その涙を拭え




「うああああーーーーーんっ!!」

ドアを跳ね開けると同時に私の前を素通りしてベッドに直進したのは、我が美食會の暴君・・・もとい姫君こと華恋。
つかの間の休息。読みかけの蔵書を思い出して久方ぶりに読書でも、と思ってページを繰った矢先の急襲である。

「・・・どうした?」
「う・・・うぇっ・・・う・・・わ゛ーーーーーんっ」

枕を抱え、突っ伏したまま泣きじゃくる華恋の姿に溜め息を一つ。読んでいた本をサイドテーブルに置き、ソファから立ち上がった。
蝶番が外れかけて開きっぱなしになった扉をそろそろと閉め、ベッドに涙顔を沈めた姫のすぐ横に腰を下ろす。


断っておくが、ここは私の部屋だ。


つまり華恋は私の部屋に何の断りも無く突然やって来た挙句、扉を半壊させて侵入し私のベッドと枕をこのように良いように使っている訳だ。・・・他の者だったら軽く10回は死んでいるだろう状況なのだが・・・如何せん、相手が悪い。
我が美食會の暴君・・・もとい華恋の機嫌をこれ以上損なわぬよう。ただひたすらに、姫君の気が納まるのを待つ。それが最善の策である事は身を以って経験済みなのだから。



・・・数十分後。



「・・・スタァ・・・・・・グスっ」
「あぁ。」
未だ顔は上げぬが幾分落ち着いた声が聞こえた。
「・・・どうした?」
「・・・フラレたよぉ・・・」
「・・・そうか」
「・・・・・・!!」
「華恋?」
「『華恋?』じゃないよ!!他にもっと言う事あるでしょ?!」
「あぁ・・・」
「・・・・・・」
「・・・またか?」






ガコッ・・・!!








首への衝撃は、死角から飛んできた鞭のような蹴り。
ただの人間だったら首から上を飛ばされる威力だ。
「スタァのバカッ!!・・・っ、〜〜〜〜〜〜!!」
・・・私が泣かせているのか?いやいやそんな事は。
とにかくもう一度同じ蹴りを喰らうのは避けたい。よって無言でこの時間を堪えるべし。
痛む首に手を添えつつ、再び泣き出した姫君の横でその気が静まるのをひたすら待った。



・・・そして数十分後。



「グスっ・・・。スタァ、ティッシュ取って」
「ん。」
手のひらを差し出す華恋の所望するがままそれを取りに立ち、その手に一枚、ひらりと乗せた。
「もう一枚」
「ん。」
「・・・もう一枚」
「ん。」
「・・・もう一枚」
「ん。」
「・・・スタァ・・・箱ごと持って来ればいちいち立たなくて良いと思う」

5枚目を取りにベッドから腰を浮かせた瞬間に、きわめて冷静な口調で諭された。

「・・・華恋が一枚と言うから」

若干恥ずかしかったのは華恋には秘密だ。
手に取った箱は、無言で華恋に手渡した。



・・・更に数十分後。



「華恋。傷心のところ悪いのだが」
「なぁに?・・・グスっ」
「人の部屋の備品をそう簡単に消費するのはどうかと思う」
私は大量に丸められてオブジェのようになった塊を見ながら華恋を嗜めた。
「昨日卸したばかりの物が・・・もう何枚も残って無いのではないか?」
「うぅ・・・・・・ゴメンナサイ」
華恋は更に一枚引き抜こうとした手を止めて、それまで抱えていたその箱を私に差し出した。
「返す・・・グスっ」

・・・反省している?華恋が?あまりに珍し過ぎて正論を言った私の方が罪悪感を感じるぞ。


「ゴメンね気付かなくって」
「・・・分かれば良いんだ」
「そうだよね、男の人って使うもんね。特に夜は。」
「・・・また返答に困る発言を。」


罪悪感焼失。

消し炭も残らぬほど。





・・・そして暫しの沈黙後。



「例え使わなくとも、そう容易く使われていては腹に据えかねる」
「使わないんだったら使いたい人に貸してくれたって良いじゃない」
「貸してと言うからには返す気が有るのだな?」
「えー」
「『えー』じゃない。」
「・・・丸まってても良い?」
あんな感じに。と言ってオブジェを指差しているあたり、返すと言うよりは片付けろと言っているのか。
「・・・新品を用意してもらう」
言うよりも早く、華恋は再びベッドに顔を沈めた。
「スタァはイジワルだっ」
「・・・・・・」


意地悪がゴミ箱を抱えると思うのか。



「ぐすっ・・・」
「・・・・・・」
「・・・やっぱりティッシュ頂戴」
「・・・」
「じゃあ貸して」
「・・・」
「ねぇ、スタァってば」
「・・・・・・」
「スタァってほんっと意地悪!こんなに傷ついた乙女を前に、全然慰めてもくれないし」
華恋はそう言うと、またじわじわと瞳を揺らめかせた。
目の前の箱に手をかけようとした華恋の指の先から、私はその箱を取り上げた。
「もう何枚も無い。全然足りないであろう?」
「だからって酷いよスタァ!」
「酷くない」
「じゃあ貸して」
私はフゥ、と息をついた。
「これ以上無駄に消費したり貸した貸さないなどと言うくらいなら、ほら」
両腕を軽く広げた。



「私の胸を貸す」



「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・やっぱり使いたいんじゃんティッシュ」
「だからそうでは無いと何度も・・・」
憤りの前に襲う、強大な脱力感。
私は大きく息を吐いた。



私は今何かを間違ったのだろうか?






・・・想い巡らせた数分後。





「スタァ?」
「何だ」

「ありがとう」

突然の感謝の言葉に首を傾げて華恋を見た。
いつの間にか華恋はベッドの上で胡坐をかいていた。泣き腫らした目が痛々しいが、その表情はすっきりとしていた。
「スタァのお陰で元気が出たよ」
「・・・そうか」
「今のギャグで涙も止まったし」
「・・・そうきたか」

ギャグのために胸を貸すほど寛容ではないのだが。
それでも。隣で背伸びをしている華恋の瞳に涙が見えぬ事を良しとしよう。

「ありがとね、スタァ!」
「・・・もうティッシュは貸さんぞ」
「今度はティッシュじゃなくてスタァを借りに来るよー」
「・・・懲りずにまた、」

誰かに失恋するのか。

「ん゛?」
「・・・いや何でも無い」




刹那ピクリと動いた足首に、慌てて訂正した。




「もう遅い。部屋まで送る」
「スタァ、今日は優しいかも」
「いつも優しいつもりだが」
「何かウルっと来た」
「・・・そうか」

泣かせる気は露ほども無い。今も、昔も。この先も、ずっと。
それでも涙零した時は、受け止めるつもりだが。

「やっぱ今借りようかな」
「え。」
その言葉に振り向こうとした瞬間。
「この辺」
「あ。」



背後でゴシゴシと動かされる気配に愕然とした。










「ねぇ?ボクは凄く優しいからもう一度聞くよ?」
「あぁ」
「今の話の何がそんなに嬉しいの?」
「何がと言われても」
「てゆーか今のそれ、まさかと思うけど惚気なの?」
「いや・・・そういう訳では」
「まぁそんな要素全く無かったけどね」
「全く無い?!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あのさ〜、ボクが思うに、スターってホントにアレだよね」
「アレ?」
「いちいち言わせないでくれる?ムカつくから」
「・・・すまない、トミー」
「あぁ〜もうほんっと!殺したくなってきた」






→あとがき(汗)





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