突然訪れたのは『好き』とか言ってないでしょ

「おい、泰宿(たやと)ー授業行こうぜ〜〜」

毛先が尖ったように跳ね上げた派手な金髪頭が物凄い勢いでドアを思いっきり開けた。
周りの生徒たちはビクビクッと震え上がるが、それに対して誰も反抗はしない。
シーンと静まり返る教室。
いつもならドア近くにいる幼馴染みが「あ、やっくん」と平静な声で応えてくるのだが、それは一向に聞こえてこない。

「は?どういうこと?」
「あ…あの…巻塚(まきつか)くんは…縁神(ふちがみ)くんと一緒に…」
「はぁ?!縁神?!だれだよ、そいつ!!」

呟かれた問いに恐る恐る答えた生徒は大きな怒鳴り声を上げた金髪にひどく怯えあがってしまう。彼はカタカタと肩を揺らし、すみません!と派手に転びながら教室から逃げてしまった。

ーーはあ、もうこんなことは慣れている。
人よりも不機嫌な態度や目つきをしている彼は、好きで染めた金髪から恐いヤンキーと思われているらしい(素行がいいとは自分でも思ってないが)。
そのせいか幼馴染以外にまともに話ができた奴が高校に1人もいない。しかし彼はそんなことは別に気にしておらず、自分には最愛の幼馴染1人だけ側にいてくれればそれで良いと思っている。
ーーだが、その幼馴染がいない。いないのだ。
どうなってやがる。
アイツは俺のことわかってるから勝手にいなくなったりしない。絶対メールでも置き手紙でも伝言でもするはずだ。俺を心配させるようなことはしないはずだ。


「縁神ってやつのせいか…」

確か女子が騒いでたイケメンがそんな名前だった気がする。

なんでそんな奴が泰宿に用があるんだ。関わり合ったなんて聞いたこともない。泰宿の人間関係は俺が1番知ってるし、俺が1番アイツの親友だ。そんなよくわかんねえやつより、アイツは俺を真っ先に優先するだろが。

「クソ……ッ!!泰宿!どこ行きやがったぁ!!」

狼のような吠える声が廊下中に響き渡った。




−−−−−−−−−−

「え、ちょ…っ!な、なんですか!」
「巻塚泰宿、はやくはやく」
「え、まっ、だ、だれですかっ」
「はやく」
背の高い淡藤色の髪をした男によりグッと腕を引っ張られた。足の長い彼の早歩きに引っ張られるから小走りで思わず転けそうになる。

俺はいつものごとく教室でやっくんを待っていたら、突然この美形さんが現れ、教室から連れ出してきた。
やっくんは保育園の頃からの幼馴染みで、十年年来のお隣さん付き合いをしている男子だ。やっくんは隣のクラスだから、移動教室の際はいつも俺を呼びにきて一緒に授業へ向かう。やっくんは頑固だから俺がいないと拗ねてしまうため、教室で彼が来るのを待っていたのだが…。

「あの、俺、つぎ、授業が…!」
「大丈夫、5分だけだから」
「いやいや!あと5分で始まりますから!」

ここから移動教室に1分以内で到着なんて無理だ。遅刻決定した……。成績減点されたらどうしよう…。不良少年であるやっくんといつも居るから、ついに俺も非行に走ったと思われるのは釈だ!こんなことで先生やクラスメイトの信頼を失いたくない!
離してくれ!
そう願うけど、美形さんの力はものすごく強くて抗えない。廊下を通り抜けた美形さんはそのまま靴履きの状態で中庭へ突進した。

「わっ、ちょっ!」
「見て。咲いた」
「はい…?」

ほら、と美形さんは花壇を指差す。
花壇にはピンク色のチューリップが可愛らしく1本だけ咲いていた。

「えっと、よかった、ですね」
「うん。泰宿…たやと……言いづらいな、タルトにしよう。タルト嬉しい?」

ニコリと整った顔が破顔した。春の暖かさと優しい日光に包まれ、ふわりと花が咲き誇るような美しさがそこにはあった。
そのまま男に腕を強く引っ張られ、綺麗な顔が近寄る。

「ね?綺麗でしょ、タルト」

もう一度そう言って嬉しそうに頬を染めた綺麗な男に、心臓がキュンッと鳴った。


……え?キュン??

