違うエンディング
2012/09/04 19:40





 少し強めの風が○○の髪を踊らせる。

 ○○は髪を押さえながら、ふと腹を押さえた。
 そこには真っ白な包帯が巻かれており、ほんのりと香る薬の臭いが未だ傷が癒えていないことを示している。

 それでも、○○は歩く。
 彼女の後ろには、かつて彼女が暮らしていた町がある。彼女には、もうあの町に戻るつもりは無かった。
 それが、○○のけじめだった。

 ○○が曹操にも、猫族にも敵意を示し殺そうとしたのはほんの数日前のこと。舌を噛もうとしたが夏侯惇に阻まれ、そのまま気絶をさせられた彼女は、今では精神もいくらか落ち着いている。
 面会謝絶で療養する間色々と考えるもののあった○○は、歩ける程まで回復した途端、曹操にも、夏侯惇にも部下にも告げずに町を出た。

 何処に行くか、宛は無い。
 ぶらりぶらりと大陸を踏破してみようか、なんて。俺の人生じゃ時間が足りないか。
 苦笑が浮かぶ。

 きっと、自分が曹操軍や猫族と交わることは、無い。
 未練はあった。だが、いつかは忘れられると思う。それまで、曹操の支配が届かない場所を旅していようか……。

 そう思った直後であった。


「○○!!」

「!」


 ぎょっと振り返れば、こちらに馬を走らせる人物がいる。
 ○○は口角をひきつらせた。


「ちょっ、何でいないの分かって……!」


 まだそんなに時間経ってなかったじゃん!
 ○○は咄嗟に駆け出した。


「○○! 何処に行くつもりだ!?」

「俺が何処行こうが勝手だろ!? つか、馬で来るとか反則だっつの!! 俺走るのはまだ駄目なんだからな!?」

「だったら逃げるな!!」

「だったら追ってくるな!!」


 相手は馬だ。この街道ではすぐに追い付かれてしまう。
 ならば……!

 ○○は街道沿いの森に飛び込んだ。敢えて獣道を通って馬が走れないようにする。

 これで追い掛けては来れない筈――――。


「ぎゃあぁぁっ!! 何で来んの!? 何で来んの!?」

「お前が逃げるからだろうが!!」

「だから追ってくんなっつのぉっ!!」


 あろうことか、彼は馬を降りて追い掛けてきていた。この走りにくい怪我を庇いながら走る○○との距離を、簡単に縮めていく。

 しかし何としても捕まりたくない○○は、追い付かれそうになると草を千切っては投げた。


「……っ子供かお前は!!」

「分かっただったら暗器投げてやる!!」


 と言って懐から取り出したるは飛ヒョウである。それを夏侯惇目掛けて投げ付けた。


「ぅわっ!?」


 怯んだ隙に段差を飛び降りる。
 途端、ぷつっとした感覚を腹に感じた。途端、じんわりとそこが濡れていく。


――――傷口が、開いたのだ。
 ○○は舌打ちした。走り出そうとしたが飛び降りた反動で痛みがぐんと増して動きが取れなくなってしまう。動けるかと思ったが、案外そうでもなかったらしい。意外に自分の身体は弱かった。


「つう……!」

「○○!」


 夏侯惇が隣に着地して○○の身体を抱き起こした。包帯を見下ろして舌を打つ。


「傷が……!」

「……あーはいはい、っ大丈夫なんでそのまま放置して帰って下さい」

「……っ」


 夏侯惇は○○の身体を抱き上げた。


「ぅ、いたぁ……っ」

「戻るぞ。医者に見せねば、」

「ほっときゃ治るって」


 ○○は片目を眇めた。抵抗しようとしたが、キツく咎められた。


「黙っていろ」

「いやだからね! い……っ!」

「馬鹿が」

「と、惇には言われたくなかった……!」


 獣道を歩き、彼は馬のところまで戻ってしまう。どうやら、そんなに遠くまで逃げていた訳ではなかったようだ。

 ○○を馬に丁寧に乗せると、自らも乗り上げて胸に彼女の背中を引き寄せる。


「寄りかかっていろ。少しは楽になる筈だ」

「いや、あのまま放置してくれた方がむしろ楽……」

「お前は曹操軍に残す。俺の部下としてな」

「ぁ゛あ!?」


 これは曹操様の命令だ。
 馬を歩かせながら、彼は静かに言う。

 しかし、こちらにしてみればたまったものではない。
 ○○は馬から降りようとして阻まれた。


「大人しくしていろ、○○!」

「じょーだんじゃねぇ! 俺は兌州を出ていくんだ! 邪魔するんじゃねぇ!」


 遮二無二暴れても夏侯惇は彼女の身体を抱き寄せて、器用に馬を操る。怪我を庇っている所為だ。


「だから……いってぇ!」

「チッ……そんなに俺達の側にいるのが嫌なのか」

「……は? なに、言って……」


 ぐいと顔を上げさせられ、額に柔らかい物が当たった。

 思考が、止まった。


「は、い……?」

「俺はまだ、お前に言わなければならないことがある」

「……っ! ちょっと待った!」


 今度は唇に触れようとした彼に○○は慌てて待ったをかけた。
 だが、夏侯惇は構わずに唇を塞いでくる。触れるだけだ。


「な、なんっ」

「……少しは大人しくなったか」


 固まる○○に吐息を漏らし、夏侯惇は馬を早足に進めた。



○●○

 この辺で『短編に載せる気無いしなぁ』ということで、打ち切りました。
 舌を切る前に夏侯惇が止められていたら、ということで書いてました。

 しかし、彼女はいつになったら女らしくなるのか……。



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