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あれからもう3年経ってしまったのか。
俺たちはもう17歳だ。いつになったら俺は許してもらえるのか。

知り合いがオーナーをしているというバーの端の片席で黒髪を綺麗に切り揃えただけの何の特徴もない男子高校生はグラスを持て余していた。
案の定、彼には不釣り合いな場所だ。
まだ夜と呼べる時刻でもない頃、その黒髪の平凡顔の高校生は結局グラスを置いて立ち上がった。

その様子に気づいたのか。淡い紫髪が甘ったるい綿菓子のように思える、中学からの友人がこちらへ話しかけた。

「智(さとる)帰んの?」
「うん。それじゃお疲れ」
「そう。またな」

昔から、風変わりした髪色がとてつもなくよく似合う端麗な顔をした男だった。
黒髪の智はそのまま無言にて、店を出て行った。



「なんだか智って無愛想だよな」
「しかも俺たちがいるとすぐ帰るし」

ふと紫髪の男の周りにいた同じくらいの歳の男子高校生がヒソヒソと話し始めた。彼らの髪は痛々しいほどの金髪茶髪と耳にはたくさんのピアス穴が開いている。

「……智は亡霊に縛られてるだけだよ」

そう呟くと、訝しげな顔で友人紛い達はこちらを見た。また変なことを言っていると思われたのだろう。しかし、彼らはすぐに気に留めなくなったように、新たな賭けゲームの話で盛り上がり始めた。それぐらい、いつものことだと、彼ーー橘花(たちか)が変人だということは当たり前に知れていた。そして橘花も智と同じ17歳だ。

橘花は何も知らない彼ら2人を笑って一瞥すると、静かにグラスの水を飲み干した。





何から話せばいいんだろうか。

…俺がこの、罪悪感に似たわだかまりを抱えることになった原因からだろうか?



俺と橘花は中学の時同じ地元の学校だった。橘花は中2の時は別のクラスで、橘花の友達だった美樹弥(びきや)が同じクラスだった。そして、もちろん俺は同クラスであった美樹弥と先に仲良くなった。
美樹弥は名前からしてキラキラネームだとよく目立っていたが、彼の明るげな性格と立ち振る舞いはより一層、美樹弥を目立たせた。
俺はどちらかというとあまり目立たない方で、静かに外を眺めている方が好きなタイプだった。
もちろん俺と美樹弥はそこまで似た性格をしていなかった。しかし、何故だか自然と仲良くなっていた。

美樹弥が俺を連れ出すから、外に出るのも嫌いなのに昼休みはよく同級生達とサッカーをしたし、放課後は柄になくショッピングモールやカラオケなど外で遊びまわった。課外授業や班分けもカーストが上だった美樹弥の一言で俺はいつも彼と一緒だった。でも、別に俺はそれに嫌なものは感じていなかった。美樹弥によく振り回されてはいたが、美樹弥のことは嫌いじゃなかった。美樹弥といると、人目置いてももらえるし、彼の明るさによって俺も自然と外向的になれた気がしたからだ。


そうやって夏を超えて秋が過ぎ、冬となった。
美樹弥は相変わらず俺のことを気に入っていたようで、席替えで俺の席を美樹弥の前にした。
美樹弥は構いたがりだったから、すぐ俺の首や背中へちょっかいをかける。それを見て笑う友人達やご満悦そうな美樹弥に俺はこのままこの席で流されるしかないなと半ば諦めた。こういうところは昔と変わらなくて、彼らといる期間が半年を過ぎても「人に反抗する」ということはうまくできなかった。


「美樹弥、呼ばれてるよ」
「え?なになに?俺智を可愛がってる最中なんだけど!あとにしてくれ!」
「橘花くん来てるらしいよ」
「えっ、橘花くん!うそ!」

美樹弥が呼ばれているにも関わらず、周りにいた女子達が美樹弥よりも先に廊下の方へ行ってしまった。
美樹弥は俺のうなじを子猫を甘やかすようにするすると撫でると、不貞腐れたように立ち上がった。

「あーあ、橘花まじであいつモテんなぁ。くそつまらん」
「橘花…?」
「あれ、智知らないんだっけ?ま、智も見たらわかるよ」

いこーぜ、と美樹弥は俺の腕を引っ張って無理矢理立たせた。彼と一緒に廊下の方へ向かう。俺はそのまま美樹弥にされるようにして教室から出た。



橘花は中学時代から大変モテていた。

美樹弥スッと鼻が通って切れ長な眼をしたよく見ると男らしい顔をしていたが、橘花は圧倒的に顔の整い方が違った。芸能人を通り越して、芸術品のような顔の造りだ。どうして鼻も目も口も同じように与えられているのにここまで美しいのだろうか。それほど衝撃を与えられる美少年だった。