----

「おいっ!泰宿!どこ行ってた!!」
「やっくん…」

あれから「これを見せたかったんだ、じゃあねタルト」と言ってあの綺麗な男の子は俺を中庭に放置して帰っていった。突然すぎる出来事に呆然としていると、授業開始の鐘が鳴り俺は慌てて教室へ向かった。
そして、物理教室の前に着くと、少し憤怒した(…いやかなりかも?)やっくんが廊下に立っていた。

「やっくん、授業は」
「始まってる!それよりどこ行ってたんだ!」
「え、えと…中庭?」
「は?!なんで?!」

キーンッと甲高いやっくんの声が大きく響く。窓の開いた教室からはいつも機嫌の良いやっくんを怒らせている俺が珍しいのか、生徒どころか先生まで様子を伺っている。

「なんで勝手に置いてったんだよ!失礼だろ!」
「やっくん落ち着いて。置いて行ったんじゃなくて、連れてかれたの」
「なに?縁神とかいうやつが?アイツがお前に中庭で何の用があるわけ」

知らない…。イマイチ俺もなぜ中庭に連れて行かれたのかよくわかっていない。可愛いチューリップを見せてもらっただけだ。
というか、縁神って言うんだ、あの子。
「わかんないです」と正直に答えると、やっくんは「はぁっ?!」と怒鳴りつけた。

「やっくん、ごめんって。次こんなことあったら真っ先に連絡するから」
「それが当たり前だろが。迎えに行ったのに勝手にいなくなるとかふざけんなよ」
「うんうん、ごめんって。ジュース奢るから」

そのまま手を握って「教室へ行こう」と誘導すると、やっくんは黙り込み、「次からはすんなよ」と小さな声で呟いた。

「うん、約束する。授業受けよう」
「はぁ……わぁ〜ったよ」

やっくんはぎゅうっと手を握り返すと教壇側のドアから教室へ堂々と入って行った。
そのままやっくんに手を引かれながら、眼鏡をかけた先生に「すみません、遅れちゃいました…」といえば、「ああ、理由があるんだよね、大丈夫、遅刻もつけないから」と減点は免れた。ああ、ありがたや。

大人しく席についたやっくんもそのまま俺と一緒に授業を受け、授業も問題なく進行したのだった。




授業が終わりそのまま昼休みへ突入したため、俺はやっくんと一緒に屋上へ向かった。もちろん道中で謝罪のジュース付きだ。やっくんと自分の分のコーヒー牛乳2本を買い、購買会で購入したパンを食べた。

やっくんは確かに行いが悪いときもあるが、なんだかんだ面倒見が良くて優しさがある子だ。人間関係には敏感なところがあって、態度がキツかったり、物言いが強いことがあるが、あれは全部不安の裏返しである。

「泰宿、タバコ吸っていい?」
「やだ。肺炎になりたくない。受動喫煙反対」
「ちっ…」

やっくんは取り出していたタバコ箱をポケットに仕舞い込むと、ほぼ空になりかけのコーヒー牛乳をズズッと音を立てながら吸った。
そう、やっくんは人の嫌がることはしない。頑固だから反発しちゃうところもあるが、ハッキリとNOと言えば素直に意見を聞いてくれるのだ。…それはやっくんと信頼を築き上げた人限定なところはあるかもしれないけど。

「はぁ…やっぱり木陰で吸うしかねえなぁ」
「校内禁煙だよ、やっくん」
「森の中に入れば校内じゃないから大丈夫。先生たちも吸ってるしさ。俺20歳だから法律も侵してないし」

そう言ってピースしてくるやっくん。
高3になった俺らだけど、やっくんは家庭の事情で3年遅れて高校へ通い出した。よって中学の時は別々だった年上のやっくんと入学式を一緒に行うことになった。やっくんはみんなよりも年が3つ上だからまたそれが馴染み辛い原因なのかもしれないけど、本人は別にそのことについては気にしてないようだし、授業もなんだかんだ真面目に受けてるからいいのではないだろうか。

「泰宿、進路どうすんの?」
「うーん、俺は大学進学かなぁ…。やっくんはやっぱり就職?」
「ん。俺は高卒が欲しかったから高校行ってただけだし、勉強やっぱり好きじゃないしなぁ。早くバイク触りてえ」
「そっか」
「泰宿頑張れよ。俺の方が進路早く決まると思うからさ、就職決まったらお前のこと全然手伝うし、なんならお前が浪人したら俺の部屋に一緒に住もうぜ」
「やっくん、家そもそも隣じゃん。てか浪人する前提やめて!」
「家が隣なだけと一緒に住むのは全然違えだろ。泰宿意外とボサっとしてるからなぁ〜、俺が見とかないと」
「はあ〜?もうなんなんだよー」
「まあ合格しても一緒に住もうぜ、シェアハウス」
「まあ、いいけどさ」

