元はこんな話だったんです。
2012/10/01 18:12


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 陣屋を後にし、少しばかり歩くと林があった。林や森は、奇襲を受けやすい。林に入る頃には目隠しを取った○○も、伏兵を警戒して匕首を手に持って猫族に従った。

 しかし世平達は劉備の歩みに合わせており、他の猫族の者達はどんどん先へ行ってしまう。○○は彼らは心配が無いだろうと判断し、遅れる劉備達についた。

 注意深く進み、林を抜けるまであと少し、というところで、世平が立ち止まった。


「この辺りで一度休憩するか。劉備様、お疲れでしょう。あちらの岩に座ってお休み下さい」

「うん。世平ありがとう」


 世平の指差した岩は、子供一人が座るには丁度良い高さと幅だった。
 劉備はそこに座り、一息ついた。

 関羽や世平達も、彼の側に立った。


「劉備の足に合わせてるからわたしたちだけ遅いけど、みんなはもう着いたかしら?」

「どうだろう。みんなには村の手前で待つように言ってるけどね」

「木の上に登れば分かるかと存じますが、試しますか?」

「そこまでしなくて良いから」


 見た限り丈夫な枝を選んで乗れば危険も無さそうだからと提案してみたのだが、蘇双にばさりと斬り捨てられてしまった。


「おさんぽたのしー! みんないっしょでうれしいの。ね、関羽」

「そうね。劉備、疲れてない?」

「平気だよ」


 劉備と言葉を交わす関羽を見、○○は暫し思案した。
 彼女は、陣屋を出てからずっと元気が無かった。普段通りに振る舞おうとしているが、やはりところどころでそんな素振りが周囲にも分かる程に現れていた。

 恐らくは夏候淵達人間の露骨な態度の所為だとは思うのだが……。
 何も関羽だけが落ち込んでいる訳ではない。張飛達だって理不尽な差別に憤りを感じている筈なのだ。ただ、彼女が顕著なのだった。


「もう少し休憩したら、村に向かうか。あんまりのんびりしすぎるのもよくねぇからな」

「うん……」


 今も、そうだ。


「どうした、元気ねぇな? 人間たちからの差別に参っちまったか?」

「少しね……。話には聞いていたけど、実際目の当たりにするとやっぱり堪えるわね。○○は四凶だって、今まで差別に一人で耐えてきたのよね。○○はそんな風に扱われて辛くなかった?」


 ○○を気遣う関羽に、彼女は深々とこうべを垂れた。


「物心ついた頃からすでに周りは私を四凶として疎んじておりましたから、慣れてしまいました。それに、その頃は私自身四凶という禍々しい存在に生まれたのだからやむなしと割り切っておりましたし。ただ、ほとんどが激痛を伴うものでしたので、それは身体には辛かったかと」

