カフェモカを二人で・1






くたくただ。そんな言葉を呟いたら、弱音を吐いて良い立場じゃない、と一蹴された。

「でも的確な表現ですよ。どう見たってくたくたじゃないですか」
「そりゃ疲れてはいるよ?でもそれを言って良いのは、100歩譲ってもワタシじゃない」

そうだろ?と漸くディスプレイから目を離した室長。

「上に立つ人間が先陣を切って言う台詞じゃない。違うか?」

化粧っ気どころか血色すらない顔なのに、いつもと同じキレの有る瞳がボクを見てさも当たり前のように言う。
その瞳にボクはただ、黙って下を向く。ぱらり。書類を一枚めくった。ボクが止めていた作業が動き出す。

「でもさ、ココ?」
「何ですか?」
「ココは言っても良いんだよ?『ボクはもうクタクタです』って」
「言いません」
「何で」
「まだ平気だからです」
「本当か?」
「本当です」
「なら良いけど?・・・じゃあ次はこれチェックして」
「はい」
「30分で」
「さん、」

手渡された書類の重さにマジかよ、と本音が漏れた。

「やっぱ一時間で良いよ」
「・・・30分で片付けます」
「それはそれは」

頼もしいねココは。なんて冗談とも本気とも付かない言葉を最後に、室長はまたディスプレイに向かう。
その瞬間、ボクの存在など何処にも無かったかのように。室長だけの世界の中で、作業は着実に進んでいく。



もう、何日目だろうか。



隣の部署の人間がやらかした、まさかの、そしてとんでもないミステイク。その部署の部長は報告を受けた瞬間白目になったらしい。そんな部長だからと言っては何だが、その部署で挽回など到底出来る訳が無く。収束どころか傷口はどんどん広がって、公になったのはかなり後になってからだった。終には、ボクたちにまで火の粉が降りかかって・・・否。かかって来たでは語弊がある。飛び込んだんだ。室長が。

「・・・今回の不始末、流石に前代未聞だってね。取引先にぶつける予想損害額知ってるか?あの部長の白目じゃ利子にすらならないよ。つまりアレだ、このまま訴えられでもしたら壊滅的ダメージだって事。みんなも覚悟は決めておけよ?まず無くなると思った方が良い。え?何が?我が社に決まってるだろ」

重苦しい言葉を顔色もキーを打つ速度も変えずにさらっと言ってのけたのは、ボクたち4人の直属の上司である、室長。
いつもの朝、いつもの業務開始時間。それまで室内は、社内の大ニュースとなったこの話題で賑わっていた。ボクもサニーとトリコが仕入れて来た情報を興味深く聞いていた。対岸の火事と思って。思っていた訳だが・・・思っていたよりも深刻だったという事実をたった今知った。
それまで散々しゃべくっていたトリコとサニーは、まさか、といった表情の後、室長の様子を覗っている。だって、ボクらが従事しているのは、たかが一部署の不手際でどうにかなってしまうような弱小企業ではない。ならば、今の室長の台詞は嘘か。それとも真なのか。この時の室長はいつも以上に思考が読み取りにくく、更には声をかける事すら無言で制されていた。
ボクらが顔を見合わせてどう動くべきか迷っている中、室長は急にキーを打つのを止めた。

「一発ぶん殴って気絶でもさせるか」
「は?」
「いや、こっちの話。」

そう言えば室長は、何時からキーを打っていたんだっけ?そんな事を考えたのも一瞬。『緊急会議だ。行って来る』と室長は立ち上がった。
そして、部屋を出る直前にボクらに振り向いた室長は・・・

「我々からも人員を割こうと思ってる。と言うかもう割くと決めた。誰がって?ワタシがだ。」

なんて言ってのけた。









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