りんと鳴る・1






これは、ボクがナマエさんと二人で街に出かけるようになってからの話。



『はい』と差し出したそれを、『お預かりします』と受け取るナマエさん。
ナマエさんの手の中にすっぽり納まってしまう小さなそれはいつも、ちゃりんちゃりんと小気味良い音を鳴らしている。
ナマエさんはそれを大事そうに鞄に入れて、ボクを見てにこり。
ボクもナマエさんを見てニコリ。

「行こうか」

ボクらは並んで歩きだす。



店ではいつも、買い物カゴはボクが持つ。
ナマエさんはそれをいっぱいにする係。一つのカゴに二人で選んだものを入れていく。
どちらが良いかと迷っていたナマエさんに、両方買ったら良いと言って呆れられた日もあった。
大した金額でもないのにと思っているボクに、ナマエさんは言う。目を瞑ってくれますか?
そのまま、右か左か、どちらでしょう、なんて。遊び心を出されては、笑って従うしかないボクがいた。
段々と。それでいていつの間にか。
ナマエさんの選び方に馴染んだボクは、かなりの買い物上手になったんじゃないかな。
ボクは上機嫌で、今日もカゴを持ち上げる。

レジで会計を待っている間、ナマエさんは鞄から出したそれを、両手でそっと包んでいて。

ピッ。

電子音と共に変化する金額に、目をぱちぱちと瞬かせながら静かに待っている。
数字の動きが止まると、ボクは胸元から財布を、ナマエさんは手の中のそれをパチ、と開ける。

「残念。ぴったりが有りません」

軽くゆすって、ちゃりちゃりと中身を指でかきまわしていたナマエさんの指からは、金色の硬貨が一枚。

「これで」
「じゃあボクはこれで」

ボクが紙幣を、ナマエさんが硬貨を。店のトレーにそっと入れて、入れたと同時に二人目が合って。
クスリ、と笑い合う。
店員から戻された銀と赤胴の二枚の硬貨は、ナマエさんが受け取って、ちゃりん。
その手の中の、小さながまぐちにしまう。








ナマエさんと二人で買い物をするようになったばかりの頃。ボクは、ちょっとだけ考えた。



ナマエさんが鞄から財布を出そうとする。それをボクはいつも、いいよいいよと断っていた。
そして困らせた。『いつもいつもお支払いしてもらっては』、と。
でもでも、だって。
買っている物は、これからボクの家で食べる物だったり、二人で使う食器だったり、ナマエさんが可愛いと言った花だったり。
だからボクは、当然の事と思う以前に、本当に何とも思っていなかった。
それよりも何よりも。
ナマエさんと買い物をしている事、ナマエさんと同じ時間にいる事に、ただただ有頂天なボクでもあった。
そして困らせた。『いつもいつもでは申し訳ない』、と。
素直と言うか真面目と言うか。とにかく律儀なナマエさんだった。そんなナマエさんの事が大好きなボクだった。
そんなナマエさんにもし、次にボクが同じ事をしようものなら、・・・・・・
・・・ボクの脳裏に鮮やかに浮かんだのは、『ココさんへ』と書いた茶色の封筒。お金が入ったそれを静かに差し出される光景が視えて、ボクは一人うろたえた。


それでボクは、ちょっとだけ考えた。


翌日の話。
ボクはナマエさんと二人で、とある雑貨屋に入った。
良く分からないから、と頼んでナマエさんに選んでもらった物は3つ。ボクは一番小さくて淡いグリーンのそれを選んだ。
『ココさんが持つと小さいですね』、なんてボクの手を見て言うものだから、『中身だってそんなに大きくないよ?』と返して二人で笑ったりした。
買ったばかりのそれは、すぐ使うからと裸のままで手にして。その口をパチリ。開けた。
そして、ちゃりん。貰ったばかりの硬貨を入れて、パチリ。その口を閉じる。
次に入った店でも、同じように。その次の店も、その次も。

ボクの長財布と、この、小さな淡い緑のがまぐちと。

二つを同時に手に持ったボクは、滑稽なほどもたついていて。
見かねたナマエさんが『持ちましょうか?』と言ってくれた。
うん、喜んで。ボクはその言葉をずっと待っていたんだよ。
ナマエさんがきょとんとした。ボクはそのきょとんに種明かしをする。
え、とナマエさんの口が動くのと同時、お釣りが戻って来る。ほらほら、早速入れてくれるかな?
ちょっと強引に渡したお願いに、ナマエさんは一瞬戸惑って、それからすぐ『もぅココさんは』なんて少し難しい顔をした。
それでもがまぐちは、ちゃりん。ナマエさんの手から硬貨を受け取った。


だってボクは、ナマエさんに持ってもらうために買ったんだ。


・・・だって、硬貨って。胸にしまうには重いんだよね。
・・・だから、さ?ナマエさんが持っていてくれると助かるんだ。
・・・だって、ね。見てたでしょ?ボクが二つの財布でモタモタしてたの。だから、さ?
・・・次は、そこから小銭を出してくれる?
・・・そうだ。少なくなったらナマエさんが足しておいて?・・・なんてね。