「……どんなことされてきたんだよ」

「よくされたのは両足の骨を折ってその状態で起き上がることを強いられ、またその時に――――」

「うわぁぁ言わなくて良い!! もうそれ以上何も言わないでくれ!!」


 自分が訊いたくせに、関定は耳を塞いで○○を止める。

 彼に従って答えたまでに過ぎない○○は首を傾げた。


「ったく、嫌なら訊くなよなー」

「き、訊いたつもりはなかったんだよ……」

「さようでございましたか。それは、大変申し訳ございませんでした」

「○○、ここは関定が悪い。お前が謝る必要はねぇよ」


 律儀に謝罪する○○に、世平は苦笑混じりに断じた。

 さすがにそれは違うだろうと関定が抗議するも、彼らは取り合わない。
 失礼な話だが、その関定の情けない顔が面白くてつい笑ってしまった。

 すると今度は○○が噛みつかれてしまうのだ。猛抗議を受けて彼女はまた謝る。


「……しかし、猫族の差別については初めて目の当たりにしました。十三支という蔑称も、あのような意味合いがあったのですね」

「そうだな……」

「つーかなんだよ、化け猫妖怪の末裔とか獣化するとか。勝手に話つくってんなよなー」

「残念ながら、人間の世界ではボクら猫族に対する認識としてそれらの話は広く伝わってるらしい」


 猫の大妖、金眼。
 その末裔が猫族。
 それが、人間界の認識だった。

 嗚呼、ムカムカする。
 ○○はそっと胸を押さえた。

 今回は、誰も彼女の様子に気付く者は無かった。


「オレら本当にそんな妖怪の末裔なの?」

「そんなわけないだろう、馬鹿関定! 同じ猫ってだけで安易に結びつけて人間どもが勝手に言ってるだけ」

「だよなー、そんな話聞いたことねーもん。獣化ってのも聞いたことねーし、これも人間が勝手に言ってんだろ?」


 どうして私は金眼に反応するのだろう。
 どうしてその名を聞くだけで気持ち悪くなるのだろう。
 金眼は、見たことが無い筈だのに、知っている気がする――――。

 私は知らない。知らないのに、識(し)っている気がする。
 思い出そうと思えば思い出せる。
 けど、それだと《何か》に身体を明け渡さなければならないように思えるのだ。

 その《何か》とは、誰か。
 生きているのか、死んでいるのか。
 生き物なのか、違うのか。
 識っているのに、分からない。

 おかしい。
 おかしい。

――――そも、何故私はこんなことを考えている?
 金眼を識っているとか、今までこんなこと、考えもしなかったじゃないか。今になって、何故?

 ……駄目だ、混乱してきた。
 これは思い過ごしなのだと、そう考えてしまえばそれで終わりで、楽だ――――。


「○○!!」

「っ!?」


 怒鳴るように呼ばれた。
 ○○は弾かれたように顔を上げてそこに怪訝そうな世平の顔を見た。


「どうした、○○。随分と顔が青いじゃねぇか」

「いえ……、あっ」


 ○○は彼の向こうに見知らぬ男達がいるのに気が付いた。

 武骨な男達だ。
 頭に黄色い頭巾を巻いている、剣呑な雰囲気をまとった……。

 黄巾賊!!
 ○○は匕首を構えた。気付かなかったなんて、とんだ大失態である。
 己を叱咤し、彼女は黄巾賊を睥睨した。


「十三支の集団とは珍しいな。しかも一人四凶までいやがる。見せ物小屋にでも身売りに行く気か?」


 世平が○○を背に庇う。
 大丈夫だと前に出ようとしたが、肩を掴まれ押し戻されてしまった。


「へー、こんなところで早速出てきやがったか」

「俺らを知っているのか。ならば話は早い。食料、金品財宝、全てこの場に置いていけ!」


 俺たちは張角様の目指す理想の国を作るために立ち上がった義勇軍。
 支援をするのは当然のこと。
 身勝手な理由である。
 皆、呆れ果てていた。


「すごい勝手な言い分だな。そうやってオレたちから無理やり食い物巻き上げる気なんだろ?」

「な、なに? この人たち……、こわいよ……」


 ぎゅっ、と腰にくっついてくる劉備に、○○は驚きながらも彼の肩に手を回して抱き寄せた。

 隠していない気配が読めなかった。今、自分は注意力が散漫になってしまっているのだ。失態が悔しくて歯噛みした。


「劉備、絶対に世平おじさんたちから離れてはダメよ!」

「う、うん」

「みんな、ここはわたしと張飛で戦うわ。みんなは劉備を見ていて」


 私も――――と言いたいところだが、それを察知したらしい世平に肩越しに睨まれて口を噤(つぐ)んだ。


「よっしゃ! 行くぜ、姉貴!!」

「ええ!」


 拳を握って構える張飛に関羽は大きく頷いた。



●○●

 お蔵入りになってた話だったのでこちらに。
 携帯破損事件が起きて記憶を便りに新しく書いた奴が現在のあの話です。

 この時点では夏侯淵の下りはありませんでした。あと夢主が受けてきた仕打ちも違いますね。



 ところで、二万打企画ですが、十月末で下げますね。
 今のところ、もう質問は無いようですし、やっぱり違う企画の方が良かったかも知れません(^_^;) お礼になってなくて本当、申し訳ないです。

 次はもっと捻って皆さんが楽しめるような企画に出来たらなと思います。……思い付くと良いな。頑張れ、私の脳。



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