「あ、美樹弥」
「橘花、なんの用〜?」
「あれ、できたっぽいよ。今日の放課後に行くから、美樹弥よろしくね」
「おいおい、橘花。まずは予定が空いているかどうかを聞くのが礼儀だろうがー」
「え?美樹弥は勉強もしないんだから、暇でしょ?」
「いや、そうなんだけどさ…」

美樹弥が苦笑いをしたのを見て、橘花は「それなら別に聞く必要ないじゃないか。美樹弥はいつもそうやって無駄なことして馬鹿だよね」とクスリとも笑わず真顔で言った。

綺麗な顔をしているが、結構キツイことを言う。俺は、顔色を合わせず淡々とする橘花に初対面ながら恐怖心を少し抱いた。

冷徹な美人という第一印象と、その場の空気を読まない自由奔放さ。美樹弥も自由奔放な所はあったが、橘花ほど不思議かつ自分の世界で生きている人間はこれまでもこれからも見たことがない。

それから、なぜか関係のない俺が一緒にその案件に連れて行かれることになったり、美樹弥が部外者の俺を連れてきたことに対して橘花にズバズバと優しさと配慮が一切ない言葉を言われて落ち込むという出来事があった。

しかし、それからも美樹弥は俺を引き摺り回し、橘花と共にいる時間も増えていった。



「美樹弥は智のことすごく気に入ってるんだね。なんで?」
「え…なんでと言われても…」

気に入られてる俺自身にそんな疑問をぶつけてかつ理由を聞いてくる橘花。俺が何で好かれているのか、とか知る由もない。相変わらず橘花の自由奔放さと変人なところに俺は困っていた。

美樹弥と橘花と、そしておまけで連れこられた俺の3人しか知らない秘密基地にて。美樹弥が後から来るというので、俺は先にこの秘密基地へ来ていた。ちなみに初めて会った時の橘花が美樹弥へ用件があったのが、この「秘密基地」だ。
まあ、秘密基地と言っても、ここは橘花と美樹弥の知り合いのお兄さんがやっているバーだ。どうせ夜にしか開かないのだから、と彼ら2人が勝手にここを放課後のたむろ場に選んだだけである。実際にお兄さんも納得したような納得してないような微妙な感じらしく、一番無害そうな俺に彼ら2人を何処かへ連れ出してくれとお願いされたことが何度かあった。しかし、我が者顔で座る彼らにお兄さんが逆らえないのなら、俺だって逆らえない。

俺は大人しくカウンター席でオレンジジュースを飲んで、美樹弥を待っていた。

そしたら、考えなかったわけでもなかったが、暇を持て余した橘花が話しかけてきた。言葉を濁す俺に橘花がより顔を近づけてこちらを見る。

「君はそれがわからないで美樹弥のそばにいたの?」

話しかけてきたというよりは『質問』だったのだろう。どうして君が美樹弥のそばにいて気に入られているのか。それに答えて欲しかっただけなようだ。
俺が「なんででしょうね、はは」と愛想笑いを浮かべれば、諦めたような飽きてしまったような顔をして橘花はそっぽを向いた。
答えがお気に召さなかったようだ。

俺は結局沈黙の中、オレンジジュースをズズッと飲むしかなかった。
早く美樹弥帰ってきてくれないかな。橘花のような強気な態度の人間が、俺の一番苦手なタイプだ。あの強い目で見られると、恐怖に縛られて何も言えなくなってしまう。空になってしまったグラスに映った特筆卑下でもなく華美でもない自分のぼんやりとした平凡な顔が、少し寂しそうだった。


オレンジジュースはもうなかった。
じっと座ってこの沈黙に耐えれなかった俺は、外の自販機にジュースを買いに行くことにした。バーのお兄さんはずっと裏で下準備をしている。
彼に何か言えば出てきたのだろうが、彼とは元から知り合いではない俺が迷惑をかけることがなんとなく嫌だったのだ。

