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『綺麗なまつげですね』

なんだこいつ、うるせえな。
俺のアイツの初めの印象は最悪だった。

俺は人よりも顔立ちが少し女ぽかった。
多分母の血を受け継ぎすぎたんだと思う。黒の細くて癖のあまりない髪も、細くてツンとした鼻も、目が人より切れ長なのも、母の血のせいだ。
脂肪や筋肉も付きづらくて薄っぺらい身体をしていたし、普通の男よりはなよっぽいのも自覚があった。
でもそれで人に舐められるのは嫌いだった。
特に背丈や体だけでかい奴は俺が弱いと思いこんで女扱いしてくるのは反吐を吐くほど嫌いだった。
そういう奴には大抵従ったフリをして、痛い目に合わせるのが常套だ。仕事での大ミスを誘うでも単純に暴力でねじ伏せるでも相手が精神的に傷を負うようなやり方でも、とにかく追い詰める。
高校卒業して半ばフリーター状態だった俺は絡んできた奴を潰しまくり、仕事をことごとく解雇させられ、今のコンビニバイトでも目をつけられては煙たがられていた。

コンビニは人不足が激しいため、さすがの俺でも解雇までには至っておらず、俺は一年半経っても辞めさせられていなかった。仕事はそんな難しくもないし、相手をやり込むやり方はいくらでも知っていたから、バイトや接客は苦では無かった。ただ、夜勤シフトの相手はコロコロ変わるし、店長はほぼ黙らせたようなもんだが俺と仕事をやりたがらないから基本的に仕事中は一人だった。流石に暇だし、何も面白みがない。
女でもシフトにいれられたら気分がいいのにな、と思っていた頃。
新人バイトが入ってきた。

そいつは小さくて、顔も幼く、高校生?と思っていたが、同い年らしかった。一応大学生らしい。なんか店長がそう言ってた。
まあ、図体がでかいやつほど威張ってムカつくから、小さい方がいっか。
よろしくと手を差し出した時、アイツは言った。


『よろしくお願いします。……綺麗なまつげですね』


は?なに?女っぽいっていうことか?
なんだこいつ、うるせえな……。

こんな小さい奴に初めて煽られたことに俺はすごく苛立った。しかも、一番嫌いな『顔』について触れられたのが気にくわない。俺はすぐこいつをターゲットとしてバイトを辞めさせると決めた。


俺は初めから飴なんか与えず、やり込むことを決めた。徹底的に仕事を押し付けたり、あからさまに嫌った態度を取った。アイツもそれに気づいたのか、困り顔を見せた。しかし、ちっこい奴ほど図太かった。
仕事は懸命にこなそうとするし、俺にへつらう態度を取ろうと笑顔を振りまいてくる。ムカつくから無視しても必死に俺についてきて、接客態度も大変良かった。
かと思ったら急に俺と関わらなくなった。それがなんかムカついて、俺が追いかけ回してやった。その時の驚いた顔はたまらなく面白い。今でも笑える。たまに尻を撫で回すと、ムッと顔をしかめるのも、気分が良かった。


でもある時から、あのクソ金髪野郎が赤坂を懐柔し始めた。こちらから見ても分かるゴリゴリの贔屓目に腹が立つし、アイツもそれに調子良くヘラヘラ返してやがる。クソムカつく。泳がされてんじゃねーよ。すぐ尻尾振ってんじゃねーよ、尻軽。

こっちのことに気付いてんのかわからないが、アイツは調子乗り出した。名前やら態度が明らかに他の客と違う。勘違いすんな。早くシメてやらないと。調子乗ってんじゃねーぞ。

でも、イライラが治らなくて、どう墜とせばいいか頭が回らなくて考えられない。いくら離れてみても、腹奥のムカムカが治らない。
俺は納まりがつかなくて、アイツが帰ったあの日、ロッカーからバイトの制服を盗んでやった。赤坂の制服をリュックにぐちゃぐちゃに突っ込み、家へ持って帰ってくる。
(どうやり込めてやろうか)
そう思ってリュックから取り出した瞬間、制服から香る少し柔らかい石鹸の匂いがアイツの顔を思い出させた。
ハサミで切り裂いたり、泥でぐちゃぐちゃにしたり、いろんなやり方が思いついていたのに、その香りで頭が真っ白になっていた。

