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「はい、これ」
家に着いた空はリビングのソファに座って麦茶を飲んでいた。呼吸はだいぶ落ち着き、体も調子の悪いところは一切ない。
ふう…と息をついていた空に蒼は突然紙とペンを渡してきた。
「今から名前と学年言っていくからメモして」
「え?」
なんの話をしてるのか分からなくて戸惑うと、蒼は無理やりペンを押し付けてきた。とりあえず受け取りはしたが、ペンを動かす気にはなれない。
「待って、何をかくの」
「学校にいるアルファの学年と名前。兄ちゃん言っても覚えられないでしょ?だからメモして」
「は?なんでそんなことをする必要が」
「兄ちゃんはアルファに近付かないっていう約束守れないから。対策にこうするしかないでしょ」
「じゃあ、なんで近づいちゃダメなの」
蒼は拗ねたような顔をした。冷蔵庫に残しておいたプリンを勝手に食べられた時の顔と一緒だ。そのとき、兄ちゃんはなんで気づかないの、そう言われた。プリンの蓋の端をおったものは蒼のものという印。なんで今まで知らなかったの、とバスタオルを投げつけられた。
「兄ちゃんばかなの」
「蒼はいつも言ってくれないじゃん、意味がわからない」
「わかってないの?アルファは兄ちゃんをいいようにしたいだけだ」
「皆が皆そうじゃないだろ。優しくしてくれる人だって実際いた」
「誰が」
「さっきの廊下の人とか和正とか…」
「それは違う!」
掴みにかかる。
「アルファは兄ちゃんにイイ顔したいだけだ」
「なんで!こんな俺に!」
「兄ちゃん和正さんにレイプされたんだろ?俺わかってるよ、あいつが無理矢理兄ちゃんひき連れまわしてたって」
空はなんともいうことができなかった。確かに和正が事の発端だし誘ってきたのも彼だ。でもそれに乗っかったのは空自身だ。彼だけが悪いわけではない。だから何も言うことはできなかった。

「兄ちゃんはアルファにとらわれてるんだよ、ずっと。そしてアルファも兄ちゃんを捕まえておきたいんだ」
「え?」
「兄ちゃんはアルファに惑わされる。だからダメなんだ、近づいちゃ」
「何言ってんだよ!そんなデタラメ、なにを根拠に…」
「見てきた。ずっと、見てきた。俺は知ってる」
蒼の瞳が空を捉えた。空は蒼の瞳に見つめられるとまた体が縛り上げられたように動かなくなる。

「兄ちゃんは決まってアルファとだけ仲良くするんだ」
「そんなことは…」
「そうだよ。和正さんだって、兄ちゃんの手をいやらしく触ってたアルファだって、俺のクラスメイトだって。アルファだけ兄ちゃんに近づいてきて、兄ちゃんはアルファだけ心を許すんだ。小さい頃からずっとそうだよ、高校に入るまで近所のアルファのお兄さんとしか今まで遊んでこなかったじゃないか。ベータは周りにたくさんいたしオメガも街中で見かけたこと何回かある。だけど兄ちゃんはそいつらに自分から関わったことないでしょ」
その通りだった。俺自身気づいていなかった、いや気づかないフリをしていたが、俺はベータやオメガの友達なんてひとりもいなかった。そもそも人に自分から話しかけることができなかった俺は友達が少なかった。大概仲良くなるのはあちらが空に興味を持ってくれた場合のみで、そういう時はいつも自信屋なアルファばかりだった。


「本当に許せない。なんで兄ちゃんがアルファを」
蒼が両手を急に空の首元にあてる。
空は逃げ出したかったが、蒼の目を見てはまた動けない。アルファに逆らえないとはこういうことなのかもしれない。体が危険信号を上げても空の手や足は動かなかった。
「兄ちゃんはアルファにとらわらているからアルファに逆らえない。そしていつかアルファに好きなようにされて捨てられちゃうんだ」
和正と恋人でもないのにあんな身体の関係を続けていて、終わりはろくでもなかったかもしれない。ベータである俺はベータの女としか結婚も子供も産めない。非生産的な性交渉はただのはけ口で、彼を引き留めることも、俺に何らかのメリットもあるわけなかった。

(ほんとに、何であんなことしちゃったんだろう…)
今更涙が溢れてきた。悔しいし、虚しいし、どうしようもない。弟の信頼や処女をなくして、得たのはアルファに従うしかないという事実。失ったものだらけだ…。



「兄ちゃんがアルファに逆らえないならアルファである俺がそれから守ってあげる。
だから兄ちゃんは俺のいうこと、聞けるよね?」
蒼の手で嗚咽を漏らす空の首がきつく締まった。


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