小銭を入れて自動販売機の赤く光るボタンを押す。ボーッとしてたせいか、何故か生クリームの味がするジュースを選んでしまった。俺は缶の蓋を開けてジュースを一口飲む。初めて買ったのだが、やけに甘いジュースだった。本当に生クリームを溶かしてるだけじゃないのか?
俺はまた店に戻ってきて、先ほど座っていた高めの椅子に座った。やはり外よりは暖かくて中の方が居心地が良い。そして、なんで俺はこの寒い中このジュースを買ってしまったんだ。ヤキモキする気持ちで、生クリームを喉に通す。なんだかむしろ胸焼けがしてしまうようだった。

半分も飲まないうちに俺はカウンターにジュースを置いた。甘さがキツくて飲みきれそうにもない。ふぅっと深いため息も一緒に漏れてしまう。なんとなく視線を右にずらせば、橘花がじっとこちらを見ていた。パッと目が合ってしまう。
頬杖をついた橘花は別に動じず、こちらを見つめ続ける。この様子だとずっと俺のことを見ていたようだ。


「あ、あの、なにか…?」

しばらく。見ている視線に耐えられなくなって俺から話しかける。橘花はそっと頬のついた手を離すと、目線は外さず姿勢を正した。

「そのジュース好きなの?」
「えっ、あ、いや…」

突然の質問だった。だが、好きじゃないのに買いました、なんて橘花に言ったら「なんで好きじゃないものを買うの?」とまた強く彼に睨まれてしまうだろう。

「…えと、好きです」

結局、好きと答えるのが無難なため、嘘をついてしまった。

「へえ。俺もそれ好きなんだ」
「え、あ…そ、そうなの?」
「うん。ちょうどいい甘さで好き」
「そ、そうだね…」

いや、ちょうどいいよりむしろ相当甘かったと思うが。なんて言えず、こくこくとうなずいて同調の真似事しかできない。
その状況に居た堪れず、そわそわしてジュースの缶の縁を触っていると、橘花はまだ話しかけてくる。

「それ飲まないの?」
「あ、飲む飲む。うん、飲むよ」

本当はこれ以上飲みたくない。しかし、橘花に煽られたような形になり、無理矢理缶を持って口を付けようとする。口へ液体を入れたくとも、匂いだけでもう胃が気持ち悪かった。


「う……あの、さ、飲む?」

俺はそっと缶を下ろして、橘花の方へ缶をずらした。橘花の目は心なしか羨ましそうにこちらを見ていた気がしたからだ。橘花は少し驚いた顔をしたが、眼をキュッと細めた。

「いいの?ありがとう」

そう言って彼は飲みかけの缶を受け取ると、ぐびぐびとジュースを飲んでいく。本当にあの甘ったるいのが好きだったようだ。いい飲みっぷりである。俺がたまげてる横で綺麗に飲み切ってしまった橘花。その様子で、さっきの問いが「飲まないなら俺も飲みたい」と言いたかったことにやっと気づいた。


帰ってきた空のジュース缶をぼーっと見ていると、橘花が少し不安げな声を漏らした。

「もしかして、まだ飲みたかった…?」
「え、あ、ああ…大丈夫。むしろありがとうって感じです」
「ありがとう…ってどういうこと?」
「あ、なんでもないです。気にしないで」

どうやら缶の中身を見ていたと思われたらしい。たしかにあんなにがぶ飲みされたら、好きなジュースのときにはカラカラになった缶に激怒していたかもしれない。でも今回は俺もこれ以上飲む気もなかったし、量も指定してなかったし、むしろありがたい……と思う。

しかし、沈黙して少しすまなさそう顔をした彼がひどく憂んでいるように見えた俺はなぜかこの時必死に弁解した。

「だ、大丈夫!半分こだよ」
「半分こ?」
「そう、半分こなら平等でしょ?お互い好きなものを分け合って、2人とも幸せになれるなら俺はそれが一番嬉しいよ。だから、別に、そんな量とかね、気にしないでいいよ、うんうん」

本当は半分も俺は飲んでいないが、大体半分だろうと思っておく。彼に嫌な気持ちをさせないように無理矢理半分こ理論を持ち出した。半分と半分に分けてシェアできて2倍にハッピー!理論だ。お菓子会社のCM受け入りである。

どう解釈したかはわからないが、ほっと安堵したらしい橘花は頬を赤くして嬉しそうに笑った。

「美樹弥がキミのこと気に入った理由がわかった気がする…。僕も智って名前で呼んでいい?」
「え?あ、俺の名前…」
「俺のことも橘花って呼んでいいよ。智って呼んでいい?」
「え、あ、は、はい」