気づいたら俺は畳の上に布団もひかず倒れていた。腕にアイツの制服をかき抱き、小さく縮こまっていた。体は雑魚寝で節々痛かったが、それと反するように朝まで続いたイライラは消えていた。アイツの一身が俺の手元にある感覚。その充足感に俺は制服の匂いを嗅ぎながら自慰してしまった。




あの感覚がやみつきになってしまった俺は、今日は帽子を盗んでしまった。嗅ぐとアイツの髪からシャンプーの香りがする。背は俺より10センチ以上低いから近くに寄ると、匂う香りだ。
振り向く時に風に靡いてその香りが俺の鼻をくすぐる。帽子を持ったまま寝た夢ではアイツが俺を見て可愛く笑ってた。

盗んでしまった帽子は次の日、すぐ返そうと思っていた。しかし、なぜかそれを手元から離せなくて、結局4日経っていた。その時に、赤坂から帽子がないことの相談を受けた。今にも泣きそうなアイツの顔は今までと違っていて、少し胸がドンッと強く叩かれた感じがした。鈍い痛みを抱えたまま、赤坂に返そう、返そうと思っていたら、たまたま通った店で赤坂の持っていた茶の帽子が売っていた。
俺はどうしても赤坂の方は手放せなくて、購入したやつを渡してしまった。アイツはそれが自分の持っていたものとは違うことに気づかず、大変喜び俺を求めた。帽子や制服の匂いを嗅いだときとは違う感覚にまた俺は陥った。
アイツのことで頭がどんどんいっぱいになっていく。

アイツが金髪野郎と絡むと決まって私物を盗んでしまう。アイツのモノを持っていると、アイツが自分の手の中にいるような気持ちになって落ち着く。イライラするからそれを抑えようと俺は赤坂のものを盗み、それと似た商品を購入してすり替えて赤坂に渡した。最近ではバイト中も抑えられなくて、赤坂の私物を嗅いだり眺めたりしてしまう。何度も何度もそんなことが続いた。




苦しい、苦しい。熱は止まらなくて息が浅い。
小さく縮こまった黒の手袋は赤坂の匂いがあまりしない。心臓はきゅうっと締まり、うちとは違う微かな石鹸の匂いを嗅ぎ分けようと必死になる。口から唾液が溢れてくる。はぁ、ダメだ。熱くて苦しい、アイツがいない。これじゃ足りない。我慢できない、早く、はやくアイツがいないと、アイツが俺のじゃないと……。









「くっはぁ…!!」
俺は思わず飛び上がりもがいた。周りになにがあるか分からなくて手でベタベタとそこら中の地面を触った。しかし、地面には白布団が敷かれていて、べったりとした下着やスウェットに重みがあった。

「うっ……あ、れ?高嶺岸さん起きました……?」
赤坂が布団の上で寝ており、俺の動作で起きたようだった。眠い目を擦りながらこちらを見てくる。
「なんで…いるんだ……」
「あぁ、高嶺岸さんの荷物を届けにきたんです。店長が書類を書いて欲しいだそうです。あと、熱が凄かったんで、勝手に色々借りちゃいました。すみません」
赤坂はペコリと頭を下げてくる。
俺はなぜ赤坂がここにいるのかすら分からなくてポカンと口を開けていた。そんなこと気にせず赤坂は俺の額に手を伸ばす。
「熱、下がりましたかね?」
俺は思わず赤坂の手を振り払った。驚いた顔をする赤坂に警戒心は抜けなかった。
「お前、なにを見た」
「え、あ…あはは」
苦笑いをした赤坂に、俺は熱が冴え渡っていくのを感じた。