俺もやっくんと一緒にいるのが1番楽しいし気が楽だ。だから、昼休みもこうして毎日やっくんと一緒にいる。

やっくんがよく俺らって親友だよな?って言うけど、俺もそう思うよ。

----

「あ、タルト」
「あ」

食事を終えた俺とやっくんは教室に戻ろうと廊下を歩いている途中、つい数時間前に中庭に連れ出した美しい男と偶然にもまた顔を合わせてしまった。

いつのまにか俺のあだ名は『タルト』に決定されてしまったようだ。

見知ってる感じの俺の雰囲気に、やっくんは一気に不機嫌になった。

「泰宿。だれ、こいつ」

明らかに敵視したような不機嫌な口調に俺はハラハラとする。これはやっくんの悪いところだ。こうやって警戒強く飛びついてしまうと、ろくなことがない。

「あ、やっくん、この人は」
「タルト、あそこに花をまた植えようと思うんだけど何がいい?」

やっくんの機嫌を直そうと弁解しようとしたのだが、敵意を向けられた本人はなんともなかったように無視して俺の方へずいっと割り込んできた。

「なんのお花が好き?タルト」

やっくんも俺より5センチほど背が高いが、それよりも高身長な彼は体を屈め、グッと俺に顔を近づける。やっくんのことは視界に入っていないようだ。

「あ、えと、ひまわり?」
「向日葵!いいね、学校で大きく育つかな〜」
「っおい!なんだよ、てめえ。泰宿に近づくな!」

一瞬気後れしたやっくんが急いで噛み付くように間へ入り込み、俺と美形さんの距離を取らせた。

「近づきすぎだ!」
「だれ?」
「こっちこそ誰だてめぇ!俺は泰宿の幼馴染みで親友だ!」
「へえ…。タルトって親友いたんだ」

やっくんの頭の横からひょこっと顔を出してこちらに尋ねてきた。その馬鹿にされた態度にやっくんの怒りはますますヒートアップする。

「てめえ、その態度…もしかして、縁神か!」
「あ、そうだよ」
「!!……てめえ…泰宿にはもう俺がいるから、お前なんかいらねえんだよ消えろ!」
「?どういうこと?なんで君にそんなこと言われなくちゃいけないの?」
「お前みたいなやつが考えてることなんかわかるんだよ!泰宿の親友の座取ろうとしてんだろ!だがな!俺が泰宿の1番の親友なんだよ!」

わーっ、始まっちゃった…。やっくんの勘違い。
今日はやっくん厄介デーだ。なんで今日はこんなに彼の悪いところばっかり出てくるんだ。

やっくんはとても頑固で神経質で、人間関係に敏感だ。だからか、俺の人間関係にもとやかく煩い。
特に俺と仲良くしてこようとするやつがいると、「俺を通してから泰宿と話せ!」みたいな謎の関門システムを発動してくる。彼が言う理論は「泰宿は俺の1番の親友だから、俺が1番お前のこと知ってないとダメだろ」らしい。
しかも、やっくんも自分と仲良くなった奴は俺に見てほしいらしく、この前は将棋センターでなかよくなった75のおじいちゃんを紹介された。別に人間関係や交友関係は個人の自由だと思うよ…。

まあ、そういうやっくんの1番恐れるところが、『俺の親友』を取られるということらしい。
だからこうやってたまに、知らない人に対して過剰に敵対心を燃やしてしまい、トラブルになってしまう。

「だからてめえみたいなやつには泰宿にはいらねえの!」
「ふーん…でも、僕、タルトの親友になりたいわけじゃないよ」
「はあっ?!ほんとか?」
「うん」
食い下がろうとしないやっくんに、縁神はうんうんと何度も頷いた。

「だって俺、親友じゃなくてタルトの恋人になりたいもん」
「はい…?」

パードゥン?

「タルトの恋人になりたい。ね、いい?」

もう一度発された『恋人』というワードにやっくんと俺の大きな叫び声が学校中を震わした。


ーーーーーーーー

やっくんは鍛冶場の馬鹿力?防衛本能?により、横にいた俺をお姫様抱っこしてその場から逃走した。縁神くんを「危険人物」と認識したらしい。残りの授業のことなんかすっかり放棄してそのまま自宅に帰ってきてしまった。

貴重品は全て持ってきてたから運が良かったけど、課題とかは明日朝イチにやらないと間に合わないだろう。

ゼエゼエと全速力で家まで突っ走ってきたやっくんを見ながらぼんやりそう思った。


やっくんの家は少し古くて、畳が部屋いっぱいに敷かれている。
現代のフローリングではない珍しいタイプだ。
不躾に置かれたベッドに俺は座らされ、やっくんはまだ呼吸を整えていた。

「やっくん、水飲む?」
「いや、いい……はぁ、はぁ……なんだ、あいつ……」

そう断ったやっくんだったが、彼は荒々しい呼吸で咳き込み始めてしまう。
俺は急いでベッドから飛び降りて、咳がうまく出るようやっくんの背中をポンポンと叩いた。

そうすると、やっくんは咳込みながらも、トサリと俺の肩に頭を乗っけ、体全体を俺に沈めた。

背中から肩へ手を動かしポンポンと撫でてあげる。彼の重みを受け入れながら、肩をさすっていくと、彼の呼吸は思ったより早く落ち着いてきた。

まったく…彼はすぐ無理してしまうから…。

汗で濡れた額が首元にぴたりと当たり、俺はなんとも言えない保護欲に掻き立てられた。普段キリキリとしているやっくんの弱った部分を知っているのも、きっと親友の特権なのだろう。