橘花が俺の名前を知っているなんて意外だった。仲良くなった後も、他人に興味を持たない彼が俺の名前を知っていたことを本当に何度も不思議に思ったぐらいだ。

生クリームジュースの餌付けで橘花が俺に懐いたことをきっかけに、仲良くなっていった俺と美樹弥と橘花の3人は、放課後毎日この秘密基地で遊ぶ仲になっていった。





「ねえ、智。半分こ」
「え、橘花これ食べるの?辛いよ?いいの?」
「いいの。智のやつ半分こしたい」
「はぁ?お前と分けたら三分こじゃん」
「まじで美樹弥クソつまんないよね」
「なに?俺ほど面白いやついねーと思うけど?」

橘花はムスッとして俺と美樹弥が食べていた激辛ポテトチップスを無理矢理食べる。思ったより辛かったんだろう。いつもの冷博で優雅そうな顔が辛そうに歪む。だから言ったのに…。橘花は相当な甘党な面、辛いものや苦いものは大変苦手であった。

「橘花大丈夫?飲む?」
「うん…」
「智!橘花の顔見た?すげー顔してた!」
「……」
「橘花、橘花っ!おこんないで!」
「まじで美樹弥って馬鹿くさいよね。昔はもっと頭良さげだったのに」
「は?それなら橘花は子供臭くなったよな。オモチャの取り合いに必死みたいじゃん」
「は?誰がオモチャの取り合いだって?」

橘花の目が冷たく鋭く光る。俺は今でもその表情に少し怯えてしまう。一方で美樹弥はそれに全く怯まず、そっぽを向いてチップスを貪った。

美樹弥も相変わらずだ。橘花の前だとからかう調子がより上がっている気がする。橘花は雪女のように冷たく怒った顔をずっとしているが、美樹弥はそれを宥める様子もない。だから、間に挟まれた俺がいつも彼を宥めるのだ。

「橘花、はい、飴あげるから…」
「……智、俺が飴あげたら機嫌治るとでも思ってるの?」
「ぐ、」
「今日はなに味?昨日はイチゴだったよね」
「オレンジです…」
「ふーん」

橘花は俺が持っていた飴玉の袋を取り上げると、口の中に中身を入れてしまった。もらうものはもらう主義の橘花だ。
橘花に気を取られていたら、もう一個取り出していた飴玉を美樹弥が背後から奪い取った。

「お、ぶどう味じゃん。俺の好きな味」
「は?ちょっとなんで俺の飴を美樹弥が食べるわけ?」
「いや、これは智のっしょ」

な?と笑った美樹弥からは甘いぶどうの香りがした。もう口の中に入れてしまったようだ。本当に手が早いと言うか。

「はぁ…」

俺は2人にとやかく言うのは諦めて、桃味の飴を取り出して食べた。

「あ、智も俺の飴食べたね」
「いやだから智のだろって」

そう言いながら、オレンジとぶどうと桃の香りが鼻をくすぐる。喧嘩してるのにこんなに香りが漂ってくるのは、近い距離で話しているからだろう。ああ言いながらも、なんだかんだ仲がいい。そして桃の飴の香りを漂わせるのだ。
俺はそれに笑みを隠すように飴へガリッと歯を立てた。





そして、一転。淡い煌びやかな日々を真っ黒く塗り潰された突然の衝撃だった。
俺は何故隠れてしまったのだろう。いつものように飛び出せばいい。飛び出して笑えばよかった。


「智をここに来るのやめさせる」
「は?なんで?」
「あいつには合ってないからだ」
「なにそれ。意味がわからない」

営業準備中と掲げられた静かな店内で美樹弥と橘花の揉める声が聞こえる。早く店へ訪れていた俺は偶然にもカウンターの下へ隠れていた。だから彼らは俺がいることに気づいていないんだろう。俺がいない仮定で話が進んでいく。

「智はこれ以上ここに通わせる理由はない」
「は?なんなら、美樹弥が智を連れてきたよね。今更どう言うつもりなわけ?」
「…昔は違ったけど、今はここに入れるべきじゃないと思ってるだけだ」
「それ理由になってないけど」

橘花は俺がここへ来れなくなることに強く反対してくれているようだった。一方で美樹弥は理由はよくわからないが、きっぱり連れてきたくないと言っている。

(どうして、そんな急に)

