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「…相馬、こんなお兄ちゃんを許してくれる?」

まるで懺悔でもするように凌駕は俺の元へ跪いた。

なにを謝っているのだろうか。そう凌駕を見つめれば、兄は目を床に伏せた。

「相馬に隠し事してたの本当にごめんね」
「…別にそんなの気にしない」

ポツリと発せられた兄の声に、俺は特に動揺もしなかった。
兄は、どうしてか俺に隠し事をしていたことに罪悪感を感じていたようだった。

誰だって隠し事の一つや二つある。
生徒会がどういった集団なのか。どうしてあんなに凌駕は喧嘩慣れしていたのか。そして健也が怒号した理由。たくさんのことが気になったが、凌駕はこれらに触れて欲しくないことなんだろう。
この十数年間で初めて凌駕の知らない部分を垣間見た気がするが、むしろその方が珍しかったのかもしれない。彼はいつだって俺のそばにいたから、それが当たり前だと思っていたんだ。

もう一度「大丈夫」と言えば、凌駕はハッと顔を上げ、頬を赤くして嬉しそうに破顔した。



「あとね……お兄ちゃん相馬じゃないとやっぱりだめみたい」

立ち上がった凌駕はそのまま手に優しく触れてきて、俺の手を自分の顔の前まで持ってくる。愛おしそうにその手へ頬擦りをした凌駕はこちらを見た。

自分と似ているようで似ていない長い睫毛としんなり垂れた瞳。目尻がきゅっとシワになり、細く目に糸を引いた。世間ではこんな風に笑った兄をとても美しく感じるのだろう。それぐらい端正な笑みを見せた兄はキュッと頬元にある手を握った。

「だからね?相馬が傷つかないように、いっぱいいっぱい俺が守ってあげるね?邪魔するやつは早く消しちゃおう。俺らの邪魔するやつらも皆、ね?…大事な大事な相馬が苦しくないように」

兄が弟に言い聞かせるような、でも酷く甘えた声で、俺を捕まえ込んで凌駕はそう囁く。

「だって俺、『相馬のお兄ちゃん』だもん。相馬は俺の弟なんだから、相馬は『俺にだけ』頼ればいいんだよ?」

無邪気に凌駕は笑った。
いつもそう笑う時は『お兄ちゃんだ』と言っている気がする。凌駕は弟がいるのが大変誇らしいのか、いたく嬉しそうに笑うのだった。


凌駕は甘えてくるかのように、俺の体を抱擁した。
後ろに回された手で肩や背をするりと撫であげられる。どんな意味合いを持った手つきなのか。それは定かではなかったが、凌駕はそのまま俺の後頭部に手を寄せると、静かに顔を寄せた。

くち、と唇が触れ合った音が響く。
凌駕は顔の角度を変えながら何度も唇を重ねてきた。息が微かに漏れて熱く交わる。幾度か唇を触れ合わせていると、そのまま下唇を嵌まれて凌駕の舌がちろりと触れた。
凌駕が下唇をゆっくりと舌でなぞりあげる。俺は反射的にドンッと胸板を押した。

「兄ちゃん…やりすぎ…っ」
「?なんで?お兄ちゃんだからいいでしょ。相馬とやるの気持ちいいもん」

フフッと笑う凌駕に苛立ち、相馬は雑に手の甲で口を拭った。兄とディープキスなんてしたい弟がどこにいるか!

兄はストレスを溜めたり感情が昂ぶると、弟である自分だけに酷く甘えたがる習性がある。しかもその習性は性的な接触を孕んでいて、俺は兄のそう言うところが苦手だった。


「ともかく、兄ちゃんがやることには俺深く突っ込まないから。兄ちゃんのしたいようにすればいい。だから、隠していることとか言えないことがあっても俺は別に構わないと思ってる」

干渉して欲しい兄のことだ。言えないと言うことは本当に触れて欲しくないのだろう。

その答えに満足したのか、凌駕はより高揚した顔でこちらを見た。

「はぁ…相馬やっぱり好き。お前が一番俺のことよく理解(わか)ってくれるもん。やっぱり俺にはお前だけだよ。血の繋がりってすごいね」

そうやってまた兄は弟の俺に依存するのだ。
兄がどうしてその関係に固執するのかは知らない。ただ俺には、兄が『兄』である、それだけにすぎなかった。




俺はそのまま兄から距離を取って教室から出ていく。しかし、凌駕はそんな俺の態度にも相変わらず笑みを浮かべてこちらに手を振るのだった。


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