カフェモカを二人で・2








もう、何日目だろうか。

休日どころか帰宅すら危うい毎日を室長は、さらっと簡単に、且つ確実に消化している。



「これ以上消耗させるのも酷だと思ってね。だったら無理矢理寝かしてしまえ、って」
「だからって、突発すぎやしませんか?」
「ココはあの場にいなかったからそんな事が言えるんだよ」

緊急会議の場に現れた・・・もとい連行されたその男は、げっそりやつれて目の焦点もどこか危うげに、すみませんすみませんと呪文のように繰り返していたらしい。
心神耗弱も明らかなその社員に着席の間も与えず、数人の役員が我先にと責任追究をし始めた。『どう責任を取るつもりだ』『事の重大さを分かっているのか』『辞職程度では済まされないぞ』・・・半ば脅しのような言葉の数々。いくら今回の件の中心人物とは言え、錯乱しかけた弱者を言葉という凶器が更に追い詰める。
そんな彼らのノイズを遮るかのように、室長は無言で、それでいて派手な音を立てて立ち上がった。役員の制止を無視して呪文を唱え続ける男の前まで進んだ室長は・・・

・・・彼をきつく抱き締めた後、一歩退いてボディブローで失神させた。


「当然怒られましたよね?」
「怒られないよ?」
「一言も?」
「言われないよ」
「本当に?」
「『偉い』人は何も言わないよ」

室長の言う『偉い』人とは、本当に仕事の出来る人間を指している。つまり、騒いでいたのは肩書きのみ積み上がった器の小さい人間なのだろう。

「ボスは何て?」
「腕組みのまま黙って目を閉じて聞いてた」
「・・・そうですか」

ボクは小さく息を吐いて、チェックの済んだ書類をステープラで留めた。

「あ、一人だけいた」
「え?」
「『飴とムチってやつか!こりゃ傑作!!』って大笑いしてた人が」

・・・それはきっとあの人だろう。サニーの入社当時の上司で、文字通り『型破り』な重役。そう思ったけれど、敢えて口には出さなかった。

「ついでにその偉い人が後押ししてくれたんだよ」
「何を?」
「ワタシが参入する事を」
「え」
「『部署?そんなルールは破るためにある!』ってさ」
「でも、何故室長が」
「ルールを破るため!」
「・・・」
「・・・は冗談として。敢えて言えば、他に適任者がいなかったからかな?」

偶然とは恐ろしいものだ。今回の件を収束させるために必要不可欠な知識。高度な専門知識とそれが付随させる資格は、社内でも数人、しかもボクらが勤務しているこの本社では2人しか取得できていなかった。一人は、室長に失神させられた彼。そしてもう一人は、今まさにボクの目の前にいる人物だ。

「嫌がったっていずれは任命されるだろうし、だったら自分から入っちゃった方が良くない?」
「まぁそうですけど」
「不満そうだね」
「不満ですよ」
「ココは無理して手伝わなくても良いんだよ?」
「そうじゃありません」
「じゃ、何?」
「だって、今回の騒ぎの張本人は外されたんですよね?」
「自宅待機中だ」
「丸投げじゃないですか」
「良いんだよそれで」
「良いって、」
「良いんだって」

室長の言葉に、ボクは心の中で舌打ちをした。

「不満そうだね」
「不満です」
「アイツの自宅待機が?」
「そうです」
「消耗しすぎなんだからしょうがないよ」
「だからって、無責任すぎやしませんか?」
「ココはあの場にいなかったからそんな事が言えるんだって」

ボクだって、室長についていけたのなら喜んで行きましたよ?緊急の会議に肩書きの無いボクなんかが出席して良いとは思えませんが。ボクは心の中で反論した。

「じゃ、ココはどうしたいの?責任とって死んでもらう?」
「それは極論過ぎませんか」
「あの日アイツはその極論で責められていたけどな」
「・・・」
「『辞職程度では済まされない』ってね。辞める以上に何しろって言うのかね?暗に死ねって言ってない?」
「・・・」
「まぁそれ以前にも敵ばっかりだったのは確かだよ」
「・・・部署内に?」
「そう。『我関せず』って名前のね」
「・・・」
「ワタシだって同罪だよ」
「室長が?」
「初見で見誤った」
「初見?」
「最初の頃にそれとなく耳には入っていた」
「誰から?」
「それはヒミツ」

ボクはステープラを握り締めた。

「だから力になれるかって聞いたけど、その時はいずれはそうなるかな、なんて笑って返されてね」
「・・・」
「甘く見すぎてた。問題の程度も、あの部署の性質も、アイツの、良くも悪くも真っ直ぐな性格も」
「・・・・・・」
「壊れるまで追い詰められるなんて思わなかった。アイツは一度二度言われたくらいでどうにかなるほど弱くないから」
「・・・その人の事、良く知ってるんですね」

唯一の味方になろうとするくらい。

「まぁね」
「・・・」
「だから、良いんだよこれで」
「・・・そうですか」
「ちなみにただ休ませてる訳じゃないよ?」
「え?」
「復活するのを信じてんの」
「・・・」
「アイツは、この程度でどうにかなる人間じゃないからね。」
「・・・」
「アイツと二人で叩きつけるつもりだよ。何って?能無しの皆々様に、収束のご報告をね」
「・・・そうですか」
「知ってる人には『またお前らか』って言われるかも」
「・・・本当に、良く知ってるんですね」

その人を抱きしめられるくらいに。

「まぁね」

ガチ。ステープラは書類を留め損なった。
その嫌な音に、ボクは心の中で舌打ちをした。









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