美樹弥に何か気に触ることをしてしまったのだろうか、美樹弥に嫌われてしまったのだろうか、だからここに連れてきたくないと言っているのだろうか?
美樹弥との出来事をなるべく思い出す。それでも昨日まで美樹弥は態度など特に何か変わった事はなかったはずだ。

俺は気づけば2人の前に乗り出していた。

「智…っ」

俺が現れたことに動揺した美樹弥と橘花。俺は縋り付くように叫んだ。

「な、なんで?俺が来ちゃダメってどう言うこと、ねえ、美樹弥っ」
「……3人でのおままごとには飽きたんだよ」

美樹弥はいつもの明るい彼ではなく深妙な顔つきをしてそう言った。

おままごと…?なにを言ってるんだ、美樹弥は。俺たちのやってきたことは仲良しのただの真似事だって言ってるのか…?


「智。大丈夫、智はやめさせないよ。だってわがままを言い出したのは美樹弥なんだ。そんなに嫌なら美樹弥がいなくなればいい」

俺がショックで呆然としていると、橘花が後ろから俺の肩を抱いた。橘花は俺を安心させるようにそう早口に捲し立てる。

一方橘花の言動に気に食わないのか、美樹弥の顔がより強張った。美樹弥は確実に怒っている。

橘花は美樹弥が怒っていることをわかっているのかわかっていないのか、しかし、近い距離まで俺を抱きしめて、そっと囁く。

「ねえ、智はここに来るの嫌なの?」

ここで、どんな回答をしたら、誰がどう怒るかなんてわかっていた。『ここに来たい』と言って美樹弥を怒らせる方と美樹弥のために『行きたくなかった』と守ってくれた橘花を裏切る方。でも俺はやはりこれが嘘だと思いたかった。こんなに怒った顔で睨んでいる美樹弥がただの勘違いで、間違いで、早とちりで、俺が言ったことへいつもみたいに明るく返してくれる美樹弥に幻想を抱いた。

「嫌じゃない…」

はっきりと言葉にしてしまえば、2人の顔色は案の定各々に変わった。

「智っ」
「ほら、美樹弥!智はここに残りたいって!」

3人でいたかった。俺がここに残りたいって言えば、わかったってうなずいて仕方ないなとまた元通りになると思ってた。だから、俺は、この小さな希望に託してしまったのだ。


「わかった。それなら俺はもうここに来ない。そうすれば智ももうここに来ないだろ?」

どうしてなのか、それは絶望の答えだった。
美樹弥はどうなっても俺たちの関係を解体する気だ。

「ほら、行くぞ智」
「ちょっと、美樹弥。智はここに残りたいって言ったんだよ。お前とついていくとは言ってない」
「智」

美樹弥が橘花の声を無視して、俺の名前を呼んだ。

「お前はどうするんだ」

あ…っと掠れた声しか出てこなかった。俺を見つめる美樹弥の目はひどく冷たかった。美樹弥もこんな目ができるのか。俺は美樹弥についに見捨てられたのかもしれなかった。初めて見る美樹弥に恐怖心を抱く。

言葉が出てこない俺を美樹弥が無理矢理手を引こうとした。
しかし、その前に橘花の体が俺に縋り付いて制する。

「智、さとる、行かないで…俺を1人にしないで、やっと、やっとできた友達なのに…」

大袈裟だよ、なんて悠長に笑うことはできなかった。橘花の体は信じられないほど震えて顔色は真っ赤だったものから真っ青へと変わっていくのだ。橘花の唇がどんどん青紫へと変色し、顔は透けてどんどん赤みをなくしていく。

結局俺はその腕を振り払うことができなかった。元から橘花のような美しい人間を振り払って傷つけるほどの度量はなかったのだ。友達にやっちゃいけないのに、比較してどちらの選択肢を選ぶの良いか考え、橘花を選んでしまったのだ。

「美樹弥…」
「……」

美樹弥の短い前髪が揺れて、黒い瞳が光った。美樹弥がなんとなく黒豹に見えた。そして、俺の答えが変わることがないとわかってしまったんだろう。
美樹弥はなにも言わず背を向くと、店から出ていってしまう。

美樹弥は結局俺たちの元から離れてしまった。これは俺が招いてしまったことなのだ。選択肢を誤った結果、なのかどうかはわからなかった。しかし、立ち去る美樹弥はなにも言わなかった。そして、そのまま俺たちの前から静かに姿を消した。学校に来ないまま転校し、別れの挨拶なんて一切せずどこか知らない街へ美樹弥はいってしまったのだ。




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