月刀を抱き締めて、はらはらと涙を流した。

 直後。


『あなたは優しいわ。あなたがあなたでいる限り、猫族が猫族でいる限り、私はあなた達の側では人になれるのよ』

『覚悟が出来ていないのならば、人を殺してはいけません』

『……私は、あなた達のそんな顔を見たくはなかった』

『これが、私の手です。血を吸い、命を吸い、汚れたこの手が私の手。これは暗殺者の手です。私から暗殺を取ったら、この手は意味を無くしてしまいます。暗殺を取った四凶の私は、暗殺以外に何をして生きていけば、よろしいのでしょう』



 怒濤のように頭に流れ込んでくるこれは……何だ?
 ○○が自分に色んな表情を見せている。
 自分の知らない顔ばかり……。


「――――違う」


 唇を戦慄(わなな)かせ、関羽は目を見開いた。つ、と額からこめかみへと冷や汗が伝い落ちた。
 違う。
 知らないんじゃない。
 《忘れて》いたんだ。

 わたしが、彼女を忘れていたんだ。
 呟いた瞬間、つかえたものが落ちた。

 箍(たが)が外れたように己が排除した筈の記憶が湧き上がる。


「――――」


 どうして忘れていたのだろうか。

 こんな、こんな大事な人を! 大事な仲間達を!
 ……愛した、たった一人の男ですら!


「ああ……あぁ……っ!!」


 涙が一層流れた。後悔、罪悪感……今更抱いても遅い。
 皆、この世界から消えてしまった。関羽は自ら彼らを排除した。今更彼らを求めたとてどうにもならない。

 関羽は○○の顔に手を伸ばした。

 昔、自分に笑いかけていた友は、ただの腐敗しかけた肉塊と化していた。
 手から伝わるのはぬるりとした感触と、恐ろしい程の冷たさであった。



○●○

 結局書いた自分爆発してくれ←

 うぅ、明るい話書きたいです……。



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