「出て行け」
「え」
「もう目の前に現れんな、出て行けよ」
赤坂の顔は見れなかった。俺の手元にはアイツの黒の手袋はなかった。全部知られただろう。
ッチ……最悪だ…。
また込み上げてきた苛立たしさと体の怠さに俺は顔をしかめた。

「なんで、そうやって意地張るんですか…。盗まれるのは嫌ですけど、言ってくれればモノはあげるし、無視するぐらいならはっきり言えばいいじゃないですか!なにが不満なんですか!!」

突然の赤坂の怒鳴り声に俺はびっくりした。
初めてコイツがこんなに大声を出して激情してるのを見る。

「言っときますけど、高嶺岸さんは猫じゃなくて人間なんですよ!気分屋でもどら焼きが好きでも猫じゃないしロボットでもない!人間なんです!人間には言葉があるんだから、はっきり言って欲しい!あんなに溜め込むなら言ってください!隠してちゃダメです!!!そうでしょ?!」
ガシッと肩を掴み上げられ、至近距離で赤坂の威圧にビビってしまい、こくこくと頷いてしまう。圧倒されすぎてなにも考えられない。
その反応に、分かればよろしい!と赤坂はふんぞりかえった。
「僕は今日は帰りませんよ!そもそも僕のものをなぜ盗んだのか!ちゃんと説明してもらいますからね!」
「えっ…そんな、アンタ…」
「隠さない、話す、そうですよね?」
「ぐっ……」
なんで俺がコイツにやり込められているんだ…。
じろりと赤坂を見れば、口を尖らせた赤坂がこっちを睨み返していた。
「文句があるならどうぞ」
「……」
結局俺は全て話した。赤坂がムカつくことも、赤坂の私物を持っていると落ち着くことも、あの金髪野郎といて調子乗りすぎだってことも。

赤坂は目を丸くしていたが、じーっと俺を見ると不思議な顔をした。
「つまり、僕のことはどう思ってるんですか…」
「ハァ?!知らねーよバカ!嫌いだ嫌い!」
「むっ!嫌いなら僕のもの取っても、代わりになるもの、探したり、くれたりしないですよね?」
「気まぐれだよ!罪悪感かも知れねーし!はぁ。もうこんなことバレたし、お前の前から消えるから安心すれば?」
「えっ、どういうことですか。辞めるってことですか」
そうだ。どうせ今まで仕事はたくさん辞めさせられてきた。ここでもそうだっただけ。何もおかしくない。
そう目を閉じた。その時、突然左頬に何か強い衝撃が走った。
バチィィィン!!!
……は??????
目を開けて、前にいる人物を見たら手を払っていた。
「これでおあいこです!!だからそうやって勝手に消えないでください!やめるとか……言わないでください!!」

……は?なんなの、何殴ってるわけ?は…??は…???
俺は殴られた左頬を押さえながら、顔が少し赤くなっている赤坂を見た。赤くはなっていたが、徐々に血の気がひいていく赤坂をただ見つめ続ける。

こいつは、本当に、何がしたいわけ?なんだか意味がわからないし、今まで見下してたやつに手をあげられた自分がしょうもない……なんだか笑いがこみ上げてきた。
「っは、っはっ……あははははっ」
「えっ、えっ、もしかして僕殴っちゃったからおかしくなった…?!えっ、た、高嶺岸さーん…」
「おい」
「は、はいっ!」
振り上げた手首を掴み上げる。自分よりも細い手首により笑えてくる。
「おあいこ…って言ったよな」
「あ、は、はい…」
「暴力はおあいこじゃねーだろ」
「う、うぇ……た、たしかに」
「じゃあ、こっちもおあいこさせてもらわないとな…」
「ひ、ひぃっ…!やっ、ま、まって…!ぼ、暴力はっ……!」
慌て始めた赤坂の手首をそのまま捻り上げてこちらへ引きずりこむ。そのままアイツを床へ組み敷いて、上から見下ろした。
ギュッと目をつぶって何か耐えている様子の赤坂にジワリジワリと胸の中が高揚していく感覚がした。

「おあいこな」
そうやって俺は何も考えず柔らかい唇へ噛みついた。




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