落ち着く呼吸とともに、頭もポンポンと撫でてあげると、キュッとやっくんの体が強張った。


「泰宿、アイツお前のなんなの…俺が1番じゃないのかよ…」
「な、なんなのって言われても…俺も今日会ったばかりだし…」

あんなイケメン会ったことあったかな…。
うーんと、脳をフル回転させて、彼の淡いパープルのような髪色の人物を辿る。
…3分粘ってみたけど全く思い当たらない。
その間じっとこちらを見つめていたやっくんだったが、俺がわからないとヘラリと笑うと、「バカ」と伸ばされた腕からデコピンされた。

「……ああいうタイプが俺1番嫌いなんだよ……」
「え?なんで?のらりくらりしてて掴みづらい感じ?」
「それもあるけどよ……」

ぐしゃりと汗で濡れたやっくんの前髪が潰れた。俺にはもたれかかったまま自身の前髪をぐしゃぐしゃと彼はかき混ぜる。

「泰羅(たいら)さんと似てっから…」
「えっ!兄ちゃんとっ?」

突然出てきた兄の名前に声を上擦らせると、やっくんはすぐに不機嫌な目線をこちらに寄越した。

「このブラコン野郎……」
「ブラコンじゃない、ブラコンじゃない!兄ちゃんと仲良いだけ!」
「そう思ってんのは泰宿だけだよ。うちの母ちゃんも言ってんもん、『泰宿のお兄ちゃんっ子』には敵わねえって」
「え!おばさんもそう言ってたのっ!?」
「なんで喜んでんだよ!」

次はパシリと頭を叩かれてしまった。
仕方ないだろ、誰だってお兄ちゃんは誇れるべき家族だろ?

俺の兄ちゃんは8つ年上で、新人研修医だ。確かもうそろそろお医者さんとして活躍できるらしい。兄ちゃんは頭も良いことながら、運動もできて、芸術の才能もあり、おおらかすぎる寛大な心を持っている。どんなに俺が追いかけても怒らないし、周りのペースに惑わされない。いつも自分の高みだけを目指し、俺には計り知れない遠くを見据えているのだ。

『泰宿、お前はいつまでも勝手に飯が出てくると思っているだろう?しかし、あれは違うんだ。父さんが一生懸命仕事をしてお金を稼ぎ、母さんがそのお金で食材を買って料理してくれたことによって、俺たちはうまい飯を食べられるんだ。だからな、俺は一生懸命勉強する。そのかわり母さんのように、お前は餃子作りに専念しろ』
『わかったよ、兄ちゃん!』
それから俺はたくさん餃子を作った。兄ちゃんはその時喜んでくれ、『次はお好み焼きを頼むぞ。俺らでおいしい飯を食って行こう』と応援してくれた。俺はその約束通り、今でも料理は熱心に勉強している。


「お前マジでそれ信じてんのかよ…」
「兄ちゃんが言ってたからね」
(それ、母さんが旅行に行ってて都合よく飯を作って欲しかっただけだろ…)

やっくんが先ほどよりも濃い呆れた目線を向けてきた。何かおかしいことでも言っただろうか?

「確かにあの縁神って人もカッコ良かったけど、兄ちゃんと似てる要素ある?」
「ある、たっぷりある。あの不思議ちゃんな感じとか唯我独尊な感じとか、まじで泰羅さんそっくり」
「うーん…そうかなぁ。確かに兄ちゃんは他にはない凄い感性持ってて、他人に流されないけどさ」
兄ちゃんはどちらかというともう少し気高い感じがする。兄ちゃんを誰も越えられないと思わせるオーラを持っているのだ。

「そう思うと、兄ちゃんとはやっぱりちがうよ」
「ふーん、まあ、お前が何とも思ってなきゃなんでもいいわ。何もされてないよな?惚れたりとかさ」
「うん、なにも…」

『キュンッ』
そういえば一瞬、心臓が変な音がしてたような…。

「例えば、胸が締め付けられたり、ドキッとかキュンッみたいな謎の音がしたりとか」
「………」
「…は?マジで言ってる?」
「いや、待って、俺まだなにも言ってないっ」
「おい、泰宿、てめえ…」
「いや、だからなにも言ってないっ」
「この裏切りもんがぁーーっ!!」

そのままやっくんに勢いよく顎下を殴られた。


本当に何も言ってないじゃん!好きとかだなんて!




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