最後の『足して』が、ボクの一番の目的だった。
ボクの言葉を受けて、ナマエさんは『わかりました』とにっこりと笑った。
がまぐちが、ナマエさんの手にしっかりと握られた。あぁ、やっぱりそれはナマエさんの手に似合っている。
無くなったら自分の財布から小銭を入れる気なんだよね。ほら早速、中にいくら入っているのか覗いている。
次の店で、ボクは胸元から財布を、ナマエさんは手の中のそれをパチ、と開ける。
硬貨を何枚か。出したナマエさんはボクに向かってふふ、と笑いかけた。少し減りましたよ?と。
もう少し減ったら足しましょうか、と。

・・・でもね、ナマエさん?それは難しいかもしれないよ?
ナマエさんのお財布の出番はきっと、無いと思うよ?
だって、ボクは小銭を切らさないように買い物をするからね。
だって、ねぇ?
たくさん入れられないように、小さながまぐちを選んだんだからね。




『なかなか減りませんね』、と。
幾度目かの買い物で、ナマエさんががまぐちの中を見て呟いた。ボクはその姿につい、クスリ。そして口の開いたがまぐちにちゃりん。貰ったばかりのお釣りを入れて、あっ、と言う顔のナマエさんににこりと笑いかけた。
ナマエさんは二・三度瞬きをして、ボクの顔を眺めていた。何となくボクの企みにも気が付いたようだった。『そういうことですね』と少しだけ口を尖らせてみせた。
けれど。諦めてくれたのか何か良からぬ事を考えているのか。それ以上は何も言われないまま、ボクは今日も、ナマエさんと街を歩く。





りん、りん。ちゃりん、りん。

ナマエさんの手から、可愛い音が聞こえてくる。何だろう、と思って傾げたボクの顔と、ナマエさんの瞳が合わさった。
『鈴をつけたんです。ほら、ここに』、とナマエさんの笑顔。
見ると、がま口の口元に小さな鈴が二つ。りん。りん、と挨拶したその体に、太陽の光がきらりと反射した。

「大事なお財布なので、分身を買いました」
「分身?」
「はい。生まれ月の色で」

こっちがココさんで、こっちが私。
ナマエさんが指で優しくなでると、それがくすぐったいのか、指から逃げるようにして、鈴はりん、と鳴る。
二つの鈴が、触れ合いながら、揺れる。触れた二つが、りん、と鳴る。触れ合うたびに、何度も、何度も。



何故だかボクの頬が赤くなった。





ちゃりん、りん。りん、りん、ちゃりん。

ボクは今日も街に出る。
ナマエさんに、はい、と。いつものように今日もそれを手渡して。
『お預かりします』、とナマエさんが笑う。手の中にすっぽり納まった小さなそれが、今日も彼女に挨拶をする。
いつものように、りん、と鳴る。
『行こうか』、と。ボクらは並んで歩く。手をつないで、取り留めもない話をしながら。
ナマエさんの鞄から聞こえる声は、ボクらと同じように楽しそうで。まるで早く出たいと催促しているかのようで、思わず寄り道をした。
ふらり立ち寄った店で、思わぬ掘り出し物を見つけて。ボクらは顔を見合わせて、今日の運勢は最高だね、と微笑みかけて。
買って行こうか。買って帰りましょう。
二人で良い気分でレジに並ぶ。
ナマエさんが鞄に手をかける。
優しく、それでいてしっかりと握られた小さなそれが、




りん、と鳴る。













「ココさん、知ってます?」
「何を?」
「新しい硬貨の話です」
「記念硬貨だったっけ」
「はい」
「気になるの?」
「一枚、買おうと思ってます」
「じゃあボクも」

買おうかな。
言おうとしてナマエさんと目が合ったボクの目には・・・

「ナマエさん?」
「はい?」
「それは飾っておく硬貨だよ?」
「そうなんですか?」
「そうだよ。」

嬉しそうにピカピカの硬貨を取り出すナマエさんの姿。
それから、がまぐちから飛び出した高額硬貨に驚く店員の姿。

「使ったら幸運が逃げてしまうよ」
「本当に?」
「本当に」

ナマエさんの瞳の中に見えた光景に、どきりとした。
まったく、がまぐちに入れようなんて。まだ足そうと思っていたなんて。とんでもない話だよ。

そうですか、と答えたナマエさんは少しガッカリした風だったけれど。すぐ元通り、笑顔のナマエさんになった。
少しだけ残念そうなのが、もうひとり。
新しい味を期待していたんだろうソイツは、ナマエさんの鞄の中で小さくボクに抗議して、




りん、と鳴る。








そんな遣り取りから、幾日か後の話。



ナマエさんが、ボクの家の本棚の隅に、ちょこんと。悪戯をした。
ケースに入ったぴかぴかの記念品が、ボクに向かってきらりと輝いた。

・・・やっぱりナマエさんは良からぬ事を考えていたみたいだ。
それでいて『お財布、今日も持ちますよ?』、なんて。小言の飛び出しそうなボクの口に封をした。
参ったな。してやられたぞ。
ね?と笑いかけられたボクは、もう苦笑いしか出ない。
・・・仕方がないか。茶色の封筒じゃ無かっただけ、良かったと思おうか。

「じゃ、行こうか」

ボクの手から、ナマエさんの手に。
いつものように、ボクはナマエさんにそれを渡す。

「はい。お預かりします」

頷いたナマエさんの手の中で。今日も、それはそれは嬉しそうに、




りん、と鳴る。





→あとがき


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